【公取委審判審決平成31年3月13日(平成22年(判)第1号)】

1 事案の概要(以下では、説明の必要のため事案を簡略化している)

Q社(被審人)は、我が国の携帯端末メーカー等との間で、CDMA携帯電話端末等の製造、販売等のため、Q社が保有するCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の実施権を許諾する旨の第三世代携帯端末電話端末向けライセンス契約等(以下「本件ライセンス契約」という。)を締結した。 本件ライセンス契約には、以下の3つの条項(以下「本件3条項」という。)が含まれていた。

① 無償許諾条項 Q社がCDMA部品の製造、販売等のため本件ライセンス契約において対象として特定された携帯端末メーカー等が保有する(保有することとなる)知的財産権について、これを譲渡してはならないこと、Q社に全世界的及び非排他的な実施権を許諾すること。

② Q社に対する非係争条項 携帯端末メーカー等の一部は、Q社又はQ社からCDMA部品を購入した顧客(以下「Q社顧客」という。)に対して、Q社によるCDMA部品の製造、販売等又はこれに加えてQ社顕客がQ社のCDMA部品を自社の製品に組み込んだことについて、本件ライセンス契約において対象として特定された携帯端末メーカーが保有する(保有することとなる)知的財産権に基づいて権利主張を行わないことを約束する。

③ Q社のライセンシーに対する非係争条項 携帯端末メーカーは、Q社のライセンシーに対し、Q社のライセンシーによるCDMA携帯電話端末等の製造、販売等について、本件ライセンス契約において対象として特定された携帯端末メーカーが保有する(保有することとなる)知的財産権に基づいて権利主張を行わないことを約束する。

公正取引委員会は、本件3条項が含まれた本件ライセンス契約を締結することは、携帯端末メーカーの事業活動を不当に拘束する条件を付けて、携帯端末メーカーと取引しているものであって、平成21年改正前独禁法2条9項4号・旧一般指定13項に該当し、独禁法19条の規定に違反するものであるとして(以下「本件違反行為」という。)、Q社に対し、平成21年9月28日、排除措置を命じた(以下「本件排除措置命令」という。)。Q社は、平成21年11月24日、本件排除措置命令の全部の取消しを求めて審判請求をした。

平成21年改正前独禁法及び一般指定 現行法及び現行一般指定
四 相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること。 四 自己の供給する商品を購入する相手方に、正当な理由がないのに、次のいずれかに掲げる拘束の条件を付けて、当該商品を供給すること。 イ 相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。 ロ 相手方の販売する当該商品を購入する事業者の当該商品の販売価格を定めて相手方をして当該事業者にこれを維持させることその他相手方をして当該事業者の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束させること。
(拘束条件付取引) 13 法第2条第9項第4号又は前項に該当する行為のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。 (拘束条件付取引) 12 法第2条第9項第4号又は前項に該当する行為のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。

2 何が問題となったか

本件違反行為が一般指定第13項に該当するかどうか。すなわち、Q社が携帯端末メーカーとの間で締結した本件ライセンス契約において本件3条項を規定することにより携帯端末メーカーの事業活動を拘束することが、公正な競争を阻害するおそれがあるということができるかどうか。

3 審決の内容(審決文中、下線部や(※)部は本記事執筆者が挿入)

⑴ 旧一般指定13項(現12項)における「公正な競争を阻害するおそれ」の判断方法 本件では、まず、不当な拘束条件付取引に関して、公正競争阻害性の有無の判断基準について述べている。公正競争阻害性は、「公正な競争を阻害するおそれ」をいい、この文言は独禁法2条9項6号にしか明記されていないものの、同項の他の号についても公正競争阻害性が問題となると考えられている。本件で問題となった改正前の独禁法2条9項4号・一般指定13項には「不当に」の文言があるが、この文言に公正競争阻害性を読み込んでいくというのが一般的な解釈である。審決はこのような解釈を前提として、公正競争阻害性は具体的な競争減殺効果の発生までは必要なく、その「おそれ」で足りるとしつつも、この「おそれ」の程度は、「競争減殺効果が発生する可能性があるという程度の漠然とした可能性の程度でもって足りると解するべきではなく、当該行為の競争に及ぼす量的又は質的な影響を個別に判断して、公正な競争を阻害するおそれの有無が判断されることが必要である」とした。この「おそれ」の程度に関する判断は、マイクロソフト非係争条項事件(公取委平成20年9月16日審判審決)における判断内容と同様である。

ア 独占禁止法第19条は、「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と定めているところ、平成21年改正法による改正前の独占禁止法第2条第9項第4号は、不公正な取引方法に当たる行為の1つとして、相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するものを掲げており、これを受けた旧一般指定第13項において、「相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。」が指定されている。 イ 旧一般指定第13項に規定する「不当に」の要件は、平成21年改正法による改正前の独占禁止法第2条第9項が規定する「公正な競争を阻害するおそれ」(公正競争阻害性)があることを意味するものと解される。 そして、独占禁止法が不当な拘束条件付取引を規制するのは、競争に直接影響を及ぼすような拘束を加えることは、相手方の事業活動において、相手方が良質廉価な商品・役務を提供するという形で行われるべき競争を人為的に妨げる側而を有しているからであり、拘束条件付取引の内容が様々であることから、不当な拘束条件付取引に該当するか否かを判断するに当たっては、個々の事案ごとに、その形態や拘束の程度等に応じて公正な競争を阻害するおそれを判断し、それが公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると認められる場合に初めて相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるというべきである(最高裁判所平成10年12月18日判決・民集第52巻第9号1866頁・公正取引委員会審決集第45巻461頁〔有限会社江川企画による地位確認等請求上告事件〕参照)。 また、不当な拘束条件付取引に該当するか否かを判断するに当たっては、具体的な競争減殺効果の発生を要するものではなく、ある程度において競争減殺効果発生のおそれがあると認められる場合であれば足りるが、この「おそれ」の程度は、競争諌殺効果が発生する可能性があるという程度の漠然とした可能性の程度でもって足りると解するべきではなく、当該行為の競争に及ぼす呈的又は質的な影響を個別に判断して、公正な競争を阻害するおそれの有無が判断されることが必要である(公正取引委員会平成20年9月16日審決・公正取引委員会審決集第55巻380頁〔マイクロソフトコーポレーションに対する件〕参照)。ウ 審査官は.本件無償許諾条項等について、被審人に対して国内端末等製造販売業者が、保有し、若しくは保有することとなる知的財産権の実施権を許諾し、又は、被審人等や被審人の顧客.他の被審人のライセンシーに対してその権利主張をしないと約束するものであり、国内端末等製造販売業者の事業活動を拘束する条件に該当するとしている。 そうすると、本件違反行為が一般指定第13項に該当するかどうかを判断するに当たっては、被審人が国内端末等製造販売業者との間で締結した本件ライセンス契約において本件無償許諾条項等を規定することにより国内端末等製造販売業者の事業活動を拘束することが、公正な競争を阻害するおそれがあるということができるかどうかを判断する必要がある。

⑵ 本件3条項を含めた本件ライセンス契約の契約解釈 審判官は、審査官が本件3条項をそれぞれ、無償許諾条項、非係争条項という性質と捉え、知的財産ガイドラインの考え方(※1)を踏まえて、公正競争阻害性を認めた旨指摘した上で、認定した事実に基づき、本件ライセンス契約の権利義務関係を総合的に検討し、「無償許諾条項」及び「Q社に対する非係争条項」はクロスライセンス契約としての性質を有し、「Q社のライセンシーに対する非係争条項」はクロスライセンス契約に類似した性質を有するものであるとした。 そして、本件ライセンス契約をクロスライセンス契約であるという性質決定をした上で、提出された証拠等により、携帯端末メーカーの研究開発意欲を阻害するなどして公正な競争秩序に悪影響を及ぼす可能性を立証できるかどうかを検討するとした。

また、前記(2)で認定した各事実を踏まえて本件無償許諾条項及び被審人等に対する非係争条項が規定された本件ライセンス契約の権利義務関係を総合的に検討すると、本件ライセンス契約は、被審人が国内端末等製造販売業者に対してCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の実施権を許諾する一方、国内端末等製造販売業者が被審人に対し、一時金及び継続的なロイヤルティの支払のほか、国内端末等製造販売業者の被審人に対するCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の実施権の許諾(本件無償許諾条項)又は国内端未等製造販売業者の被審人等及び被審人の顧客に対するCDMA携帯無線通信に係る知的財産権の権利主張をしない約束(被審人等に対する非係争条項)をするというものであり、甚本的な契約の構造としては、被審人が保有する知的財産権の実施権を許諾するのに対し、国内端末等製造販売業者も保有する知的財産権の非独占的な実施権を許諾するというクロスライセンス契約(特許権の一部について権利主張をしない約束をしているものを含む。以下同じ。)としての性質を有するものといえる(被審人は金員の支払義務を負わず、国内端末等製造販売業者だけが金員の支払義務を負うことになっているものの、このような態様の契約も、クロスライセンス契約として非典型的なものとはいえないし、その金員の多寡も契約の性質自体に影轡を及ぼすものとは認められない。)。また、被審人のライセンシーに対する非係争条項も、これを本件ライセンス契約に規定した国内端末等製造販売業者と、同様の条項を規定した他の被審人のライセンシーが、無債で、互いに保有する知的財産権の権利主張をしないことを約束するというものであって、相互に保有する知的財産権の使用を可能とするものとして、クロスライセンス契約に類似した性質を有するものと認めるのが相当である。そして、クロスライセンス契約を締結すること自体は原則として公正競争阻害性を有するものとは認められない(知財ガイドライン第1の1、第4の5(6)同(9)の記述も、このような考え方を前提としているものと解される。)。 そうすると、クロスライセンス契約としての性質を有する本件無償許諾条項等が規定された本件ライセンス契約について、国内端末等製造販売業者の研究開発意欲を阻害するなどして公正な競争秩序に悪影響を及ぼす可能性があると認められるためには、この点についての証拠等に基づくある程度具体的な立証等が必要になるものと解される。

⑶ 本件3条項が携帯端末メーカーの研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理か否か

ア 審査官の主張の根拠及びこれに対する審判官の判断 審査官は、本件3条項による制約の程度、内容が携帯端末メーカーの研究開発意欲を阻害するおそれがあるとした根拠として、以下の3つを挙げた。

【根拠①】本件3条項(無償許諾条項等)の適用範囲が広範であること 【根拠②】本件3条項が無償ライセンスとしての性質を有すること 【根拠③】本件3条項が不均衡であること

これに対して、審判官は、審査官が示した3つの根拠について、それぞれ携帯端末メーカーの研究開発意欲を阻害するおそれがあると推認できる程度に不合理であることを示すものであると認めるのは困難であるとした。

以下、根拠①~③毎に審決の判断を追っていく(実際の審決書は非常に長文にわたるため、以下では分かりやすいように内容を要約している。詳細を調べる場合には実際の審決に当たられたい。)。 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/mar/190313-22_1.pdf

イ 広範であるとの主張(根拠①) (ア)審査官は、本件3条項は、権利行使ができなくなる知的財産権の範囲・取得時期、権利行使ができなくなる相手方・期間のいずれの点においても適用範囲が広範であることが研究開発意欲を阻害することの根拠とした。

(イ)これに対し、審判官は、本件ライセンス契約が「クロスライセンス契約」としての性質を有するものであるから、契約の性質上、双方の知的財産権の行使が制限されるのは当然であるとした。そして、以下の点について検討し、それぞれの検討項目において、携帯端末メーカーの研究開発意欲を阻害するおそれはないとした。

a 無償許諾に係る知的財産権の範囲 携帯端末メーカーがQ社に対して許諾する知的財産権の範囲は、CDMA携帯無線通信に係る「技術的必須知的財産権」及び「商業的必須知的財産権」(※a)であるが、この範囲が、携帯無線通信に係る携帯電話端末等のための知的財産権のライセンス契約ないしクロスライセンス契約において実施等の許諾の範囲となる知的財産権の範囲として、通常のものとは異なり、特に広範とはいえない。 また、他方で、携帯端末メーカーは、クロスライセンスにより、Q社及びQ社のライセンシーから、その保有する技術的必須知的財産権及び商業的必須知的財産権による権利主張を受けない。 (※a)技術的必須知的財産権には該当しないものの、装置、機器、システム又はソフトウェアに競争上の優位性を与えたり、市場で合理的に要求される可能性のある機能その他の特徴を与えたりする知的財産権

b 無償許諾に係る知的財産が改良期間に開発・取得することになるものも含まれる点 改良期間が無制限とされている技術的必須知的財産権は、標準規格を構成するものであり、CDMA携帯電話端末等の製品の差別化要素となるものではない。 改良期間が定められている場合、差別化要素となり得る商業的必須知的財産権の改良期間は無制限ではなく、Q社が携帯端末メーカーに実施権を許諾する技術的必須知的財産と商業的必須知的財産の実施権と共通である等。

c 権利行使が制限される相手方の範囲 相手方の範囲は、Q社及びQ社顧客であるが、実際に携帯端末メーカーがQ社顧客に対して権利行使することができなくなるのは、Q社顧客がQ社のCDMA部品に使用された知的財産権によって携帯端末メーカーの知的財産権を侵害する場合に限られ、Q社のCDMA部品を組み込まない顧客の製品の部品又は機能によって知的財産権を侵害された場合には権利行使をすることを妨げられない。これは、一般的なライセンス契約やクロスライセンス契約で通常生じるものである。 Q社に対する非係争条項は、携帯端末メーカーが開発・取得した(することとなる)知的財産権の一部について、無償許諾条項の対象となることを回避し、携帯端末メーカーが権利行使を制限される範囲を具体的に定めるために規定されたものである。

d 契約期間が定められていないこと 本件ライセンス契約及び本件3条項の対象となる知的財産権について、その実施権を許諾し、又は、権利主張することができなくなる期間が定められていないということを意味するだけであり、携帯端末メーカーがQ社に対して実施権を許諾し、又は、権利主張を行えなくなる知的財産権の範囲について、これを画定する期間が定められていないということを意味するものではない。つまり、携帯端末メーカーは、改良期間終了後に開発・取得することとなる知的財産権を別途行使できる。本件ライセンス契約の契約期間が無制限・長期間であることは、権利行使を制限される期間が無制限・長期間であることを意味するが、これはQ社が携帯端末メーカーに実施許諾する期間と一致するから、権利行使できない期間が一方的に無制限・長期間というわけではない。

ウ 無償ライセンスであるとの主張(根拠②) 無償許諾契約及びQ社に対する非係争条項が規定された本件ライセンス契約は、Q社と携帯端末メーカーがそれぞれ保有する知的財産権を互いにライセンスし合うクロスライセンス契約としての性質を有するものであると認められるところ、このような契約は、その性質上、契約において定められた当事者双方の義務が相互に関連するものとして定められているものと解するのが相当であるから、一方の契約当事者の一部の義務だけを取り出して、その評価を行うのは相当でない。そして、携帯端末メーカーは、Q社が保有する(保有することとなる)知的財産権の実施の許諾を得ていること等からすると、本件3条項が対価のない無償なものであると評価することはできない。

エ 不均衡であるとの主張(根拠③) 審査官は、携帯端末メーカーは、Q社に対してロイヤルティの支払いを義務付けられる等の一方、Q社は、携帯端末メーカーが保有する(保有することとなる)知的財産権を何らの対価を支払うことなく使用等できるため、均衡を欠くと主張する。 しかし、審査官の主張は携帯端末メーカーが得られる権利やQ社が負う義務を考慮していないので適切ではない。また、本件3条項は、無償ライセンスとしての性質を有するものではないから、審査官の主張は、その前提を欠く。

4 若干のコメント

本件は、旧一般指定13項に該当し独禁法19条違反とした公正取引員会の排除措置命令を取り消した最近の事例であるが、無償許諾条項や非係争条項がある場合における知的財産関連契約について、独禁法上のスクリーニングをする場合に非常に参考になる事例である。

周知のとおり、知的財産と独禁法の関係については、知的財産ガイドライン(知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針)等のガイドラインが公取委から示されている。公取委は、Q社と携帯端末メーカーとのライセンス契約に、無償許諾条項や非係争条項が規定されていることを、当該各条項が当該ライセンス契約全体から見てどのように性質決定されるか(一方的に提供するものか、それとも何らかの対価性を含むものなのか)を考慮せずに、専ら当該各条項のみから「無償許諾条項」「(一方的な)非係争条項」と捉え、知的財産ガイドラインを考慮した場合に、それらが公正競争阻害性を有するものと認定したものと思われる。 このような公取委のいわば杓子定規な判断と異なり、審判官は、契約を実質的に解釈し、本件ライセンス契約が「クロスライセンス契約」の性質を有すると性質決定し、その上で、公正競争阻害性の有無を検討した。 審判の判断が正しいとすれば、契約解釈の重要性が際立った事案ともいえる。そして、具体的な案件に携わる法務担当者・実務家が本事件を参考とするならば、知的財産関連契約の個別の条項の記載それだけに拘泥して各ガイドラインを(マニュアル的に)当てはめるのではなく、当該契約全体、当該取引において各当事者が負う義務、得る利益を実施的に検討した上で、公正競争阻害性を有するのか否かを検討する姿勢が必要であるといえよう。

以上 (筆者)弁護士 藤田達郎