知財高裁(2部)令和5年7月25日判決(令和4年(行ケ)第10111号)裁判所ウェブサイト〔車両ドアのベルトラインモール事件〕
1. 事案の概要
本件は、特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟 です。Yは、発明の名称を「車両ドアのベルトラインモール」とする 特許(特許第6062746号。「本件特許」。)の特許権者であったとこ ろ、Xが、本件特許について、甲1(特公平2-11419号公報)に基づ く進歩性(特許法29条2項)欠如及び明確性要件(特許法36条6 項2号)違反の無効理由があるとして無効審判を請求しました。
特許庁は、Yによる本件特許の特許請求の範囲及び明細書 の記載の訂正請求について訂正を認めるとともに(訂正後の請 求項1に係る発明を「本件発明1」、請求項2に係る発明を「本件 発明2」。合わせて「本件発明」。)、いずれの無効理由によっても 本件特許を無効とすることはできないと判断し、「本件審判の請 求は、成り立たない。」との審決(「本件審決」)をしました(無効 2021-800095事件)。
これに対し、Xが、本件審決の進歩性欠如に係る判断に誤り がある等として、取消しを求めて本件訴訟を提起したところ、本 判決は、①本件発明1には甲1発明1に基づく進歩性欠如の無 効理由があり、本件発明1の進歩性に係る本件審決の判断に は誤りがある、②本件発明2には、甲1発明2に基づく進歩性欠 如の無効理由があり、本件発明2の進歩性に係る本件審決の 判断には誤りがあるとして、取消事由に理由があると認め、本件 審決を取り消しました。
本稿では、①本件発明1の甲1発明1に基づく進歩性欠如の 無効理由のうち、本件発明1と甲1発明1との相違点1(「縦フラ ンジ部の下部から内側方向に延びる段差部」に関して、本件発 明1においては、縦フランジ部の下部から内側方向に「ほぼ水 平に」延びる段差部であるのに対して、甲1発明1においては、 縦フランジ部の下部から昇降窓ガラス側方向に「やや下方に」 延びる段差部である点)についての判断部分の要旨に絞ってご 紹介します。
2. 本件発明の概要
本件発明は、車両ドアのドアガラス昇降部に装着されるベル トラインモールに関するものですが、前提として、発明の全体像 をご紹介しておいた方がわかりやすいと思いますので、概要を ご説明しておきます。明細書には、次のような説明があります。
- 車両のドアパネルは、ドア外面を形成するアウタパネルとド ア内面を形成するインナパネルからなるものであり、アウタパ ネルの上縁部には、ドアガラスの外面と摺接し、雨水を切る ための水切りリップ(シールリップ)を有するベルトラインモー ル(モールディング)が装着されており、ベルトラインモール は、車両の外面のベルトラインを装飾する意匠モールとして の役割があることから、ドアフレームの表面からドアガラス昇 降部(アウタパネル上縁部)まで連続的に配設するデザイン モールも採用されているところ、この種のベルトラインモール では、ドアフレームの表面に位置する部分の水切りリップを 切除する必要があるので、従来は、ベルトラインモールの端 部において意匠部を残すように水切りリップ等を切除すると 剛性不足となり、別部材のエンドキャップを取り付けることが できないためにエンド部材を射出成形にてモール本体部に 一体化するなどしていたが、射出成形による一体化には専用 設備が必要となるだけでなく、射出成形されるエンド部材と モール本体との間にラップ代が必要となるために外観意匠 性に劣るという問題があった(【0002】)。
- これらの問題を解決するために、本件発明は、端末の剛性に 優れるとともに外観デザインの全長にわたった連続性に優 れ、ドアガラスとのシール性が高いベルトラインモールの提 供を目的とし(【0004】)、ベルトラインモールを、特許請求の 範囲記載の構成とすることにより(【0005】)、モール本体部 の上部から下に折り返した縦フランジ部を有し、ドアフレーム の表面に位置する部分は縦フランジ部を残して、水切りリップ や引掛けフランジ部を切除できるようにし、モール本体部と縦 フランジ部とで略C断面形状を形成しつつ断面剛性を確保し たので、ベルトラインモールの端末部に別物品としてのエンド キャップを取り付けることができるという効果を奏し、また、縦フ ランジ部の下部側に引掛けフランジ部を有するステップ断面 形状に形成したので、水切りリップとこの水切りリップの外側 の側面をサブリップで押圧するように二重リップ構造とする こともでき、このように二重リップ構造にすると 段差凹部に埃 等がたまるのを防止するだけでなく、ドアガラスに対するシー ル性が向上するという効果を奏するものである(【0009】)。
本件発明のうち、今回焦点を当てる本件発明1の請求項は、 次のようなものです(下線は引用者が付しました)。
【本件発明1】
車両ドアに装着されるベルトラインモールであって、ベルトラインモールはドアガラス昇降部からドアフレームの表 面にわたって延在するモール本体部と、 当該モール本体部の上部から内側下方に折り返したステップ 断面形状部を有し、 前記ステップ断面形状部は、ドアガラスに摺接する水切りリップ を有するとともに前記モール本体部の上部から下に向けて折り 返した縦フランジ部と、当該縦フランジ部の下部から内側方向 にほぼ水平に延びる段差部と、前記段差部の端部より下側に延 在させた引掛けフランジ部を有し、 前記ドアガラス昇降部はモール本体部と引掛けフランジ部とで ドアのアウタパネルの上縁部に挟持装着され、 前記ドアフレームの表面に位置する端部側の部分は前記縦フ ランジ部が残るように前記水切りリップ、前記段差部及び引掛け フランジ部を切除してあり、前記端部はエンドキャップを取り付 けることができる断面剛性を有していることを特徴とするベルト ラインモール。
これに対し、甲1発明1は、本件審決及び本判決によると、次 のようなものです(下線は引用者が付しました)。
【甲1発明1】
車体のドア上縁片に沿って嵌着固定されるベルトモールディング Mであって、ベルトモールディングMは昇降窓ガラスからドアサッ シにわたって延在する外表面部被覆部及び頂部被覆部と、 前記頂部被覆部から下方に折り返した基部被覆部を有し、 前記基部被覆部は、昇降窓ガラスに向けて斜めに突出しガラス 窓に当接する上下のリップ14、15を有するとともに前記頂部被 覆部から下に向けて折り返した縦フランジ部と、当該縦フランジ 部の下部から昇降窓ガラス側方向にやや下方に延びる段差部 と、前記段差部の端部より下側に延在させた部分を有し、 前記ベルトモールディングMは、車体側のドアパネルPに押込 んで取付けられ、
前記ドアサッシの表面に位置する端末部の長手方向を所定の 長さに亘って前記頂部被覆部側の一部を残すと共に基部被覆 部を切断することによりフランジ部16を形成し、その端末部にエ ンドキャップ3が射出成形されているベルトモールディングM。
3. 本件審決の要旨
本件審決のうち、当該部分についての判断の要旨は、以下の とおりです。
- 甲1発明1において、「やや下方に延びる段差部」を「ほぼ水 平に延びる段差部」とする理由は無く、ベルトラインモールに おいて、「ほぼ水平に延びる段差部」を有する構成とすること は、本件特許出願前に周知の技術でもない。
- Xは、甲第2号証には、「ガラスアウタウエザストリップにおい て、ドアガラスに摺接するガラスシールリップを有するととも に突出部の車内側に有する段差と、当該段差の下部から内 側方向にほぼ水平に延びる水平部を有していること。」が記 載されており、これが、「ほぼ水平」に延びる段差部とすること が、当業者が容易に想到し得るものであることの理由である 旨主張するが、甲2記載事項は、車内側側壁が「ほぼ水平に 延びる段差部」を有する構成とすることを示すものではない。 図5から、「ほぼ水平に延びる段差部」が看取できるとしても、 甲第2号証には、「図5に示すように突出部43bの内部に凹部 を設けたため、突出部43bの肉厚の厚い部分がなくなり、均 一な肉厚となった。そのため、ガラスアウタウエザストリップ3 を所定の寸法に切断するとき、硬質部材からなる取付基部4 の厚肉部分が無くなり切断が容易である。また取付基部4の 肉厚が均一となり、押出成形時のバランスがよくなるととも に、成形後の熱収縮等による取付基部4のヒケが生じない。」 と記載されているように、硬質部材からなる取付基部4の厚肉 部分を無くし肉厚を均一にするためであるから、甲2記載事項 は、甲1発明1において、「やや下方に延びる段差部」を「ほぼ 水平に延びる段差部」とすることが容易であるということの根 拠とはならない。よって、Xの主張は当を得ない。
- したがって、上記相違点1に係る本件発明1の発明特定事項 は、甲1発明1及び甲2記載事項から、当業者が容易に想到 できたものではない。
4. 本判決の要旨
本判決のうち、当該部分に係る判断の要旨は、以下のとおり です。
- 本件明細書には、段差部が縦フランジ部の下部から内側方 向に「ほぼ水平に」延びることの技術的意義についての記載 はない。また、本件発明は、端末の剛性に優れるベルトライン モールを提供するために、ドアフレームの表面に位置する部 分は縦フランジ部を残して、水切りリップや引掛けフランジ部を 切除できるようにし、モール本体部と縦フランジ部とで略C断 面形状を形成しつつ断面剛性を確保したというものであり、 ベルトラインモールの端末では、ドアフレームの表面に位置す る部分は縦フランジ部を残して切除されるものであって、段差 部も切除されるのであるから、段差部が「ほぼ水平に」に延び ても「やや下方」に延びても、本件発明の作用効果に何ら影 響するものではない。そうすると、段差部が「ほぼ水平に」延び るものとすることについて何らかの技術的意義があるとは認 められない。
- 甲1発明1においても、段差部が縦フランジ部の下部から昇降 窓ガラス側方向(内側方向)に「やや下方に」延びることに何 らかの技術的意義があるとは認められず、甲1発明1におい て「やや下方に」延びる段差部を「ほぼ水平に」延びるように 構成することは、当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎな いというべきである。
- 甲1発明1において段差部に設計的変更を加え、これを「ほ ぼ水平に」することは、当業者が容易に想到できたものと認 めるのが相当である。
5.若干の考察
本件発明1と甲1発明1との相違点に技術的意義があるとは 認められないと指摘し、甲1発明1において「やや下方に」延び る段差部を「ほぼ水平に」延びるように構成することは、当業者 が適宜なし得る設計的事項にすぎないとして進歩性を否定した 点が、本件審決と比較した場合の本判決の特徴と言えます。
引用発明との相違点について技術的意義がない旨や設計 的事項にすぎない旨を述べて発明の進歩性を否定する判断を した裁判例は少なからず存在しますので、本判決の上記部分 は特段目新しい判断理由を示したものではありません。
しかしながら、発明の進歩性判断について、特許庁の判断を 知財高裁が否定した事例であり、判決の理由部分を審決と比 較して具体的に確認しておくことは有益であると考え、ご紹介し た次第です。
