2017年4月1日に施行された新『特許審査指南』第4部第3章第4.6.2節には、「特許請求の範囲を訂正する具体的な方法は、一般的に、請求項の削除、技術的解決手段の削除、請求項のさらなる限定、明白な錯誤の訂正に限る」と規定されている。また、「技術的解決手段の削除とは、同じ請求項における並列的な2つ以上の技術的解決手段から1つ又は1つ以上の技術的解決手段を削除することをいう」とも規定されているが、どのような場合がこの規定でいうものにあたるかについてより具体的な説明はされていなかったので、化学分野におけるマーカッシュクレームの訂正に問題と争いをもたらしていた。

特許法でいうマーカッシュクレームとは、1つの請求項で複数の並列的で選択可能な要素を特定する請求項である。化学分野において、同族体、同族原子、異性体などは、通常、同じ「グループ」にまとめられるので、同じ「グループ」を有する化合物は、通常、同一‐類似の化学的属性を有する。例えば、ある化合物A(R-Cl)のうちClをFに代えれば、化合物B(R-F)を得られるが、多くの場合、化合物Aと化合物Bは、類似の構造と類似の属性を有する。発明者が化合物Aを開示していれば、当業者にとって化合物Bを想到するのは自明であるので、このような場合に、発明者が特許出願をするにあたって化合物Bもその請求項の保護範囲に含めることを認めるのが、マーカッシュクレームの由来である。つまるところ、化学分野においては、マーカッシュクレームのような独特な記載形式によって、類似の構造や性質を有する多くの具体的な化合物を出願人が化学一般式の形式で上位概念化して、広い保護範囲を得ることができるようになるので、マーカッシュクレームは、非常に大きな影響を及ぼす重要な位置を占めるようになっている。

しかしながら、高度に上位概念化された記載や広い保護範囲は、マーカッシュクレームにとっても同様に大きな無効リスクをもたらす。無効手続に巻き込まれることが常であることから、特許権者には、無効手続においてマーカッシュクレーム中の選択可能な要素を削除する訂正が認められるか否かが、理論界及び実務界でも広く争われていた。ある見解は、マーカッシュクレームは全体としての技術的解決手段にあたるとして、全体ごと削除することしか認められず、選択可能な要素を選択的に削除することは認められないとする(以下「全体としての技術的解決手段とする説」という)。また、ある見解は、マーカッシュクレームの選択可能な要素は並列的な技術的解決手段にあたるので、技術的解決手段を削除する方法が適用され、同じ請求項における並列的な2つ以上の技術的解決手段から1つ又は1つ以上を削除することが許されるとする(以下「並列的な技術的解決手段とする説」という)。

実務上、特許審判委員会と第一審人民法院(北京市第一中級人民法院と北京知的財産法院が含まれるが、現在では、特許拒絶査定不服審判及び無効審判を不服とする行政訴訟は、いずれも北京市知的財産法院の管轄に改められている)は、「全体としての技術的解決手段とする説」に傾斜する一方で、北京市高級人民法院は、「並列的な技術的解決手段とする説」に傾斜しているが、無効審判及びその後の行政訴訟の手続全体で審理機関の見解が相矛盾していて、争いも大きいので、多くの事件で裁判が何度も繰り返され、訴訟における当事者の負担やコストもいつしか増大する結果となっていた。

しかし、2017年12月に最高人民法院から「(2016)最高法行再第41号」の再審事件で、無効事件におけるマーカッシュクレームの訂正基準が遂に明らかにされたことで、十年余の長きに渡った争いに終止符が打たれ、各審理機関の見解が統一されなかったために事件がいたずらに長期化してしまうという司法手続の重大な難題が解決された。

ここで言及に値することとして、当該再審事件は、最高人民法院により提審がされたもので、繰り返しの検討と調査研究がされた結果、3年間をかけてようやく終局判決が下されたことからも、それが慎重になされていることが窺える。以下、この歴史的意義を有する重要な事件について議論することとしたい。

(2016)最高法行再第41号判決は、名称が「高血圧症を治療又は予防するための医薬組成物の製造方法」で特許番号が97126347.7である第一三共株式会社の発明特許に関するもので、当該特許の権利付与公告に付された特許請求の範囲は次の通りである。

1.少なくとも次に示す式(I)の化合物又はその薬用とすることのできる塩もしくはエステルである抗高血圧剤と医薬品として許容可能な担体または希釈剤とを混合し、

式中、R1は、1から6個の炭素原子を有するアルキル基を示し、R2およびR3は、同一または異なって、かつ、各々が1から6個の炭素原子を有するアルキル基を示し、R4は、水素原子、または1から6個の炭素原子を有するアルキル基を示し、R5は、カルボキシル基、式COOR5aの基または式−CONR8R9の基(式中、R8、R9は、同一または異なって、各々が水素原子、1から6個の炭素原子を含んで置換されていないアルキル基、1から6個の炭素原子を含んでカルボキシル基に置換されたか、もしくはそのアルキル基部分に1から6個の炭素原子を含むアルコキシカルボニルで置換されたアルキル基を示すか、R8およびR9が、一緒になって、2から6個の炭素原子を含んで1つのそのアルキル基部分に1から6個の炭素原子を含むアルコキシカルボニルで置換されたアルキリデン基を示す)(式中、R5aは、1から6個の炭素原子を含むアルキル基、アルカノイル部分およびアルキル基部分の各々が1から6個の炭素原子を含むアルカノイルオキシアルキル基、アルコキシ基部分およびアルキル基部分の各々が1から6個の炭素原子を含むアルコキシカルボニルオキシアルキル基、(5−メチル−2−オキソ−1,3−ジオキソレン−4−イル)メチル基またはフタリジル基を示す)を示し、R6は、水素原子を示し、R7は、カルボキシル基またはテトラゾール−5−イル基を示すことを含む高血圧を治療又は予防するための医薬組成物を製造する方法。

無効手続において、特許権者は、請求項1中の「又はその薬用とすることのできる塩もしくはエステル」のうち「もしくはエステル」と、R4を定義しているもののうち「1から6個の炭素原子を有するアルキル基」と、R5を定義しているもののうちカルボキシル基および式COOR5a(式中、R5aは、(5−メチル−2−オキソ−1,3−ジオキソレン−4−イル)メチル基である)を除くその他の技術的解決手段と、を削除した。

特許審判委員会は、請求項1中の「もしくはエステル」を削除する訂正は認めたものの、その余の訂正は特許法実施細則第68条の関係規定に適合しないので、当該訂正書類は受け入れられないものであるとした。最終的に特許権者も、請求項1中の「もしくはエステル」のみを削除することを明示し、特許審判委員会は、その書類に基づいて無効審決を下した。

第一審人民法院(北京市第一中級人民法院)は、この訂正基準を支持し、第一三共株式会社が当該マーカッシュクレーム中のマーカッシュ要素を削除したことは、並列的な技術的解決手段を削除することとそのまま同視されることではないので、特許法実施細則第68条の規定に適合しないと判示した。

第二審人民法院(北京市高級人民法院)は、この訂正基準を退け、マーカッシュクレームとは、1つの請求項で複数の並列的で選択可能な要素を特定するものであるので、マーカッシュクレームが化合物に関するものである場合、これらの化合物間は並列的な選択関係にあり、各々の化合物は1つの独立した技術的解決手段であると判示した。また、マーカッシュクレームが並列的な技術的解決手段の特殊な類型に属すると認められる以上、1つ又は複数の変数を削除して特許権の保護範囲を減縮するとしても、公衆の利益を害することはないので、特許権者が関連する選択肢を削除することは認められるべきであるとしながらも、マーカッシュクレームが権利付与された時点では当該請求項に含まれる化合物のすべてが合成されている訳ではないことに鑑み、また、マーカッシュクレームに係る選択発明の存在する基礎が失われることのないように、訂正後の請求項を明細書に記載されていない具体的な化合物としてはならないことを訂正の許される限度とすべきであるとしている。

これに対し、(2016)最高法行再第41号判決では、次のように判示されている。「化学発明創造の特殊性に鑑み、また、マーカッシュクレームを記載するときに、特許出願人には、権利の保護される最大の範囲を得ようとしてすべての構造態様をできる限り1つの請求項に記載する機会があるため、無効段階におけるマーカッシュクレームの訂正は厳格に制限されなければならないことを考慮すると、訂正によって新しい特性や作用のある種の又は個々の化合物を生じさせてはならないことがマーカッシュクレームの訂正が許される原則とされるべきであるが、同時に個別事件の事情も十分に勘案されなければならない。

特許出願人又は特許権者がいずれかの変数のいずれかの選択肢を削除する場合、その削除によって請求項の保護範囲が減縮されるようになるとしても、社会公衆の権利利益を害することはないが、このために新たな権利の保護範囲が生じるか否かという不確実性があると、社会公衆に安定的な予見性を与えることができなくなるだけでなく、特許権確認制度の安定を守る上でも不都合である」。

最高人民法院のこの判決によって、無効手続においてマーカッシュクレーム中の1つ又は複数の変数を削除することは通常許されないことが明らかにされた。勿論、理論レベルでの検討や論争は司法の判決とともに終わるものではないが、この判決は、司法の裁判基準を統一する上で重要な意義を有しており、出願人‐特許権者にとっても法的な不利益について画一的な予見性を与えるものとなっている。

また、無効手続において訂正が許されないとする原則は、マーカッシュクレームを記載するにあたってより厳格な要求を課するものとなっている。マーカッシュクレームは、化学分野、特に医薬分野において一般的なものであるので、特許代理人としては、このことを十分に重視しなければならない。

記載するにあたっての特許代理人のアドバイス

マーカッシュクレームを記載するにあたっては、次の点に注意すべきである。

1.従属請求項を十分に用いて、複数の重層的な保護範囲を記載するようにする。このようにすれば、無効手続において独立請求項を訂正不能な場合に、従属請求項で多重防御線を構築することができる。

2.明細書中で開示している具体的な化合物を従属請求項に記載するとよい。このようにすれば、マーカッシュクレームが訂正不能なために無効にされたとしても、具体的な化合物はなお保護を受けることができる。可能であれば、明細書にはできる限り多くの具体的な化合物及びその実験データを開示すべきである。このようにすれば、第1に、より広い保護範囲を裏付けることができ、第2に、出願人が本当に保護しようとする具体的な化合物を隠すことができる。