【東京地判平成29年2月17日(平成26年(ワ)第8922号)】

【要旨】 本件は、被告が、本件発明に係る特許が存在しないにもかかわらず、訴外Z社に対し、原告製品の輸入及び販売がその特許権を侵害するという事実を告知したものであって、虚偽の事実の告知に当たると認めるのが相当である等として、原告の請求の一部が認容された事案である。

【キーワード】 不正競争防止法2条1項15号(平成27年法律第54号による改正前の不正競争防止法2条1項14号)、虚偽の事実の告知

事案の概要

1.はじめに 本件では、特許権者である被告が、特許を受ける権利について、本件発明の発明者であるA及びBから、㋐Bから特許を受ける権利の譲渡を受けておらず、また、㋑Aから特許を受ける権利の譲渡を受けることについてBの同意を得ておらず、被告による本件特許出願は、特許を受ける権利を有しない者による冒認出願であったという特殊な事情が存した。

以下では、上記点を念頭においたうえで、被告、Z社(株式会社バイオデント)及び原告のそれぞれの関係、並びに、本件特許の無効について簡単に説明する。

2.原告とZ社との関係 原告は、歯列矯正器具等の製造・販売等を業とする米国法人であり、平成22年頃から、原告の日本国内における取引先であるZ社(株式会社バイオデント)に対して原告製品を販売していた。なお、原告は、原告製品を日本国内で販売しておらず、日本国内においては、専らA社が原告製品を販売していた。

3.被告とZ社とのやりとり (1)被告の特許 被告は、以下の特許権の特許権者であった。 発明の名称 歯列矯正ブラケットおよび歯列矯正ブラケット用ツール 特許番号 第4444410号 出願日 平成11年10月8日 登録日 平成22年1月22日 発明者 A 発明者 B (AとBは、本件発明の共同発明者で、Aは被告の常務取締役になっている。)

(2)被告からZ社に対する通知等

被告から、Z社に対し、甲4書簡及び本件特許公報の写しが送付された。 甲4書簡には次のとおり記載されていた。

「さて、貴社が販売されております歯列矯正用のブラケット(商品名:Empower)(判決注:原告製品を指す。)を入手し、分析いたしましたところ、弊社としては、本製品は添付の弊社保有特許(特許第4444410号、発明の名称:歯列矯正ブラケットおよび歯列矯正ブラケット用ツール)の請求項1に関連するものと思料しております。 つきましては、来たる11月15日までに貴社のご見解を賜りたく、ご検討のほど宜しくお願い申し上げます。」

Z社代表取締役Cは、A(被告の常務取締役)に対し、照会を受けた特許案件についてお目にかかって意見を賜りたい旨記載したメールを送付した。

Aは、Cに対し、次のとおり記載されたメールを返信した。

「社内で相談の結果、今回は使用許諾をすべきでないとの意見が大勢を占めました。当初のご案内のとおり、弊社からの書簡に対して早めのご回答をお願いいたします。」

Z社は、被告に対し、本件特許に抵触する可能性があるとの判断に至ったことから、同年1月末日をもって原告製品の新規販売を中止することとし、販売済みのものについては同年2月末まで猶予期間をいただきたい旨記載された書簡を通知した。

3.本件特許の無効 原告を無効審判請求人、被告を被請求人とする特許無効審判請求事件(無効2013-800224)において、平成26年11月12日、本件特許請求項1~18に係る特許について冒認出願及び共同出願違反を理由として無効とする旨の審決がなされた。 被告は、上記審決に対し、審決取消請求訴訟を提起したが、知財高裁は、平成28年2月24日、被告は共同発明者であるA及びBのいずれからも特許を受ける権利を承継せずに出願しており、本件特許出願は冒認出願に当たると判断して請求棄却判決をし、同判決は確定した。

争点

①被告による告知が不競法2条1項14号の不正競争行為に当たるか ②損害発生の有無及びその額 (以下では、争点①について関連する判示事項のみを抜粋し、解説する。)

判旨

1.虚偽の事実の告知の有無 本件判決では、争点①(被告による告知が不競法2条1項14号の不正競争行為に当たるか)について、まず、虚偽の事実の告知の有無を検討し以下のように判示した。 「本件発明に係る特許については、冒認出願であることを理由として、これを無効とすべき旨の審決が確定しており、同特許権は初めから存在しなかったものとみなされるので(特許法125条)、バイオデントによる原告製品の輸入及び販売は、被告の特許権を侵害しないし、また、被告は特許権に基づいて権利行使することはできない。」、「被告のバイオデントに対する本件各告知は、本件発明に係る特許が存在しないにもかかわらず、被告製品の輸入及び販売がその特許権を侵害するという事実を告知したものであって、虚偽の事実の告知に当たると認めるのが相当である。」

2.違法性及び故意過失の有無 (1)判断枠組み 次に、上記告知行為の違法性及び被告に故意又は過失があったといえるか検討し、以下のような判断枠組みを提示した。 「特許権者の侵害警告行為が不競法2条1項14号の虚偽の事実の告知に当たる場合において、当該特許権者が損害賠償責任を負うか否かを検討するに当たっては、無効理由が告知行為の時点において明確なものであったか否か、無効理由の有無について特許権者が十分な検討をしたか否か、告知行為の内容や態様が社会通念上不相当であったか否か、特許権者の権利行使を不必要に委縮させるおそれの有無、営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で、当該告知行為が登録された権利に基づく権利行使の範囲を逸脱する違法性の有無及び告知者の故意過失の有無を判断すべきである。」

(2)あてはめ <無効理由が告知行為の時点において明確か> 「被告は、本件発明がAとBによる共同発明であり、しかも、本件特許出願においてBを発明者の一人として掲げていたにもかかわらず、Bの同意を得ることなく本件特許を出願したものであるが、Bが被告に対し、本件発明に係る特許を、被告が単独で出願することについて明示の同意をしたことはないのであるから、本件告知行為の時点において、本件特許出願に冒認出願若しくは共同出願違反の無効理由があることが明らかであり、被告は、本件特許出願に当たり、Bの同意を得ていないことを当然に認識していたか、少なくとも容易に認識し得る状況であったというべきである。」

<無効理由の有無について特許権者が十分な検討をしたか> 「また、仮に被告が本件発明はAの単独発明であると信じていたか、又は、Bの黙示の同意があるものと信じていたとしても、Bが、本件特許出願に関し、発明者名の記載の順番にこだわっていたという事実、及び本件特許に対応する本件米国特許についてはBが譲渡書を提出せず、そのために米国においては被告とBの両者が権利者であるものとして特許出願したという経緯に照らせば、被告において、Bによる本件発明に対する寄与があること及びBに本件発明に係る特許を受ける権利を被告に譲渡する意思がないことは容易に推測できるというべきであるから、冒認出願という無効理由の有無について特許権者である被告が十分な検討をしていたということはできない。」

<告知行為の内容や態様が社会通念上不相当か> 「さらに、前記(1)で説示したとおり、本件各告知は、原告に対してではなく、原告製品の販売業者であるバイオデントに対して直接原告製品の輸入及び販売の中止を求め、話し合いに応じることなく一方的に実施許諾を拒否する内容にものと認められるから、被告が本件特許権の無効理由の有無について十分な検討をしていなかったことを踏まえれば、本件告知は、その内容や態様に照らし社会通念上相当ということはできない。」

<特許権者の権利行使を不必要に委縮させるおそれの有無、営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮> 「上記のとおり、被告は本件特許について冒認出願の無効理由があることを知り得たといえること及び本件各告知行為が、バイオデントによる原告製品①の日本国内での販売を中止させるという重大な結果を生じさせるものであることからすれば、被告には、本件各告知行為前に、Bに発明の経緯に係る事情や特許を受ける権利の譲渡に関する意向を確認するなどの調査をすべき義務があったというべきである。ところが、被告は何ら調査をすることなく、本件各告知行為に及んだ。」

<結論> 「以上の事実を総合考慮すると、被告のバイオデントに対する本件各告知行為には、本件特許権に基づく権利行使の範囲を逸脱する違法があり、被告には、バイオデントに対し本件各告知による虚偽の事実の告知をしたことについて、少なくとも過失があるといわざるを得ない。」

解説

1.はじめに 競業者の取引先が、特許権等の知的財産権を侵害する製品を販売等しているとする。この場合に、権利者が、その競業者の取引先に対し、競業者の製品の販売等が知的財産権を侵害する旨の通知等をすることは、権利侵害を中止等させるうえで有効な手段であり、権利者にとって正当な権利行使とも思われる。

その一方で、例えば、特許権では、上記通知後に特許請求の範囲の訂正等により競業者の製品が特許発明の技術的範囲に属しなくなったり(非侵害)、また特許が無効になったりすることがある。 この場合に、競業者にとってみれば、競業者の取引先による虚偽の事実の告知によって、取引先からの営業上の信用が害されたといえ、不競法2条1項15号で保護が図られるべきとも思われる。

このように、権利者が競業者の取引先に対し権利侵害の事実の告知をする行為が、不正競争行為にあたるかについては、権利者の正当な権利行使を不必要に委縮させないようにする必要がある一方で、営業上の信用を害される競業者の利益の保護を図る必要があり、両者のバランスをとった考え方が求められる。

以下では、従来の裁判例が、競業者の取引先に対する権利侵害の事実の告知行為に対し、どのような判断枠組みを提示していたか簡単に振り返ったうえで、本判決について簡単に検討する。

2.裁判例の紹介 裁判例では、権利者が競業者の取引先に対し権利侵害である旨の通知等をした後に、権利非侵害又は権利の無効が判明した場合には、当該通知等は「虚偽の事実」の告知等に該当するとされてきた。 そして、不正競争行為に該当するとした上で、上記通知等の行為が権利者の正当な権利行使といえる場合には、違法性が阻却されるとする裁判例や、過失責任が否定されるとする裁判例が存在する。

<違法性が阻却されるとした裁判例> (東京地判平成17年12月13日(平成16年(ワ)第13248号) 「このような場合であっても、特許権者等による告知行為が、告知した相手方自身に対する特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には、違法性が阻却されると解するのが相当である。他方、その告知行為が特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも、競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことを目的とし、内容ないし態様において社会通念上著しく不相当であるなど、権利行使の範囲を逸脱するものと認められる場合には違法性は阻却されず、不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当すると解すべきである。」

<過失責任が否定されるとした裁判例> (東京地判平成18年7月6日(平成17年(ワ)第10073号) 「警告書送付行為時においては、相応の事実的、法律的根拠に基づいてなされ、かつ、警告書の内容、配布先の範囲、枚数等の送付行為の態様などから、特許権等の正当な権利行使の一環としてなされたものと認められる場合には、当該行為について、故意はもちろん過失も否定されるべきであると解すべきである。これに対し、特許権侵害について、事前の事実的、法律的調査が不十分なまま、警告書を送付するに至った場合については、当該不正競争行為について過失が認められるべきであるし、また、競業者の取引先に対する警告等が、特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも、その目的が競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことにあり、その内容、態様等において社会通念上必要と認めらえる範囲を超えたものとなっている場合などには、当該不正競争行為について、故意ないしは少なくとも過失が認められ得るものというべきである。」

3.本判決 本判決では、通知等の行為が権利者の正当な権利行使といえる場合に、違法性が阻却されるのか、過失責任が否定されるのか、いずれの立場を採っているのかは定かではないが、考慮要素を適示した上、総合的考慮によって違法性の有無及び故意過失の有無を判断するとしている(知財高判平成23年2月24日(平成22年(ネ)第10074号)等も同様である)。

本事案では、特許の無効理由が、冒認出願という点で特殊なケースであった。 そして、本判決では、冒認出願という無効理由の有無について被告が十分な検討をしていたということはできないとしている。 しかしながら、本件発明に対してBの寄与があること及びBに本件発明に係る特許を受ける権利を被告に譲渡する意思がないことを伺わせるような事情(Bが発明者欄の順番にこだわっていたこと、Bが譲渡書を提出しなかったこと)が生じたのは、平成12年頃のことである。これに対し、被告が、Z社に対し、通知等をしたのは平成22年10月15日である。すなわち、本件特許出願の手続時と上記通知等まで10年近く経過しており、担当者等も変わっていた可能性があることを考え合わせると、本件特許に冒認出願という無効理由があったか被告において検討することが容易であったといえるかは、難しいところである。

なお、参考までに、従前の裁判例では、特許が無効にされた場合に、過失等が認められるかについては、「既に無効審判が申し立てられ、それによれば、特許が無効となりうることが容易に予想し得た場合」、「既に無効審決がなされており、無効審決を取り消しうると考える合理的な根拠があったとはみられない場合」等には、過失責任を肯定することが多いと考えられるとか、「本件特許の無効理由については、本件告知行為の時点において明らかなものではなく、新規性欠如といった明確なものではなかったことに照らすと、前記認定の無効理由について1審被告が十分な検討をしなかったという注意義務違反を認めることはできない。」等とされていた。

本判決をとおして、権利者が、競業者の取引先に、侵害の通知等を送付する場合には、出願経過等(異議申し立て、無効審判請求の有無等含む。)を確認することは当然のことながら、当該発明が共同研究によってなされている場合等には、とりわけ冒認出願又は共同出願違反ではないかという点にも留意する必要があることが分かる。

以上 (文責)弁護士 栁本高廣