【令和元年5月23日判決(知財高裁 平成30年(行ケ)第10047号】

【事案の概要】

 本件は,特許番号第5869058号の特許(以下,この特許を「本件特許」といい,この特許権を「本件特許権」という。)について,原告(請求人)が特許無効審判の請求をし,特許庁が,当該請求が成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をしたところ,これに対し,原告が本件審決の取消しを求めた事案である。

【キーワード】

公然実施発明,製品,輸出,子会社,解析記事,秘密状態,特許法第29条第1項第2号,特許法第29条第2項,新規性,進歩性

【争点】

 本件特許は,半導体装置に関する発明であるところ,本件特許の特許請求の範囲は,半導体装置が基板を備えること,基板に複数の配線層,複数の絶縁層があること,配線層の配線密度等について規定している。原告は,自社の製品であるSSDが公然実施発明である旨主張し,本件特許発明は新規性・進歩性がない旨の無効理由を主張した。これに対し,被告は,公然実施であることを争った。

以下,下線等の強調は筆者が付した。

裁判所の判断

(ア) 甲1の3ないし1の7

 甲1の3ないし1の7は,本件審決が判断するように,「TSXXGSSD25S-M」が本件特許の原出願日前に一般に発売されていたことを示したものであるが,当該製品に甲1の1,2で解析されたPCB基板の構造と同一の仕様の「PCB29-7970」を搭載された事実を示すものではない。

(イ) 甲11

証拠(甲11,40)によれば,原告からロシアの「3R Memory」社に販売された甲11製品が,2011年(平成23年)3月11日に原告から出荷され,同月13日12時59分に,甲11製品を載せた飛行機がロシアのシェレメチェボ国際空港に到着したことが認められるものの,甲11製品が「3R Memory」に到着した具体的な日時を裏付ける客観的な証拠はない。

一方で,乙1の1及び2(日本貿易振興機構「【ロシア】通関制度の一層の改善を求めて」 2013年(平成25年)7月発行)には,2012年(平成24年)において,ロシアでビジネスを展開する日系企業や外資系企業から,ロシアでは通関に時間がかかるなどの問題が指摘されていたこと,同年におけるロシアの「輸入手続きにかかる期間」は「96時間」(4日)であること(表)の記載があることに照らすと,甲11製品を載せた飛行機がロシアの空港に到着した3日後である本件特許の原出願日(平成23年3月16日)前に,甲11製品が「3R Memory」に到着したものと認めることはできない。

(ウ) 甲16ないし18

 甲17製品及び甲18製品に関し,甲16の1頁中央の写真(甲16の5頁の拡大写真と同じ。)に示されている2つの製品のシリアルナンバー(S/N)は,写真が不鮮明であるため正確に読み取ることができないから,甲16に写真が掲載された「SSD」が甲17製品及び甲18製品であると認めることはできない。

 また,仮に上記写真に示されている2つの製品のシリアルナンバーが,原告の主張するとおり甲17製品及び甲18製品の番号であるとしても,これらの製品は,原告の100%子会社であるトランセンド・ヨーロッパ(乙2の1ないし2の3)に出荷されたものであるところ(甲17の2,3,18の2,3),トランセンド・ヨーロッパは,親会社である原告が製造した製品の基板を分解して,その内部構造を分析しないと判明しない各層の配線密度等の情報について,原告に対して守秘義務を負っているものと推認されるから,これらの製品がトランセンド・ヨーロッパに到達した時点では,これらの製品により実施された発明が公然実施されたものと認めることはできない。

さらに,甲17製品及び甲18製品は,いずれも2011年(平成23年)3月15日に不良品として原告に返品されているところ(甲17の2,18の2),一般の顧客が,店頭で購入した製品を自ら解析した後に,不良品として製造元に返品することや,販売店が,一般の顧客に対し,製品を解析する目的で当該製品を貸し出した後に,顧客から返却された解析済みの製品を不良品として製造元に返品することは,社会通念上考え難いことから,甲16の記事の筆者は,解析記事を作成して新商品を紹介するなどの目的で,トランセンド・ヨーロッパから甲17製品及び甲18製品の貸出を受けたものと推認され,他の目的で当該製品を分解等することが許されていたものとは認め難い。

 したがって,甲16の記事の筆者が甲17製品及び甲18製品を入手したからといって,これらの製品が本件特許の原出願日(平成23年3月16日)前に一般市場において販売されていたものと認めることはできず,これらの製品により実施された発明が公然実施されたものと認めることはできない。

(エ) 甲28及び29の1ないし4

 甲28製品は,2010年(平成22年)8月20日に原告からトランセンド・ヨーロッパに販売され(甲29の2),同年9月8日に同社から甲28の記事の筆者(MM_MyCE_NL)に広告宣伝活動用に貸し出され(甲29の3の2),同年10月26日付けで,上記筆者による同製品の解析記事がインターネット上で公開され,2011年(平成23年)4月21日に不良品として原告に返品されていること(甲29の2)が認められる。

 しかしながら,前記(ウ)と同様の理由により,甲28製品がトランセンド・ヨーロッパに到着したこと及び同社から甲28の記事の筆者に広告宣伝活動用に貸し出されたことをもって,同製品により実施された発明が本件特許の原出願日(平成23年3月16日)前に公然実施されたものと認めることはできない。

(オ) まとめ

 以上のとおり,請求人(原告)が本件無効審判で提出した証拠から,甲1の1,2で解析されたPCB基板の構造と同一の仕様の「PCB29-7970」を搭載した製品名「TSXXGSSD25S-M」のSSDが本件特許の原出願日前に一般市場において販売されたことを認めることはできないから,「PCB29-7970」に係る発明は公然実施発明に当たるものとは認められない。

したがって,「PCB29-7970」に係る発明を主引用例とする新規性欠如及び進歩性欠如の無効理由は採用することができないとした本件審決の判断は,結論において誤りはない。

検討

特許法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいうものである。物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からはわからなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となる(知財高判平成28年1月14日・平成27年(行ケ)第10069号参照)。

 本件で請求人(原告)が公然実施発明に該当すると主張した対象は,PCB基板を搭載したSSDである。そして,このSSDは複数ある。具体的には,原告から親会社に出荷されたSSD,原告から親会社に出荷され,その後店頭で購入したか,または現地の販売店から貸し出しを受けてインターネットの解析記事として紹介されたと原告が主張するSSD,原告から親会社に販売され,当該親会社から広告宣伝活動用に貸し出されインターネットの解析記事として紹介されたSSDなどである。

本件特許の特許請求の範囲は,半導体装置が基板を備えること,基板に複数の配線層,複数の絶縁層があること,配線層の配線密度等について規定している。原告が公然実施発明に該当すると主張するSSDは,これに搭載されたPCB基板,基板の内部構造について,外部からはわからない。したがって,SSDが公然実施といえるためには,少なくとも当業者がSSDを通常の方法で分解,分析する必要がある。

本判決は,原告から親会社に出荷されたSSDについて,「トランセンド・ヨーロッパは,親会社である原告が製造した製品の基板を分解して,その内部構造を分析しないと判明しない各層の配線密度等の情報について,原告に対して守秘義務を負っているものと推認されるから,これらの製品がトランセンド・ヨーロッパに到達した時点では,これらの製品により実施された発明が公然実施されたものと認めることはできない。」と判断した。親会社としては,親会社が秘密情報としてコントロールしたい情報(本件でいえば,親会社である原告が製造した製品の基板を分解して,その内部構造を分析しないと判明しない各層の配線密度等の情報)については子会社にも守秘義務を負わせたいと考えるであろうことから,通常は子会社に守秘義務があると推認することは相当だと考える。仮にこのような推認をしたとしても,実際は子会社が親会社に対してこのような守秘義務を負っていない場合,原告がこれを立証することは,原告または子会社にこれを裏付ける資料があると思われることから,さほどの負担にはならないと思われる。

本判決は,さらに,原告から親会社に出荷され,その後店頭で購入したか,または現地の販売店から貸し出しを受けてインターネットの解析記事として紹介されたと原告が主張するSSDについて,「一般の顧客が,店頭で購入した製品を自ら解析した後に,不良品として製造元に返品することや,販売店が,一般の顧客に対し,製品を解析する目的で当該製品を貸し出した後に,顧客から返却された解析済みの製品を不良品として製造元に返品することは,社会通念上考え難いことから,甲16の記事の筆者は,解析記事を作成して新商品を紹介するなどの目的で,トランセンド・ヨーロッパから甲17製品及び甲18製品の貸出を受けたものと推認され,他の目的で当該製品を分解等することが許されていたものとは認め難い。」と認定判断した。一般の顧客が購入した製品を解析目的で購入することがあるとしても,これを製造元に不良品として返品することは通常考え難いことから,本判決の上記推認は妥当なものと考える。また,解析記事を作成して新商品を紹介する目的である場合には,他の目的で分解等をすることは必要性も関連性もないと考えられることから,上記認定は妥当だと考える。このような推認をしたとしても,実際は原告が記事の筆者に新商品を紹介する目的以外の目的で分解等することまで許容していた場合,原告と記事の筆者との間で何らかの契約があると考えるのが自然であり,原告において立証をすることはさほどの負担にはならないと思われる。

本判決は,事例判決ではあるものの,その判示内容からすれば,製品を親会社から子会社に販売する事案,製品について解析して解析記事を作成し,不良品として製造元に返品する事案については,特別な事情がない限り,一定程度妥当するものと思われる。