2026 年 2 月 3 日、米国連邦地方裁判所は、米国証券取引委員会(以下「SEC」という)がイーロン・マスク氏(以下「マスク氏」という)に対して提起した 2022 年に行われた Twitter, Inc(現「X Corp.」。以下、商号変更の前後を問わず「ツイッター社」という)買収の際の 1934 年連邦証券取引所法(以下「34 年取引所法」という)上の大量保有報告規制違反に関する訴訟(以下「本訴訟」という)に関して、マスク氏による訴え却下の申立てを却下しました(以下「本判断」という)。他方で、SEC が重要な事実関係に争いが存在しないことを理由に略式判決の申立てを行っていましたが、米国連邦地方裁判所は、同年 3 月 4 日、これを却下しました。
本訴訟は、わずか10 日程度の提出遅延に対して極めて高額な民事制裁金の支払い等を求めるものであり、わが国の大量保有報告制度におけるエンフォースメントの在り方に関する有益な示唆を含むと考えられることから、本訴訟における事実関係と本判断の概要を紹介します。
Ⅰ 本訴訟の概要
本訴訟の概要は、以下のとおりです 1。
1. 事実関係の概要
2025 年 1 月 14 日、SEC は、コロンビア特別区連邦地方裁判所において、マスク氏に対して、2022 年に行われたツイッター社買収の際の 34 年取引所法上の大量保有報告規制違反に関して本訴訟を提起しました。
SEC が公表した 2025 年 1 月 14 日付け訴状 2によれば、マスク氏による米国の大量保有報告規制違反に係 る事実の概要は、以下のとおりです。
2022 年 1 月 31 日頃、マスク氏は、同氏個人の資産管理人を介して、ブローカーに対し、マスク氏の代理として、ツイッター社の発行済株式総数(自己株式を除く。以下同じ)の 5%を超えない範囲でツイッター社の普通株式(以下、同社の株式につき言及する場合にはすべて普通株式を意味します)の取得を開始するよう指示しました。マスク氏は、ひとたびマスク氏によるツイッター社株式の保有が開示されることになれば、ツイッター社の株価が大幅に高騰する可能性があること、及び、34 年取引所法が、上場会社等の株式の 5%超を保有する特定の所有者に対して、SEC に報告書を提出することによってその保有比率を公に開示することを義務づけていることを理解していました。ブローカーは、マスク氏の上記指示に従い、2022 年1 月 31 日から 2 月にかけて、マスク氏を代理してツイッター社の株式を買い付けました。2022 年 3 月 8 日頃、マスク氏は、資産管理人を介して、ブローカーに対し、マスク氏によるツイッター社株式の保有割合が 5% の閾値を超えても買い続けるように指示しました。
2022 年 3 月 14 日、ブローカーが、マスク氏の代理でツイッター社の株式約 280 万株を買い付けた結果、同日の取引終了時点において、マスク氏は、ツイッター社の発行済株式総数の 5%超を実質的に所有するに至りました。これにより、マスク氏には、2022 年 3 月 24 日までに SEC にスケジュール 13D(又は、所定の要件を満たす場合にはスケジュール 13G)を提出する義務が生じました。しかしながら、マスク氏は、 2022 年 3 月 24 日までに、ツイッター社株式に関してスケジュール 13D 及びスケジュール 13G のいずれも SEC に提出しませんでした。
2022 年 3 月 25 日以降も、マスク氏は、ツイッター社の株式の買い付けを継続しました。2022 年 3 月 25 日には約 350 万株を 1 株当たり平均約 38.20 ドルで、同月 28 日には約 260 万株を 1 株当たり平均約 38.77 ドルで、同月 29 日には、同株式約 290 万株を 1 株当たり平均約 40.30 ドルで、同月 31 日には 200 万株を 1 株当たり平均約 38.22 ドルで買い付けています。
2022 年 3 月 31 日、マスク氏は、ニューヨーク証券取引所(以下「NYSE」という)の取引開始前に、ツイッター社に対し、同社の買収を選択肢の一つとして検討している旨述べました。同日夜、ツイッター社の CEO 及び取締役会議長はマスク氏と面会し、マスク氏に対して、取締役会に参加してもらいたいが、そのためには社内手続きに従う必要があることを伝えましたが、マスク氏は、ツイッター社の買収を選択肢として検討していると述べました。
マスク氏は、翌 4 月 1 日、ツイッター社の株式約 220 万株を 1 株当たり平均約 39.34 ドルで買い付け、同日の取引終了時点の保有割合は 9%以上となりました。同月 3 日、ツイッター社は、マスク氏に同社の取締役会に加わることをオファーし、マスク氏は口頭でこれを応諾しました。
マスク氏は、2022 年 4 月 4 日の NYSE の取引開始前に SEC にスケジュール 13G を提出し、ツイッター社の発行済株式総数の 9%超を実質的に所有していることを公表しました 3。かかる提出は、提出期限から 11 日遅れてのことでした。SEC は、マスク氏の提出したスケジュール 13G の表紙において、規則 13d-1(c)に従って提出される旨が記載されていることから、マスク氏はツイッター社の支配権に変更及び影響を生じさせる目的で株式を買い付けたものではないことが示唆されていたと主張しています。ツイッター社株式の同日の終値は 49.97 ドルとなり、前取引日の終値 39.31 ドルから 27%以上高騰しました。
翌 4 月 5 日、マスク氏は、スケジュール 13D を提出し、ツイッター社の取締役会に加わること及びツイッター社の発行済株式総数の 9%超を保有していることを開示しました 4。
本件の事案につきSEC がコロンビア特別区連邦地方裁判所に提出した 2025 年 1 月 14 日付け訴状では、2022 年 3 月 14 日の取引終了時点において、マスク氏がツイッター社の発行済株式総数の 5%超を実質的に所有していたことから、同月 24 日までに SEC にスケジュール 13D 又はスケジュール 13G を提出する義務 が生じていたところ、マスク氏が同日までにスケジュール 13D と 13G のいずれも提出しなかったことが違反行為として摘示されています 5。
なお、その後、マスク氏は、ツイッター社の取締役への選任が予定されていた 2022 年 4 月 9 日の朝に、ツイッター社に対して取締役に就任しない旨を通知し 6、同月 13 日にはツイッター社に対して 1 株当たり 54.20 ドルで発行済株式の全部を買収する提案を行いました 7。これを受けて、ツイッター社は、同月 15 日にポイズンピルを導入しましたが 8、同月 25 日にはマスク氏の買収提案を受け入れ、マスク氏との間で同氏がツイッター社を 1 株当たり 54.20 ドル(総額約 440 億ドル)で買収する旨の最終契約を締結しました 9。その後、マスク氏がツイッターにおけるスパム/フェイクアカウントの問題を指摘する等して最終契約の解除を主張したのに対して、ツイッター社は買収の実行を求める訴訟をデラウェア州衡平法裁判所に提起していましたが、最終的にマスク氏は、2022 年 10 月 27 日にツイッター社の買収を完了しました。
2. マスク氏による訴え却下の申立てとそれに対する本判断の内容
マスク氏は、本訴訟において以下の 4 点を主張して SEC による訴えの却下を求めていましたが、本判断でマスク氏の下記主張はいずれも退けられました。
- 34 年取引所法第 13(d)条は提出者の意思に反して投資のポジションや意図を開示させるものであるから、発言を控える権利を保護する合衆国憲法修正第 1 条に違反する
- 34 年取引所法に基づく規則 13d-1 は「10 日以内」にスケジュール 13D を提出することを求めるが、「日」が暦日又は営業日のいずれも意味し得る点で不明確であり、デュープロセス条項違反である
- SEC による本訴訟の提起は合衆国憲法修正第 5 条が禁止している選択的な執行に当たり、違憲である
- SEC 委員の解任を規定する法令が大統領による解任から SEC 委員を保護するものであり、違憲である
Ⅱ わが国大量保有報告制度への示唆
本判断により、34 年取引所法上の大量保有報告規制違反に対するエンフォースメントが違憲であるとの主張は退けられました。したがって、本訴訟はディスカバリー手続きの後、事実審理へと進むことになり、仮 にSEC が勝訴すれば、マスク氏は、①将来の 34 年取引所法第 13 条(d)違反行為の差止め、②1 億 5,000 万ドルの不当利得の没収、及び③民事制裁金の支払命令を受けることになります。
本訴訟では、大量保有報告書の不提出という客観的に立証が容易な違法行為に着目して民事制裁金の賦課が行われています。この点、わが国における大量保有報告書等の不提出又は虚偽記載を対象とする課徴金制度も、故意・過失といった責任要素を問わないものであることから、少なくとも提出遅延のような客観的に明白な違法行為に対しては、事案の重大性を問わずにできる限り課徴金を課すことが検討されるべきと考えられます。特に本訴訟に係る事案のような支配権の変動等がある事案においては、買収者が正しく大量保有報告書等を提出した場合と比較して安価で株式を買い集めることができてしまい、その結果他の株主の利益が害されるという問題が存在するため、単なる報告書の提出遅延よりも特に厳格な対応が講じられるべきと考えられます。
わが国の証券取引等監視委員会は、2024 年 6 月及び 9 月に合計 2 件(三ッ星株式に係る大量保有報告書等の不提出及び変更報告書の虚偽記載事案 10、並びにサカイホールディングス株式に係る大量保有報告書等の不提出及び変更報告書の虚偽記載事案 11)の大量保有報告規制違反について相次いで課徴金納付命令勧告を行っており、法執行当局は、ようやく大量保有報告規制のエンフォースメントに本格的に取り組むようになりました。もっとも、三ッ星株式に係る大量保有報告書等の不提出及び変更報告書の虚偽記載事案において違反行為者 3 名に課されることとなる課徴金の額は、それぞれ 26 万円、32 万円及び 40 万円に過ぎず、また、サカイホールディングス株式に係る大量保有報告書等の不提出及び変更報告書の虚偽記載事案において違反行為者 2 名に課されることとなる課徴金の額も両名ともに 10 万円に過ぎません。課徴金の金額は、現行の金融商品取引法上、①大量保有報告書又は変更報告書の不提出、及び②重要な事項につき虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項の記載が欠けている大量保有報告書等の提出、のいずれの場合についても、大量保有報告書等に係る株券等の発行者の株式時価総額の 10 万分の 1 とされていますが 12、このような算出方法では、(特に時価総額の小さい上場会社に関する事案においては)上記のとおり課徴金額が非常に少額となってしまうため、大量保有報告書等の不提出や虚偽記載に対する抑止効果は殆ど期待できないといわざるを得ません 13。
公開買付規制・大量保有報告制度の改正に係る「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律」による金融商品取引法の一部改正及びそれに付随する金融商品取引法施行令、株券等の大量保有の状況の開示に関する内閣府令等の一部改正が 2026 年 5 月 1 日から施行されることが予定されていますが、以上のような大量保有報告制度のエンフォースメントの在り方に関する課題は残されたままです。本訴訟において、SEC は、10 日程度の提出遅延に対しても非常に高額な民事制裁金の支払い等を求めていますが、わが国においても、大量保有報告制度の違反に対し積極的なエンフォースメントと違反抑止に十分な課徴金が課されるようになることが期待されます。

