1. はじめに

本年 9 月 13 日に日本政府が策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」詳説第 3 回の本号では、人権方針の策定及び事業への組込について解説します 。これは、企業による人権対応の柱の一つであり、人権 DD の実践に向けた第一歩ともいえます。

2. 人権方針とは

人権方針とは、企業がその人権尊重責任を果たすというコミットメント(約束)を、企業の内外のステークホルダーに向けて明確に   示すものです(2.1.1)。

2021 年 9 月~10 月にかけて経産省及び外務省が実施したアンケートによれば、アンケート回答企業のうち約 7 割が人権方針を策定していたとされています 。

一方で、人権方針は単に策定及び公表すれば足りるというものではなく、本ガイドラインの基礎にある国連指導原則は、以下の   プロセスに沿って人権方針が策定されることを要求しています(本ガイドライン 3、国連指導原則 16)。

したがって、既に人権方針を策定した企業は自社の人権方針が上記の原則に沿って策定されていたかを確認する必要があり、ま たこれから人権方針を策定する企業は上記の原則に沿って人権方針の策定を進める必要があります 。

3. 人権方針の策定(3.1 及び 3.2)

上記 2.の本ガイドライン及び国際規範上の要請を具体的なプロセスに落とし込んだ場合、例えば、以下のようなステップを踏みながら人権方針を策定することが考えられます。

①理解

まず、国連指導原則をはじめとする国際的な基準に基づき、企業の人権尊重責任の全体像、その中での人権方針の位置づ け、その策定のプロセス等について、人権方針の策定担当者に限らず企業の中で広く理解を得ることが、人権方針の策定プロセ   スを効果的に進めるのみならず、人権方針策定後の事業方針や手続への反映(上記(e))や実際の人権 DD を効果的に進める上で有益となります。

②検討

次に、自社にとっての人権課題、すなわち自社が影響を与える可能性のある人権を、社内外の専門家から助言を得ながら検討します。この検討は、特定の部門のみで行うのではなく、社内の関連する各部門(例:営業、人事、法務・コンプライアンス、調達、製造、経営企画、研究開発)と議論して人権課題を整理する必要があります。また、自社業界や調達する原料・調達国の事情等 に精通したステークホルダー(例:労働組合・労働者代表、NGO、使用者団体、業界団体)との対話・協議を行うことも効果的となります。

本ガイドラインでも以下の取り組み方が挙げられています(3.1)。

例:人権方針を策定する前に、負の影響を受け得るステークホルダーが誰で、自社の事業にどのよう に関係して存在しているかを把握する。そして、社内の問題事例等の情報収集を行うとともに、労働組 合との対話や「ビジネスと人権」分野に精通した専門家との協議を実施し、自社グループ事業で重要と 思われる人権課題を列挙して整理する。その上で、リスクが高いと特定される部分については、その 専門家の意見も聞き、その知見を反映させる。 

このようなプロセスを丁寧に実践することで、個々の企業に関する人権課題が整理され、またその過程で、各人権課題に関する   問題意識が関係する部門やステークホルダー間で共有され、意義のある人権方針の策定・実行や、効果的な人権 DD の実践につながります。

③作成

②で整理された自社の人権課題を踏まえて、人権方針を作成します。

人権方針においては、従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対して企業が有する、  人権尊重への期待を明記することが求められます(上記(c))。人権方針に含めることが考えられる要素の一例としては、以下のものが挙げられます。

  • 人権尊重についての自社の考え方
  • 企業内外の関係者(ステークホルダー)に対する人権尊重の取組についての期待
  • 関係する国際規範や国際基準への支持表明
  • 企業理念や他の社内規程(行動規範、CSR  活動方針等)との関連性
  • 人権方針を実現する具体的なステップ
  • 企業の有する重要な人権課題
  • ステークホルダー(特に権利保持者(ライツホルダー))との対話・協議に関する方針

④審議・承認

人権方針は、企業内の最上位の機関で承認されていることが求められます(上記(a))。

したがって、人権方針は取締役会等組織における最上位の会議体等において審議され、最終的には当該機関において承認を得る必要があります。

⑤公開・組込

策定された人権方針は一般に公開し、全ての従業員、取引先及びその他の関係者  にむけて社内外にわたり周知される必要があります(上記(d))。かかる公開・周知は、各ステークホルダーにとって公開された人権方針へのアクセスの容易性が確保されるよ   うに行われる必要があります。また、公開の際には、社内外のステークホルダーや専門家の意見が人権方針の策定に際してどの   ように考慮されたのかについても、説明することが望ましいと考えられます。

さらに、事業において人権方針を具体的に実践していくために、企業内の各種指針や手続、さらにはビジネス上の関係先との契   約書等に、人権方針のエッセンスを組み込むことが求められます。

具体的な取組の一例として、例えば以下が考えられます(解釈の手引き問 258、OECD ガイダンス Q189参照)。

  • 人権を尊重する責任、注意すべき主要な事項(差別の禁止等)、人権を尊重する責任が従業員の業務に関して有する意義、  その結果として従業員に対して生じる責任(違反した場合の帰結等)等について記載したメモの作成・配付
  • 調達、人事、製造、営業等、各部署の個別の活動に即した内部人権指針の作成
  • 調達指針、人事・業績評価指針、事業マニュアル等の人権以外の分野の指針や手続を人権指針を踏まえた内容に改訂

加えて、人権方針が社内システムに組み込まれるためには、従業員の意識喚起による人権方針の社内への浸透を図ることも重要となります。例えば、社内の研修や情報発信を充実させていくことが考えられます。

人権方針は、企業が人権尊重に向けた取組を具体的に進める上での出発点となるものです。人権方針が個々の事業活動に浸   透していくように、またその後の人権 DD を効果的に進めるために、国際規範及び本ガイドラインを踏まえてその策定や事業への組込を進めていくことが重要です。