1. はじめに 

2018 年 1 月 5 日、シンガポール競争法当局(Competition Commission of Singapore(CCS))より、シン ガポールにおける国際カルテル事案としては史上 3 件目となる国際カルテル(コンデンサー)の制裁事 案が公表されました。賦課された制裁金の総額は、関与した日系企業の子会社 5 社に対して、計約 2000 万シンガポール・ドル(約 17 億円)(このうち、1 社についてはリニエンシーの順位 1 位を獲得したこ とにより、制裁金の全額が免除)であり、シンガポールで課された制裁金の金額としては過去最高額と なります。本ニューズレターでは速報ベースの簡潔な内容とはなりますが、事案及び CCS による決定の 概要、及び本件の公表内容について注目すべき事項についてご説明申し上げます。 

なお、同一の対象製品(コンデンサー)について、すでに日本の公正取引委員会からは、2016 年 3 月 29 日付で日系企業 5 社に対して計約 70 億円の課徴金納付命令が出されており、それ以外にも、米国・中 国・韓国・台湾・EU で同一の事案に対する当局による調査が進行中、あるいは、終結済みであり、国際 カルテル事案がグローバルに複数法域で当局による調査対象となる近時の典型的な事案であるといえます。 

シンガポールの CCS と日本の公正取引委員会は、2017 年 6 月 22 日付で、競争当局間の協力に関する覚書を締結しており、当該覚書は、クロスボーダーにおける競争法の執行強化、及び、そのための当局間の協力をその主な内容としています。CCS は当該覚書の締結にあたって、クロスボーダーでの当局間の 国際協力を強化していくとの公式見解を示しており、本件の摘発は当該覚書締結後の第一号事案となります。また、本件についての CCS のプレスリリースによれば、米国・EU・台湾・日本の各競争当局と情報交換及び協力を行ったことが明示的に記載されており、国際カルテルの調査事案において、競争当局間の情報交換及び協力が今後ますます加速していくものと思われます。特に、情報交換の内容として、CCS が当事会社から収集した証拠や、CCS による検討状況など、踏み込んだ内容の交換がなされたと推察される点が注目に値します(CCS によるプレスリリース第 8-9 項)。 

2. 本件の概要 

本件で、カルテルの対象となった製品は、アルミ電解コンデンサ(Aluminum Electrolytic Capacitor(AEC))です。AEC は、パソコンやその他の家電に用いられる部品です(製品の写真は以下の通りです(CCS のプレスリリース(Appendix 1)より転載))。 

本件の CCS による調査は、リニエンシーの順位 1 位を獲得した会社による 2013 年 10 月 4 日付のリニエンシーの申請を端緒として開始されました。 

本件で摘発の対象となった行為は、当事会社による以下の行為です。 

① 当事会社間での競争センシティブ情報の交換(当事会社の顧客への見積もり情報、販売数量、製造数量、価格設定方針など) 

② 製品の販売価格についての合意

③ 顧客からの値下げ要請を協調して拒絶する旨の合意 

カルテル行為は、1997 年から 2013 年までの長期間にわたって継続し(そのうち、2 社は 2009 年 2 月 25日を最後に離脱)、シンガポールにおいてシニアレベルの従業員がほぼ毎月の頻度で会合を行い、上記の情報交換や合意を行っていたと認定されています(CCS による判断の Annex B によれば、当該会合は66 回に及んでいます)。なお、②及び③の行為は、ハードコアの類型として、反競争効果を問題にすることなく、競争法違反が認定されるのに対し、①の行為については、シンガポール国内において、実質的な競争制限効果がある場合に初めて競争法違反となります。 

CCS の判断中、反競争性の判断としては、上記のカルテル行為がなかったとすれば、当事会社が顧客からの値下げ要請を拒絶した場合、当該顧客はより価格の安い競合他社から製品を購入することになることから、値下げ要請を拒絶して、高い金額を維持したまま市場シェアを維持することは不可能である(換言すれば、上記のカルテル行為があったがために、製品の価格を下げることなく、高い価格を設定したまま、市場シェアを維持することが可能であった)旨が説明されています。 

シンガポール競争法上、カルテル行為を理由とする制裁金の金額は、当事会社の直近 3 事業年度におけるシンガポール国内の対象製品の売上高合計の 10%を上限として、違反の性質(Nature)・期間(Duration)、制裁金の増額・減額事由(Aggravating/Mitigating Factor)を考慮した上、CCS が定めることとされています。本件では、違反行為の期間が長く、また、対象製品の売上高が、直近事業年度の各年において 6,000~7,000 万シンガポールドル(約 50~60 億円)にのぼったことから、制裁金の金額が高額となった旨が説明されています。なお、CCS の判断中、秘匿性の高い情報についてはすべてマスキングされており、例えば、各会合の各当事会社からの参加者などは示されていません。また、各当事会社ごとの制裁金の算定経緯も、最終的な制裁金の金額が示されるにとどまり、制裁金の算定のベースとなった各社ごとの直近事業年度における売上高や、リニエンシーの申請を行い、2 位以降の順位を確保した当事会社が具体的に何%の制裁金の減額を得たかについては、公表されていません。 

3. まとめ 

シンガポールをはじめとして、ASEAN 各国では競争法による規制が強化される傾向にあり、今後グローバルなカルテル調査については、ASEAN にも波及する事案が増加することが想定されます。ASEAN 地域についても競争法の規制を正しく理解した上、競争法違反の行為を行わないための適切なコンプライアンスプログラムの策定・実施及び継続的な教育を行うことの重要性を再確認いただくとともに、万が一、違反行為を行っている蓋然性が高いことが発覚した場合には、可能な限り早いタイミングでリニエンシーの申請を行い、高い順位を確保しておくことが重要です(シンガポールでは、リニエンシーの第 1順位の申請者は制裁金の全額の免除を受けられる一方で、第 2 順位以降は CCS の裁量により 50%未満の減額が受けられるにとどまります。具体的なリニエンシーのパーセンテージは公表されていないことから、各社が具体的にどの程度の制裁金の減額を受けているのかは不明ですが、50%満額の減額を受けている事例は多くないものと推察されます)。 

なお、国際カルテル事案においては、各法域で連携して同時にリニエンシーの申請を行うことが実務上重要であり、かかる重要性は今後ますます増していくものと思われます。シンガポールを例に取ると、昨年の公正取引委員会との協力覚書の締結に伴い、CCS が公正取引委員会と情報共有を行う旨を当事会社が承認することがリニエンシーによる制裁金の免除を得るにあたっての条件とされる可能性が今後増すと考えられます。その結果、シンガポールにおけるリニエンシーの申請に際して、当局(CCS)に提供した情報が、日本の公正取引委員会や他の法域の競争当局に共有される可能性があるためです。CCSが本件のプレスリリースで述べているとおり、今後、当局間でこれまで以上に積極的な情報共有がなされるものと予想されます。 

シンガポールにおける国際カルテル事案としては、2014 年にベアリングのカルテル事案(制裁金総額約8 億円)、及び、航空貨物輸送サービスのカルテル事案(制裁金総額約 6 億円)がそれぞれ摘発されており、本件が 4 年ぶり、3 件目となる国際カルテルの摘発事案です。シンガポールの国際カルテル事案 3 件のいずれも日系企業によるものであり、日々のコンプライアンス体制の構築の重要性が実感されます。 

以上