1. はじめに
2022年8月9日、ジョー・バイデン米国大統領は、米国内での半導体製造、研究開発、労働力育成のために527億ドル相当の予算を投下し、中国との半導体技術競争を念頭に国内半導体関連企業を支援するCHIPS and Science Act of 2022(以下、「CHIPS及び科学法」といいます。)に署名しました※1。CHIPS及び科学法の実施を担っているNational Institute of Standards and Technology(国立標準技術研究所。以下、「NIST」といいます。)内のCHIPS Program Office(以下、「CPO」といいます。)は、2023年2月28日、第一弾の資金機会に関する公告(Notice of Funding Opportunity。以下、「NOFO」といいます。)を公表し、まずは最先端半導体の製造施設を建設、拡張又は近代化するプロジェクトを対象に、2023年3月31日から援助を獲得するための事前申請(任意だが推奨)及び正式申請の受付を開始しました。2023年5月1日からは、現行・旧世代半導体及びバックエンド製造過程向けの正式申請の受付が開始されました※2。2023年内にその他の資金援助対象グループについても、申請の受付を開始する見通しであるとされています。なお、関心表明書(Statement of Interest)は、後述のとおり、今回の第1NOFOに関する全ての申請者からの提出を2023年2月28日から順次受け付けています※3。
CHIPS及び科学法に基づく資金を獲得するためには、申請者は、国家安全保障上の懸念へのコンプライアンスや、財務的又は商業的な実行可能性などの一定の条件等があり、また、国家安全保障上の懸念を防止するためのいわゆる「ガードレール条項」 (Guardrail Provisions) を米国政府との間で合意し、遵守する必要があります※4。
本ニュースレターではCHIPS及び科学法における総額527億ドルの半導体製造企業向けの資金の配分、一般的な申請手続きとそのスケジュール、CHIPS及び科学法による資金を受領するための条件として重視されている項目について解説します。最後に、ガードレール条項に関する商務省の規則案が2023年3月21日に公表され、パブリックコメントに付されていることから※5、その内容について解説します。
2. CHIPS及び科学法による予算配分の内訳
半導体における中国との技術競争の中、CHIPS及び科学法は半導体製造と技術力における米国の世界的リーダーシップを確保することを目的としています。527億ドルのCHIPS及び科学法による予算の配分は以下のとおりです※6。
- 390億ドル:国内半導体製造インセンティブ予算
- 110億ドル:R&D研究開発・人材育成インセンティブ予算
- 20億ドル:国防総省・マイクロエレクトロニクスコモンズ予算
- 5億ドル:国務省の国際的取り組み予算
- 2億ドル:半導体業界内の労働力・教育予算
資金は、直接資金(資金交付、協力契約又はその他の取引による)、貸付又は貸付保証の形式によって実施されます。直接資金について、プロジェクト毎に付与され得る金額の一定の限度はありませんが、CPOが対象プロジェクトのファイナンスモデルや予想利益等のあらゆる要因を考慮し、直接資金の額を決定します。現時点で一般的に想定される直接資金の額は、プロジェクトの資本支出(物理的な施設の建設、土地の取得、施設の導入、建設フェーズにかかる労働コスト等)の5~15%とされています。また、融資及び融資保証にも所与の一定の限度はなく、民間の金融市場とは異なる融資条件での実行が可能ですが、民間融資に代替するものではなく、あくまで民間融資を補完するものだとされています。融資については、具体的な条件は、プロジェクトの資金需要やリスク分析に基づいて決定されますが、返済期限は原則15年(最長25年)、コーポレート融資もプロジェクト融資も選択が可能です。融資保証は、申請者と第三者の貸付人(金融機関)との間の交渉により融資条件が決定され、保証限度額は最大でも融資額の8割だとされています※7。
一つの申請で複数の形式の資金インセンティブを含む申請報酬も可能です。CPOは一般的に、今回のNOFOに関して、直接資金及び融資又は融資保証の総額は、当該プロジェクトの資本支出の35%を超えないことを想定しています※8。
なお、申請者は、プロジェクトが所在する州又は地方政府からのインセンティブについて、少なくともオファーを受けていることが正式申請のための要件とされています(当該州又は地方政府からのレターによって証明する必要がありますが、当該インセンティブの受け取りは未了でも問題ありません。)。オファーを受ける必要があるとされるインセンティブとしては、施設の建設又は拡張に関するものと、労働力、不動産コンセッション、半導体研究開発その他商務省が国務省と協議の上適当と認めるインセンティブがあるとされています※9。
3. 資金申請のためのスケジュールと申請ステップ
(1) NOFOフェーズごとの申請開始スケジュール
CHIPS及び科学法における資金調達フェーズは3つのNOFO(Notice of Funding Opportunity)に分けられます。NOFOごとのフェーズ及びスケジュールの概要は以下のとおりです※10。なお、援助資金の受領者は原則として米国法人に限られますが、例外的な場合に限り、外国法人が認められる場合もあるとされています。
(2) 申請ステップ
資金申請のためのステップの概要は、以下のとおりです※11。
- ① 関心表明書(Statement of Interest): 申請を検討している者は、CPOに対し、提案するプロジェクトの内容を簡潔に書面で説明します。関心表明書は、事前申請又は正式申請がなされる少なくとも21日前までに、必ず提出されなければなりません。
- ② 事前申請(任意だが推奨):申請を検討している者は、プロジェクトのより詳細な計画内容を書面でCPOに対して提出し、CPOは、次のステップに関するフィードバックを書面で回答します(フィードバックの内容としては、再度の事前申請を提出すべきである、正式申請を提出してよい、又はそのいずれでもない、といった内容です。)。
- ③ 正式申請:申請者は、プロジェクトの技術的及び財政的な観点からの実現性、並びに、経済安全保障及び国家安全保障の指針に合致していることについて、正式申請をCPOに提出します。正式申請に対して、CPOはフィードバックを行う、又は、追加情報や説明を求めることができるとされます。また、CPOは、次のデュー・デリジェンスのステップに進む前に、申請者に対し、援助資金額と援助資金の形式や、その他本施策の戦略的事項に関する条件等についての、拘束力のない条件に関する予備的覚書(a non-binding Preliminary Memorandum of Terms)に合意するようオファーすることとされています。
- ④ デュー・デリジェンス:CPOが申請者に資金を受領できる可能性が高いと判断し、申請者が上記の条件に関する予備的覚書に合意又は合意する見込みである場合には、デュー・デリジェンスのステップに移行します。デュー・デリジェンスでは、CPOが徹底的なデュー・デリジェンスを実施し、国家安全保障、財務、環境等のあらゆる追加情報の提出を申請者に求めることとされています。さらに、CPOは、申請者の費用負担で外部アドバイザー、コンサルタント、弁護士等と連携しながら、申請書に記載された情報の正確性を確認します。
- ⑤ 決定の準備及び発行:デュー・デリジェンスが問題なく完了した場合、商務省は資金提供の準備をし、その決定(award)を行います。直接資金及び融資は、プロジェクトのマイルストーンに応じた分割払いで提供されます。
4. 申請を審査する際に重視される事項
米国内の半導体施設の建築、拡張、又は近代化を検討している半導体製造企業及び半導体材料や装置製造企業のみに本CHIPS及び科学法資金に申請する資格があります。日本を含む外国企業も申請可能ですが※12、資金の受領者は原則として米国企業である必要があり、また、資金は米国内で使うことが必要とされています。なお、「懸念外国エンティティ」に資金を供与することは禁じられています(後述)。
CHIPS及び科学法に基づく資金に申請するにあたり、申請者は以下の6つのプログラム優先項目に留意したプロジェクトを作成・準備し、詳細な計画をCPOに提出する必要があります。各事項のうち、①の経済安全保障及び国家安全保障の項目が最も重要であり、申請審査においても最も重視されます※13。
- ① 経済安全保障及び国家安全保障:グローバル化した半導体サプライチェーンにより、サイバーセキュリティやパンデミック等の自然災害を含む様々なリスクが生じ、米国及び世界経済に損害を与える可能性があります。そこで、CPOは米国における半導体製造能力を増強し、グローバルサプライチェーンをより強化するプログラムを重視します。また、米国国防総省や国家安全保障コミュニティに安定的かつ長期的な半導体への国内アクセスを提供する等、米国の国家安全保障上の利益を促進するプロジェクトに資金を提供することを追求します※14。
- ② 商業的実効性:申請者には、確かなキャッシュフローと継続投資についての計画がなければならず、プロジェクト施設が長期的に商業実効性を確保するために必要な投資と改善を行うことにコミットしなければなりません※15。
- ③ 財務的信頼性:申請者は、申請プロジェクトにおける予測キャッシュフロー、内部収益率、そして収益指標を含むファイナンシャルモデルを提出しなければならなりません。さらに、CHIPS及び科学法に基づく資金のみでは、CHIPS及び科学法の経済安全保障及び国家安全保障上の目的を達成することが困難なため、申請者は、民間投資などのあらゆる資金調達を最大限に活用するよう求められます※16。
- ④ プロジェクトの技術的実効性と準備:申請者は、技術的実効性を示すために、主な建設及び運営のマイルストーン、建設に関する権利及び許認可、そして主要な関係契約等を含む明確なプロジェクト実行計画を提出しなければなりません。CPOは、申請者がどのようにプロジェクトを計画通りに進めるのかを重視しており、地元政府や当局から事前に合意を取得したり既存の施設を利用するなどし、環境や許認可の条件を適時にクリアしていくことが求められます※17。
- ⑤ 労働力の育成:申請者は、経済的不利な労働者を雇用する計画を立てるなど、高い技術力を持つ多様な労働力の育成及び維持にコミットしなければなりません。さらに、申請者はプロジェクト地域の半導体製造のあらゆるニーズを満たすため、政府機関、教育機関、労働組合、業界団体などの戦略的協力者と協働することが期待されています。さらに、1億5000万ドル以上の資金に応募する申請者は、施設での労働者及び建設に携わる労働者の双方の労働者に対して、利用しやすい価格で、信頼性も質も高い保育プランを提示しなければなりません※18。
- ⑥ その他のコミットメント:CPOは、半導体製造の繁栄を共有する強いコミュニティを築き、納税者の投資を守ることにコミットしているとされます。したがって、米国内での研究開発施設の建設、半導体研究開発プログラム、マイノリティーが所有する企業、元軍人が所有する企業、女性が行っているビジネスに機会を与えること、気候変動及び環境への責任を示すこと、経済的障壁を減らすコミュニティへの投資、及び米国内で生産した鉄、鋼、建設材料等の使用にコミットすることなど、米国半導体製造業界への将来の投資を約束するプロジェクトの計画が高く評価されます※19。
5. 国家安全保障上の理由から遵守が必要な「ガードレール条項」
2023年3月21日、商務省は、いわゆる「ガードレール条項」に関する規則案を公表し(官報による公告は3月23日付け。)、60日間のパブリックコメントに付しました。利害関係者からの意見を受け付けた上で、年内には確定的な規則が出される見込みとなっています。
(1) 懸念国での半導体製造能力拡張の禁止
米国政府から資金援助を受けた事業者は、ガードレール条項に同意しなければならず、この結果、主に中国を念頭においた制約に服さなければなりません。すなわち、資金援助を受けた事業者は、商務省に対して、資金を受領した日から10年間にわたり、中国その他の「懸念国※20」(country of concern)において、半導体製造能力の重大な拡張(material expansion。商務省が公表した規則案では、施設の製造能力を5%超増大させる拡張だと定義されています※21。)を伴う顕著な取引(significant transaction。上記規則案では、10万ドル以上の投資(合併、買収その他の取引)、だと定義されています※22。)を行わないことを約束しなければならず※23、この約束に違反した場合、原則として援助資金を全額返還しなければなりません※24。
(2) 故意による共同研究・技術ライセンスの禁止
また、資金援助を受けた事業者が、商務長官が定める国家安全保障上の懸念をもたらす技術・製品に関わることを知りながら、「懸念外国エンティティ※25」(foreign entity of concern)との間で共同研究や技術ライセンスを行った場合にも、原則として、援助資金を全額返還しなければなりません※26。
(3) 「懸念外国エンティティ」に関する留意点
CHIPS及び科学法においては、「懸念外国エンティティ」は申請者となることができず※27、また、上記のように、資金援助を受けた事業者として「懸念外国エンティティ」と共同研究や技術ライセンスを行うことに制約が生じることになります。
「懸念外国エンティティ」は、既にCHIIPS及び科学法において定義されていましたが※28、同法の授権に基づき、今回の規則案により3つのカテゴリーを追加することが提案されています※29。また、「懸念外国エンティティ」は、同法及び今回の規則案によれば、「[北朝鮮、中国、ロシア又はイラン]によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」(Owned by, controlled by, or subject to the jurisdiction or direction of a government of a foreign country that is a covered nation)外国エンティティも含まれると定義されていますので※30、この意味が問題となります。
この点、今回の規則案によれば、「によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」は、①ある法人の発行済み議決権の25%以上が当該エンティティに直接又は間接に保有されている場合には、当該法人は、当該エンティティに「によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」とされています※31。また、次の場合には、当該自然人又は法人は、外国政府又は外国政党「によって所有され、支配され又はその管轄若しくは指示に服している」とされます。②-1 当該自然人が当該外国の市民、国民又は居住者である場合、②-2 当該法人が当該外国の法律に基づいて組織され又はその主たる事業所を当該外国に有する場合、また、②-3 当該法人の発行済議決権比率の25%以上が外国政府又は外国政党によって直接又は間接的に保有されている場合※32。
これらの用語の定義を仮に前提とした場合、例えば、中国国内で設立された会社は「懸念外国エンティティ」に該当すると考えられるほか、たとえ米国で設立され米国に本社を有する会社であっても、間接的に中国政府や中国共産党が当該会社の発行済議決権比率の25%以上を直接又は間接に保有する場合には、当該米国会社も「懸念外国エンティティ」に該当することになるため、注意が必要となります。
なお、これらの「懸念外国エンティティ」等の用語は例えば米国インフレ抑制法(Inflation Reduction Act of 2022、IRA)等でも使用されているところ、税額控除等を受けるために満たすことが必要な要件にも関係する重要な用語であり、仮に今回商務省から提案されたCHIPS及び科学法の用語の定義が適用されるとなった場合には、その影響が懸念されます。
6. おわりに
527億ドルという資金規模は、CHIPS及び科学法以外にこれまで前例がなく、半導体関連企業にとっては事業競争力の観点から極めて大きな影響がある政策だと言えます。一方で、資金を受領することの引き換えに負担すべき義務や制約も多く、資金を追求すべきかどうかの選択は容易ではありません。
今後の規則の展開に関する情報を正確に集めタイムリーに分析し、米国をはじめ他国の競合相手の動向にも留意しながら、場合によっては政府などとも支援を求めながら、自社の国際競争戦略に活かすことが肝要だと考えられます。
