知財高裁(4部)令和4年11月16日判決(令和3年(行ケ)第10140号)裁判所ウェブサイト〔電鋳管事件〕
1.事案の概要
本件は、名称を「電鋳管の製造方法及び電鋳管」とする発明 (本件発明)に係る特許(特許第3889689号)の無効審判請求 を不成立とした審決の取消訴訟です。本件訴訟の原告Xは無 効審判の請求人、被告Yは特許権者です。
本判決は、審決が本件発明1(請求項1)及び訂正発明5(請 求項5)は進歩性を有するものであるとして審判請求を不成立 とした部分に誤りはないとしましたが、審決が本件発明6(請求 項6)及び訂正発明9(請求項9)について明確性要件を充足す るとした部分には誤りがあるとして、この部分について審決の一 部を取り消しました。本稿では、本件発明6の明確性要件違反 に関する審決の判断の誤り(取消事由5)についての知財高裁 の判断をご紹介します。
本件発明6の特許請求の範囲の記載は、次のとおりです(下 線は筆者によります。)。
外周面に電着物または囲繞物とは異なる材質の金属の導電 層を設けた細線材の周りに電鋳により電着物または囲繞物を 形成し、前記細線材の一方または両方を引っ張って断面積を 小さくなるよう変形させ、前記変形させた細線材と前記導電層 の間に隙間を形成して前記変形させた細線材を引き抜いて、前 記電着物または前記囲繞物の内側に前記導電層を残したまま 細線材を除去して製造される電鋳管 であって、
前記導電層は、前記電着物または前記囲繞物より電気伝導 率が高いものとし、
前記細線材を除去して形成される中空部の内形状が断面円 形状又は断面多角形状であって、前記電着物または前記囲繞 物の肉厚が5μm以上50μm以下であることを特徴とする、
電鋳管。
本件発明6は、「電鋳管」という物の発明ですが、下線部は、電 鋳管の製造方法を記載したものであり、製造方法による特定を 含むプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(PBPクレーム)の形式 となっています。
2.知財高裁の判断
(1)PBPクレームの明確性要件判断基準
PBPクレームの明確性要件については、最判平成27年6月5 日民集69巻4号700頁(プラバスタチンナトリウム事件)は、
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の 製造方法が記載されている場合において、特許請求の範囲の 記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」とい う要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその 構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又は およそ実際的でないという事情が存在するときに限られる と判示しています。
もっとも、本判決は、プラバスタチンナトリウム事件最高裁判 決の規範を挙げたうえで、物の発明についての特許に係る特許 請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっ ても、出願時において当該製造方法により製造される物がどの ような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明 細書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかな場合には、 第三者の利益が不当に害されることはないから、不可能・非実 際的事情がないとしても、明確性要件違反には当たらないと解 されると判示しました。
(2)本件発明6の明確性要件に関する判断
本判決は、上記(1)の明確性要件判断基準を踏まえて以下 のとおり判示して、本件発明6の製造方法により製造された電 鋳管が良好な内面精度の電鋳管という構造又は特性を表して いることが、特許請求の範囲、本件明細書の記載及び技術常 識から一義的に明らかであるとはいえず、本件発明6の電鋳管を その構造又は特性により直接特定することについて不可能・非 実際的事情が存在しないことから、本件発明6は明確性要件を 満たさないと判断しました。
- 特許請求の範囲の記載から本件発明6の製造方法により製 造された電鋳管の内面精度が明らかでないことはいうまでも なく、また、本件明細書には、本件発明6の製造方法により製 造された電鋳管の内面精度について、何ら記載も示唆もされ ていない。
- 本件明細書には、細線材を除去する方法として、①電着物等 を加熱して熱膨張させ、又は細線材を冷却して収縮させること により、電着物等と細線材の間に隙間を形成する方法、②液 中に浸して又は液をかけることにより、細線材と電着物等が接 触している箇所を滑りやすくする方法、③一方又は両方から 引っ張って断面積が小さくなるように変形させて、細線材と電 着物等の間に隙間を形成したりして、掴んで引っ張るか、吸引 するか、物理的に押し遣るか、気体又は液体を噴出して押し遣 る方法、④熱又は溶剤で溶かす方法が記載されているが、これ らの方法と、製造される電鋳管の内面精度との技術的関係に ついても一切記載がなく、ましてや、本件発明6の製造方法(上 記③の方法に含まれる。)が、他の方法で製造された電鋳管とは 異なる特定の内面精度を意味することについてすら何ら記載も 示唆もない。さらに、上記各方法により内面精度の相違が生じる かについての技術常識が存在したとも認められない。
- そうすると、本件発明6の製造方法により製造された電鋳管 の構造又は特性が一義的に明らかであるとはいえない。
- 本件発明6が明確であるといえるためには、本件出願時にお いて、本件発明6の電鋳管をその構造又は特性により直接特 定することについて不可能・非実際的事情が存在するときに 限られるところ、Yはこのような事情が存在しないことは認めて いる。
3.コメント
プラバスタチンナトリウム事件最高裁判決は、PBPクレームが 明確性要件を満たすのは、出願時において当該物をその構造 又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよ そ実際的でないという事情が存在するときに限られるという規範 を定立しましたが、その後の裁判例はこの最高裁判決の射程を 限定的に理解する傾向にあり、本判決でも、出願時において当 該製造方法により製造される物がどのような構造又は特性を表 しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術 常識より一義的に明らかな場合には明確性要件違反には当た らないという一般論が示されています。
本件では、本件発明6の製造方法により製造される物がどの ような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細 書、図面の記載や技術常識より一義的に明らかではないと判断 されたことから、最高裁判決の規範に従い、不可能・非実際的事 情の有無が問題になりました。もっとも、不可能・非実際的事情 が存在しないことはYも認めていたことから、結論として、本件発 明6は、明確性要件に違反するとされました。
本件はPBPクレームの明確性要件の検討において実務の参 考になる事例かと思います。