2020年7月22日、上海市高級人民法院(以下「上海高院」と称する)は、職務発明者・創作者の奨励・報酬に関し陳氏がA公司を提訴した係争案件に対し終審判決を下し(以下「A案件」と称する)、被告A公司に対し、原告に職務発明報酬として人民元15万元を支払うよう命じた。当該案件は、2015年に広く注目を集めた職務発明者・創作者の奨励・報酬に関し張氏らがB公司を提訴した係争案件(以下「B案件」と称する)に続き、上海高院が約定優先原則を再度明確化し、従業員・雇用者間の職務発明報酬約定の合法性及び合理性を審査した後、案件の事実を総合的に勘案し報酬金額を決定したものである。本短評では、関連法規及び案件例を参照しつつ、裁判所が職務発明報酬係争案件を審理する際の構想を顧みるとともに、雇用者に対し提案を行う。

「A案件」の基本的状況

  1. 基本的な事実

原告の陳氏は被告の従業員であり、本意匠の創作者である。本専利[1]は「ミニッツメイドつぶオレンジ」飲料製品のパッケージボトルの意匠に関するもので、2004年5月28日に出願、2005年1月5日に授権されており、専利権者は被告の関連会社A社である。本意匠は、「ミニッツメイドつぶオレンジ」飲料製品に用いられ、2004年に発売後、案件の証拠によれば2011年まで使用されていた。

被告は2013年6月1日、「A公司 発明奨励及び報酬に関する規定」を公布した。当規定では、2010年2月1日より後に中国大陸で完成した全ての権利は被告の職務発明に属し、出願し授権された意匠については現金による奨励及び報酬を得ることができ、その基準として出願の受理後は1件につき2,000元、授権後は一件につき3,000元であると定められている。

2015年8月、被告は原告に対し、本専利も含めた2つの専利に対し奨励金及び報酬計5,000元を原告に支給することとし、このうち、本専利の奨励及び報酬はそれぞれ1,000元及び1,500元である旨をメールで通知した。原告は報酬部分について異議を唱え、奨励報酬規定は従業員代表大会の討論を経ておらず、報酬は明らかに「専利法実施細則」(以下「実施細則」と称する)に規定された基準より低いと主張した。

  1. 一審判決

原告は2018年、上海知識産権法院(以下「上海知産法院」と称する)に提訴し、営業利益の0.1%に基づき、人民元100万元を職務発明報酬として追給することを被告に命ずるよう求めた。発明報酬の算出についての被告の主な抗弁は、被告は「実施細則」に基づき会社の奨励報酬規定を制定し支給を行っており、本専利の製品利益率に対する貢献は極めて小さいというものであった。

上海知識産権法院は審理を経て、以下の認識を示した。1)被告は本専利を直接実施していないが、原告の雇用主として職務発明報酬を支払うべきである。2)職務発明報酬の決定の際は、約定優先であるべきだが、被告はその奨励報酬規定が法に基づき制定されたことを立証できておらず、且つ当該規定に係る報酬金額は、専利の実施による収益と相関せず、法定基準との間も大きな差異が存在する。したがって、当該規定の報酬金額が合理的な報酬であると認めることはできない。3)専利製品の売上高、営業利益率及びパッケージの貢献率を示す証拠が存在しないため、原告が主張する方法で算出することはできない。上海知識産権法院は本専利の種類、実施状況、製品の利益への貢献、発明者の人数といった要素を総合的に考慮し酌量した結果、被告が原告に本職務発明の報酬として15万元支給することを決定した。

  1. 二審判決

原告、被告ともに一審判決を不服とし、上海高院に上訴した。被告が職務発明報酬の関連データを立証できていないことに関し、立証妨害責任を負うべきであるとする原告の主張に対し、上海高院は、法律上の根拠が欠如しているとの認識を示した。また、原告が二審手続きで提出したA社の年次報告書は、専利製品の売り上げ状況または利益を証明することができず、本案件とは無関係であるとの認識を示した。また、一審判決の報酬金額が高すぎるという被告の主張に対して上海高院は、一審判決は総合的に考慮し酌量した結果、報酬金額を決定しており、不当な金額ではない、また、被告もその主張を支持する証拠を挙げていないとの認識を示した。上海高院は、上訴を棄却し、一審判決を維持し終審判決とした。

当該案件は、雇用者が従業員に支給する発明奨励報酬に関する中国裁判所の最新の判例である。このような論争に係る判例は多くはないが、雇用者の発明奨励報酬方針の合法性を判断する際に影響を与えるものである。よって、当該案件例を参考に、中国における職務発明報酬の法律規則及び実務について整理しまとめることで、雇用者の方針策定の一助となれば幸いである。

中国における雇用者の職務発明報酬の約定に関する規定及び実務

  1. 「実施細則」

「実施細則」第七十六条の規定によれば、専利権を付与された事業者は、専利法第十六条に規定する奨励、報酬の方式と金額について、発明者、創作者と約定するか、法に基づき制定された規定制度の中で定めることができる。第七十八条の規定によれば、報酬の方式と金額について発明者と約定していない場合、または規定制度において規定していない場合、専利権の有効期限内で、発明創造専利を実施した後に、毎年、営業利益の一部を報酬として発明者に支給するか(発明、実用新案は2%以上、意匠は0.2%以上)、または一括で報酬を支給しなければならない。第3者の実施を許諾した場合、許諾使用料の一部を報酬としなければならない(10%以上)。

「実施細則」の上記規定では、職務発明報酬の「約定優先」原則を明確にしている。即ち、約定または会社の規定制度がある場合、約定に従い、約定または規定がない場合は、「実施細則」第七十八条の法定基準に基づき算出する。

  1. 上海高院「職務発明創造の発明者または創作者の奨励・報酬の係争審理ガイドライン」

上海高院は2013年、「職務発明創造の発明者または創作者の奨励・報酬の係争審理ガイドライン」(以下「ガイドライン」と称する)を公布した。これは現在のところ、職務発明報酬の関連規定のうち最も詳細な有効規定である。「ガイドライン」では「約定優先」原則及び約定の形式及び内容に対する審査基準を細分化しており、具体的な要点は以下のとおりである。

  • 約定の形式及び内容(第三条、第四条):職務発明報酬は発明者と単独で協議し約定してもよいし、法に基づき規定制度において規定してもよい。奨励報酬方式には複数の形式を採用することができる。貨幣を採用する場合、法定基準より高くても低くてもよい。事業者は自身の事業の特性、生産研究開発状況、知的財産権戦略の発展の必要に応じて、自主的に、相応の具体的基準を制定することができる。
  • 約定形式の合法性の審査(第五条):事業者と発明者の間で協議し約定したものについては、「契約法」及び「労働契約法」に基づき、約定が有効であるか否か、無効、取り消し、変更可能な事情が存在するか否かについて審査を行う。事業者の規定制度については、主に「会社法」及び「労働契約法」に基づき、規定制度の手続きの合法性について審査を行う。
  • 約定内容の合理性の審査(第六条):通常の状況では、事業者が自身の性質に基づき報酬基準を定めた約定は、合理的であると推定され、企業経営の自主権及び当事人の意思自治を十分尊重しなければならない。しかしながら約定が明らかに不合理である場合、裁判所は具体的状況に応じて合理的な報酬を決定することができ、法定基準を直接適用すべきではない。即ち、約定において法定基準の適用が排除される。

裁判所の判例から見ると、争点は主に、会社の職務発明奨励報酬の関連規定制度が合法的・合理的であるかという点に集中している。

  1. 約定形式の合法性の審査

合法性について言えば、「ガイドライン」に規定されているように、裁判所の審理の焦点は主に、規定制度の手続きが合法であるか、「会社法」及び「労働契約法」の関連規定に適合しているか、という点にある。

例えば、「労働契約法」第4章によれば、労働者の切実な利益に直接係る雇用者の規定制度または重大事項は、従業員代表大会または従業員全体の協議・討論を経なければならず、関連手続きを遵守していない場合、規定制度は従業員に対し拘束力を有しない。「A案件」において原告は、被告の奨励報酬規定は従業員代表大会の討論を経ていないと主張し、一審裁判所もまた、当該規定が法に基づき制定されたことが被告によって立証されておらず、他の要素も勘案した結果、当該規定を当該案件の報酬を決定する根拠とすることはできないとの認識を示した。また、上海高院が以前に審理した「B案件」では、裁判所は、奨励方針起草への参与、関連規定についての管理者層との討論等、原告が規定制度制定に参与したことを、「協議を経た」ものと認定し、「実施細則」における法に基づく規定制度制定の要件に適合しており、算出の根拠とすることができると認定した。

また、「労働契約法」第二十六条によれば、労働契約において雇用者が法的責任を免除し、労働者の権利を排除した条項は無効となる。深セン市中級人民法院は、2016年に結審した王氏らが深セン市C公司等を訴えた職務発明創造の発明者奨励に関する一連の係争案件において、職務発明奨励の取得は発明者の法的権利であり、事業者が発明者に奨励を支給することは法的責任であると認定し、さらに、被告事業者の規定制度における、離職した発明者を奨励報酬の取得から排除制限する規定は、「労働契約法」第二十六条の事情に該当し無効であると認定した。

  1. 約定内容の合理性の審査

合理性に関する争点は主に、奨励報酬の金額の算出という点に集中している。「ガイドライン」第六条の規定によれば、合理性の審査の基本原則は、企業経営の自主権を尊重し、当事者の意思自治を尊重することであり、通常の状況では、法定手続きに従い約定されている限り、それに対応する制度は合理的である。金額が極端に少なく、明らかに不合理である状況では、法定基準を採用すべきではなく、裁判所が具体的な案件の状況に基づき合理的な基準を決定すべきである。現在、各地裁判所の判決は、大原則として「専利法」第十六条の「普及・応用の範囲及び獲得した経済効果」に適合すること以外は、ほとんどが酌量・決定の方式を採用しており、様々な事業、製品の様々な特徴に対して、個別の案件において裁判官に十分な裁量の余地を残しており、これにより、個別の案件において雇用者と発明者との公平性をより適切に実現している。

雇用者への提案

上述の案件を見ると、いずれも雇用者と従業員の約定における金額の合理性に対し、明確な指針が与えられておらず、各案件において、合理性を審査する裁判官が自由裁量を行う余地は、より大きなものとなっている。数少ない判例から見ると、裁判所は報酬金額の合理性を決定する際に、会社の規定制度で決定された金額及び従業員との約定の金額と、当該発明の実施が雇用者の経済効果に与えた貢献とが釣り合うか否かを重点的に考察することで、調整すべきか否かを決定することになる。各雇用者の経営活動の違いや、専利技術の雇用者への貢献を考慮するにしても、個別の案件により異なり概括することが難しいため、個別の案件において、審査、決定及び調整を行うことは合理的である。したがって、雇用者は労働規定制度における統一的な発明報酬規定については、各雇用者の状況に基づき考慮しておけばよい。

雇用者の労働規定制度の規定または従業員との約定が最大限度認められ、法定基準より優先して適用されるように、雇用者は約定形式の合法性を特に重視し確保しておく必要がある。約定形式の合法性に関する審査のポイントについては、法律法規及び関連判例が比較的明確な指針を与えているため、雇用者の規定の制定、通知,協議等の各ポイントにおいて、雇用者が必要な措施を講じることで、手続き上の問題で無効と認定されたり、法定基準が直接適用されたりする事態を回避することができる。これについて、雇用者は入職、離職の段階で、発明者が享受する権利を明確に通知するよう注意し、職務発明の奨励報酬に関する規定制度を制定、修正、廃止する場合も、「労働契約法」及び会社の内部規定における手続き上の要件を十分遵守すべきであり、例えば従業員代表大会を開催し、表決による採択等を行うとともに、詳細な記録及び保存を行うべきである。また、職務発明の奨励報酬に関する制度または方針の変更に対しては、上述の法律規定上必要な公示手続きを適時履行し、いかなる変更も合法かつ有効であるようにしておくべきである。