1. はじめに
米国連邦最高裁は、2026年2月20日、国際緊急経済権限法(「IEEPA」)が、大統領に対して関税を課す権限を付与していないとの判決を下しました(「本判決」)※1。本判決により、第2次トランプ政権が2025年2月以降IEEPAを根拠に発動してきた追加関税は違法であったことが確定しました。また、本判決以降、大統領はIEEPAを根拠にした追加関税を課すことができないこととなりました。
本ニュースレターでは、本判決の内容とともに、納付済み関税の返還請求をめぐる状況、米国子会社を有する日本企業にとっての要検討事項等について、現時点での情報に基づき、それらを理解するために有用なポイントを整理して紹介いたします。
2. 本判決の内容
(1) 併合審理された2つの事件の関係
本判決は、連邦最高裁において併合審理されていたLearning Resources事件とV.O.S. Selections事件の両事件に関する判断です。
- 本件のタイトルにもなっている前者のLearning Resources事件は、原告が、D.C.連邦地裁に提訴した事件です。D.C.連邦地裁は、自らに事件の管轄権があると判断し、その上で、違法薬物の流入阻止及び貿易赤字への対処を理由としてIEEPAに基づき課された関税(「IEEPA関税」)を違法だと判断しました。しかしこの判断は上訴され、本判決は、この事件を審理する管轄はニューヨークにある国際貿易裁判所(「CIT」)に専属すると判断し、D.C.連邦地裁の管轄を否定。本判決は、D.C.連邦地裁は事件を管轄なしとして訴えを却下すべきだったとして、判断を破棄し、事件を差し戻しました。
- 本判決の判断のうちIEEPAは大統領に対して関税を課す権限を付与していないとした核心部分は、後者のV.O.S. Selections事件の連邦巡回区控訴裁判所(「CAFC」)の判決を支持した部分です。CAFCは、裁判官全員の合議体により審理を行い、IEEPAが「輸入(importation)を・・・規制(regulate)する」権限を大統領に付与しているとしても、争点とされた関税は「範囲、金額、期間において無制限である」ため、これを授権するものではないとしたCITの判断を支持していました。連邦最高裁による本判決は、CAFCのこの判決を支持すると結論したものです。
(2) 判決文の構成と多数意見(法廷意見)
本判決は全部で170ページにも及ぶ文書ですが、公式要旨にあたる部分が冒頭の6ページ分、続いて主たる判断部分に該当する部分が21ページ分であり、残りの膨大な部分は各判事が任意で記載した(補足)意見及び反対意見の部分となります。
本判決は、最高裁判事6対3により、法廷意見が形成されました。主たる判断部分は、順序立てていくつかのパートに分かれていますが、その中にも、多数派の6名の判事が賛同し、つまり法廷意見となったパートと、6名(過半数)の賛同が得られず法廷意見の中身とはならなかったパートとがあるため、若干の注意が必要です(下の表を参照)。
本判決の主たる判断部分の構成と賛同判事(太字が法廷意見部分)
| パート | 内容 | 賛同している判事 |
|---|---|---|
| Part I | 事実・手続 | Roberts (長官)、Sotomayor、Kagan、Gorsuch、Barrett、Jackson |
| Part II-A-1 | 憲法構造(課税権は議会専属) | 同上 |
| Part II-A-2 | 重要問題の法理の適用 | Roberts (長官)、Gorsuch、Barrett |
| Part II-B | 文理解釈(“regulate”は課税を含まない) | Roberts (長官)、Sotomayor、Kagan、Gorsuch、Barrett、Jackson |
| Part III | 上記全体を踏まえた総括(IEEPAは、大統領に対して関税を課す権限を付与していない) | Roberts (長官)、Gorsuch、Barrett |
| 結論(判断) | CAFCの判決を支持 | Roberts (長官)、Sotomayor、Kagan、Gorsuch、Barrett、Jackson |
全体の理由やロジックを総括し、結論を導いているPart IIIが3名の判事の賛同しか得られていないのは、このパートには同じ3名の判事しか賛同していないPart II-A-2の議論、すなわち、重要問題の法理(Major Questions Doctrine)が本件に適用されるという部分の要素も含んだ総括になっているからだと考えられます。
なお、重要問題の法理とは、三権分立の原則などの観点から、重大な影響力がある権限については、曖昧な文言による議会から行政府に対する権限の委任を読み取ってはならず、明確な議会からの授権が必要であると考える理論を指します。多数派のうちこの重要問題の法理の本件への適用に賛同しなかった3名の判事は、IEEPAの法律文言の文理解釈だけで結論を導くには十分であり、重要問題の法理を持ち出す必要はないとの立場をとりました。
(3) 法廷意見の理由付け
本判決の主たる理由付けを示しているPart IIのうち、法廷意見を構成している部分のポイントをまとめると、以下のとおりです。
Part II-A-1: 憲法構造(課税権は議会専属)
- 合衆国憲法第1条第8節は、課税権は議会にあると規定。そして、関税を課す権限は、明らかに、課税権の一部をなす。
- 米国政府側もこれを認め、大統領に固有の関税付与権がないことを認めたうえで、IEEPAが「輸入(importation)を・・・規制(regulate)する」権限を大統領に付与していることにのみ依拠している。
Part II-B: 文理解釈(“regulate”は課税を含まない)
- IEEPAは“investigate, block, regulate, direct and compel, nullify, void, prevent, prohibit”を“importation or exportation”の語の前に列挙しているが、“tariff”や“duty”の語は存在しない。
- 通常の法令用法上の意味として、“regulate”は課税を意味しない。
- 連邦法典上、課税権を認める場合は、別途明示的に“tax”等の用語を規定している。
- “regulate”に課税を含めると、合衆国憲法に定められている輸出税禁止条項との緊張を生む。
- したがって、IEEPAは、関税を課す権限を付与していない。
トランプ大統領は、違法薬物の流入阻止や貿易赤字への対処といった異なる理由付けにより複数のIEEPA関税を課してきましたが、連邦最高裁は、上記のように、それら個々の課税措置の理由付けの当否を検討するまでもなく、カテゴリカルにIEEPAに基づく関税自体が法の授権を欠く違法なものだと判断した点に特徴があるといえます。
3. 本判決の影響と考えられる対応
(1) トランプ大統領や米国政府側の反応
本判決により、冒頭記載のとおり、第2次トランプ政権がIEEPAを根拠に課してきた関税は違法であったことが確定し、また、本判決以降、大統領はIEEPAを根拠にした関税を課すことができないこととなりました。
これを受けて、ホワイトハウスは、2026年2月20日、トランプ大統領による大統領令※2を公表し、その中で、「・・・IEEPAに基づき課された各追加従価税は、もはや効力を有しないというべきであり、運用可能な限り速やかに徴収を停止するものとする。」と述べ、少なくとも将来に向かってIEEPA関税が無効であり、IEEPA関税の徴収を止めることを明らかにしました。
その後、税関国境取締局(「CBP」)の2月22日付けガイダンス※3の記載のとおり、「2026年2月24日東部時間午前0時以降に消費目的で輸入される物品又は消費目的で倉庫から引き出される貨物」について、徴収が停止されました。
もっとも、トランプ大統領は、本判決が出された当日の記者会見において、本判決への不満とともに、本判決で連邦最高裁が徴収済みのIEEPA関税の返還について触れていない点に言及し、「(返金には)法廷で5年間かかるだろう。」旨を応答の中で述べるなど、本判決を受けて米国政府が徴収済みのIEEPA関税を直ちに自発的に返還するつもりがないことも示唆しました。現時点においては、CBPを含め、米国政府側から、徴収済み分の返還に関するガイダンスは出ていない状況であり、本件に即した行政的な返金のプロセスは未だ明確になっておらず、引き続き注視する必要があります。
(2) 清算(liquidation)と納付済み関税の返還請求手段
IEEPA関税を含め関税は、個々の貨物が米国内に輸入される時点で関税額を計算して関税を仮納付することになっており、その後、CBPが清算(liquidation)という手続を行うことで関税額等が「最終化」されることになります。清算は、通常、CBPにより通関後314日以内に行われますが、特別に延長されない限り、遅くとも通関から1年後には清算があったとみなされます。仮納付済みのIEEPA関税の返還を求める方法としては、通常の関税の場合に即して考えると、大別して行政的な方法(CBPに対する手続)と、司法的な方法(CITに対する返還訴訟提起)があり得ますので、以下それぞれの方法について簡潔にご紹介します。
(i) 行政的な手続について
清算前のエントリと清算後のエントリでは、通常の取扱いでは、仮納付された関税額に誤りがあった場合の是正・返還のための手続が異なります(ただし、甚大な影響がある今回の判決に関連する手続については、何らかの特則が今後米国行政府より出される可能性がある点に留意が必要です。)。
まず、清算前のエントリについては、輸入者(Importer of Record)が、自主的に内容を修正できる電子的手続であるPost Summary Correction(「PSC」)※4を利用できる可能性があります。これをCBPが受理すれば、CBPはPSCの内容を反映した形で清算を行うことになります。これが可能であれば、比較的簡便な手続で返還の請求手続を終えられる可能性があります。
つぎに、清算後のエントリについては、清算によりエントリが「最終化」されてしまうため、上記のPSCの手続を用いることはできません。その代わりに、通常であれば、清算後180日以内に、CBPに対して異議申立(protest)を行うことができるとされています。ただし、IEEPA関税が根拠法を欠きそもそも違法で無効だったとされた本件のような場合にも、CBPの判断裁量の幅が狭いとされているこの異議申立手続を輸入者が利用できるかについては、IEEPA関税のケースが異例であるため、不確実性がある状況です。
(ii) 司法的な手続について
司法的な救済手続のルートには、行政的手続に比べて一般的に費用と時間が多くかかる点がデメリットです。しかし、一旦エントリが清算し「最終化」した時の返還プロセスの不確実性を回避するため、エントリが清算する前に仮納付済みのIEEPA関税の返還を求めて裁判所(CIT)に提訴をする関係企業も見られます※5。こうした事件について、CITに管轄権がないことを理由とした訴え却下はこれまでになされていない模様であり、現状、CITに返還を求めて提訴することは一つのオプションであると考えられています。
また、清算後のエントリについても、(この点についての連邦最高裁判断は未だないとみられるものの)少なくとも最新のCITの判断(昨年12月15日に出された判断)やその近年の実務によれば、根拠なく徴収された関税をCIT自らが「再清算」(reliquidation)して返還を命ずることは裁判所の管轄上は可能だとされており、清算後もCITに返還を求めて提訴することは不可能ではないとの一応の見立てとなっています。
(3) IEEPA関税を納付した企業としての対応
上記のように、輸入申告のエントリが一旦清算してしまうと、現状では返還を求めるための手続の不確実性が増すため、まずは自社(あるいは、自社の米国子会社)の納付済みIEEPA関税のステータス(貨物の各輸入申告エントリごとに、納付日、金額、清算(見込み)日)を一覧化して整理しておくことが大変重要であるといえます。これにより、自社リスクのエクスポージャーを金額インパクトとタイミングベースで把握することが可能になります。
その上で、清算前のエントリであれば、行政上の比較的簡便な修正手続が利用できる可能性が残っているため、当面の間、CBPから関連するガイダンスが出るかどうか等について注視していくことも、合理的だといえるでしょう。
清算が差し迫っているエントリがある場合には、清算前に司法的なアクション(すなわち、返還請求訴訟のCITへの提訴)をすべきかどうかの検討が必要となります。この場合、上記のような返還請求方法それ自体の不確実性の要素だけでなく、当該エントリの金額規模、訴訟コスト、訴訟にかかる時間、その他様々な関係する個社やグループ企業全体の利害状況をも総合的に考慮し、専門家の見解も踏まえたうえで、ケースバイケースで最善の選択を検討する必要が生じることになります。
4. さいごに
本判決により、いわゆるIEEPA関税は違法であったことが確定しましたが、トランプ政権は、本判決言渡日である2月20日中に、1974年通商法122条に基づく関税を導入することを発表しました※6。
今後も、米国の輸入関税については様々な動きがありうるところですので、最新のアップデート情報を収集しつつ、各社の個別事情を踏まえた検討により、適時の対応が必要といえます。
