【知財高判平成21年3月25日平20(行ケ)10261号】

【要旨】 エアロゾル粒子を,抗炎症剤及び/又は抗感染剤を感染部位である「気道下部」に直接的に投与するために,通過経路の入り口に当たる鼻孔から「鼻の中」に向けて投与されることができるという意味に理解すべきであり,鼻自体が感染部位であることを前提として,鼻を治療する目的等で,鼻に抗炎症剤及び/又は抗感染剤を投与するという意味に理解することはできない。

【キーワード】 引用発明の認定,後知恵

1.事案の概要

本件では,本願発明(特願2000-537427号)の進歩性の判断において,引用例2(特表平6-507404号)に記載された発明の認定が争点となった。

2.本願発明の内容

本願発明の内容は,以下のとおりである。

【請求項1】 鼻の鬱血,再発性副鼻洞感染,又はバクテリアに伴う鼻の感染又は炎症を治療又は防止するために,それを必要としている人に対して鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物であって, キシリトールを水溶液の状態で含有しており,キシリトールが水溶液100cc当たり1から20グラムの割合で含有されている調合物。

3.引用例2の記載

「請求の範囲 1.感染性剤により引き起こされる気道下部疾患に敏感であり又は有する宿主における気道下部疾患の処置方法であって,前記疾患に対する治療効果を生成するために有効な抗炎症剤の量を前記宿主に局部的に投与することを含んで成る方法。」(甲2,2頁左上欄1行~5行) 「本発明のさらなる目的は,現在まで利用できる治療の適用様式(modality)よりも,より効果的で,簡単でそして即効性の,ウィルス,バクテリア,真菌類,及び寄生性剤,例えば,先に記載したようなものにより引き起こされる感染性の呼吸性疾患の治療方法を提供することである。 本発明の他の目的は,感染性剤により引き起こされた気道下部の疾患を受けやすいか又は患っている宿主における気道下部疾患の治療方法を提供することである。この方法は,上記の疾患に対する治療的効果を作り出すために,上記感染性剤に対する活性をもつ有効量の抗感染性剤を上記宿主に投与すること,並びに有効量の抗炎症剤を上記宿主に局所的に投与することを含んで成る。」(甲2,4頁右上欄10行~20行) 「上記の抗感染剤は,局所的に,経口的に,静脈中に,又は腹腔内に投与されることができる。局所的投与が好ましい。治療薬の局所的投与の第一の利点は,より高い濃度の薬が,全身的投与により必要なものよりも低い,患者に対する全投与量により,冒された組織にデリバリ-されることができ,これにより,高い投与量の薬の,例えば,コルチコステロイドの全身的投与の,既知の副作用を回避するということである。好ましい態様においては,上記の抗炎症剤及び上記の抗感染剤は,上記宿主の気道下部に直接的に投与される。上記の抗炎症剤及び/又は上記の抗感染剤は,鼻の中に投与されることができる。上記の抗炎症剤及び/又は上記の抗感染剤は,エアロゾル粒子の形態で鼻の中に投与されることができる。」(甲2,4頁左下欄26行~右下欄10行)

4.審決の内容

審決は,相違点1について,「引用例2には,感染性の呼吸器疾患の治療のために(摘記事項(E)),抗感染剤を局所投与すること(摘記事項(F)),全身投与より低い投与量で感染部位である鼻に投与できることが記載されている(摘記事項(G))。」(審決書5頁23行~26行)ことを前提として,「よって,引用例1のキシリトールの投与により上気道感染を処置する際に,経口投与に代えて,全身投与より低い投与量で投与し得る感染部位への投与,すなわち,鼻への投与を採用し,鼻内へ投与するための鼻洗浄調合物とすることは当業者が容易に想到し得ることである。」(審決書5頁27行~30行)と認定した。

【争点】 引用発明の認定において,「鼻の中に投与されることができる。」との記載から,鼻自体が感染部位であることを前提として,鼻を治療する目的等で,鼻に抗炎症剤及び/又は抗感染剤を投与することと認定することはできるか。

【判旨】 イ 引用例2の記載事項の認定の誤りについて 上記(A)ないし(D)には,引用例2は,専ら「感染部位」を「気道下部」とする疾患を対象とした治療方法が開示され,また,上記(E)ないし(G)には,抗炎症剤及び抗感染剤が感染部位である「気道下部」に直接的に投与されることが,好ましい治療態様であることが開示されている。 そうすると,上記(G)「好ましい態様においては,上記の抗炎症剤及び上記の抗感染剤は,上記宿主の気道下部に直接的に投与される。上記の抗炎症剤及び/又は上記の抗感染剤は,鼻の中に投与されることができる。上記の抗炎症剤及び/又は上記の抗感染剤は,エアロゾル粒子の形態で鼻の中に投与されることができる。」における「鼻の中に投与されることができる。」との記載部分は,エアロゾル粒子を,抗炎症剤及び/又は抗感染剤を感染部位である「気道下部」に直接的に投与するために,通過経路の入り口に当たる鼻孔から「鼻の中」に向けて投与されることができるという意味に理解すべきであり,鼻自体が感染部位であることを前提として,鼻を治療する目的等で,鼻に抗炎症剤及び/又は抗感染剤を投与するという意味に理解することはできない。 したがって,「引用例2には,・・・感染剤を・・・感染部位である鼻に投与できることが記載されている(摘記事項(G))。」とした審決の前記認定は誤りである。

ウ 引用例2の記載事項の認定の誤りに係る被告の主張に対する判断 これに対して,被告は,本願の優先日前に既に各種の感染性の呼吸性疾患に対する「抗感染剤」について,投与経路として経口投与とともに鼻内投与が選択できることが周知であることに照らすならば,当業者であれば,引用例2の摘記事項(G)の記載,すなわち「上記の抗感染剤は,局所的に,経口的に,静脈中に,又は腹腔内に投与されることができる。局所的投与が好ましい。治療薬の局所的投与の第一の利点は,より高い濃度の薬が,全身的投与により必要なものよりも低い,患者に対する全投与量により,冒された組織にデリバリ-されることができ,これにより,高い投与量の薬の,例えば,コルチコステロイドの全身的投与の,既知の副作用を回避するということである。」との記載は,「気道下部」のみならず,「上気道」を含めて感染性の呼吸性疾患について述べたものと理解することができると主張する。 しかし,被告の上記主張は,採用することができない。 すなわち,引用例2は,前記のとおり感染部位を「気道下部」とする疾患の治療方法を提供しようとするものであることを,繰り返し述べている記載態様に照らすならば,被告引用に係る上記記載部分は,感染部位を「気道下部」とする疾患に関する記述であると解するのが自然である。仮に,呼吸性疾患に対する「抗感染剤」の投与経路として「経口投与」とともに「鼻内投与」を選択し得ることが周知であったとしても,そのことは,「気道下部」の疾患に対する治療方法を提供するものであると繰り返し述べている引用例2の記載を,明白な記述に反してまで,「上気道」をも含める記載であると解する根拠とはなり得ない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。

【検討】 本判決では,引用例2の明細書上,「気道下部」の疾患に対する治療方法であると繰り返し記載されていたことから,引用例2に記載された発明は,「上気道」を含む,感染性の呼吸疾患に対する治療方法であるとは認定されなかった。 一方,感染症の呼吸疾患に対し,鼻内投与することが周知であると考え得たことからすると,引用例2に,単に「感染症の呼吸疾患の治療」としか記載されていなければ,引用例2に記載された発明に,「上気道」の呼吸疾患の治療も含まれると解し得たと思われるが,本件では,上記のとおり,引用例2の明細書上,「気道下部」の疾患に対する治療方法であると繰り返し記載されていたことから,引用例2に明確に記載された事項に反し又はこれを超えて引用発明を認定することは許されないと考えられる。 このように,引用例に明確に記載された事項に反し又はこれを超えて引用発明を認定することは,後知恵と判断される場合がある。

以上

(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一