【平成30年3月29日判決(平成28年(ワ)第29320号) 特許権侵害差止等請求事件】

【キーワード】充足性、クレーム解釈、進歩性

【判旨】 原告は、食品用発泡容器の特許に基づき、被告製品の差止め等を求める訴訟を提起し、裁判所は原告の請求を認容した。争点は、被告製品の充足性、進歩性違反等の無効理由の有無、及び損害額である。 充足性について、被告は、クレームに記載された「開口縁」、「突出部」等の解釈を争ったが、裁判所は、明細書の記載及び辞書の記載等からこれを比較的広く認め、被告製品はクレームを充足すると判断した。また、進歩性について、被告は引用発明のフィルムと周知慣用技術のシートとを組み合わせて本件発明が達成できると主張したが、裁判所は、周知慣用技術のシートの製造方法に着目し、引用発明のフィルムと組み合わせることには阻害要因があると認定した。また、損害額について、裁判所は102条3項の実施料相当額の判断にあたり、原告が特許製品を販売していないという事情を減額事由として採用している。

第1 事案の概要

1 本件発明 本件特許の請求項1に記載の発明は、以下のとおりである(下線追加)。

A1 熱可塑性樹脂発泡シートの片面に熱可塑性樹脂フィルムが積層された発泡積層シートが用いられ、 A2 前記熱可塑性樹脂フィルムが内表面側となるように前記発泡積層シートが成形加工されて、 A3 被収容物が収容される収容凹部と、 B 該収容凹部の開口縁から外側に向けて張り出した突出部とが形成された容器本体部を有する容器であって、 C 前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となるように、突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており、 D しかも、該突出部の少なくとも端縁部の上面側には、凸形状の高さが0.1~1MMとなり E 隣り合う凸形状の間隔が0.5~5MMとなるように凹凸形状が形成され、 F 且つ該端縁部の下面側が平坦に形成されていること G を特徴とする容器。

2 判旨抜粋

(1)充足性について

ア 「開口縁」及び「突出部」との記載の解釈

本件発明1及び2に係る特許請求の範囲によれば、「容器」は「被収容物が収容される収容凹部」と「該収容凹部の開口縁から外側に向けて張り出した突出部」が形成された「容器本体部」を有するものである。「開口」は「外に向かって穴が開くこと。また、その穴」という意味を一般に有し、「縁」は「もののはし・へり。特に、まわりの枠」、「突出部」は「高く鋭く突き出た部分」という意味を��般に有する(広辞苑〔第六版〕参照)。 そうすると、「開口縁」は、被収容物が収容される部分から外に向かって開いた穴のへりという意味であり、「突出部」は上記開口縁から外側に向けて張り出し、突き出た部分という意味であると解される。 本件明細書においても、発明の構成につき特許請求の範囲の記載と同様の記載がされ、その実施例においても、側周壁部の上端縁であり、被収容物が収容される収容凹部のへりといえる開口縁から外側に張り出して形成されているものが突出部とされている。実施例を示す図面には突出部が水平で平坦な容器が示されているが、発明の詳細な説明欄には、突出部が平坦であることについての説明はなく、本件発明1及び2の突出部を突出部が平坦なものに限る趣旨の記載は見当たらない。これらによれば、「開口縁」及び「突出部」については、上記…のように解するのが相当であり、「突出部」は水平で平坦なものには限られない。

イ 「収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面」との記載の意義

成要件Cにおいては、「端縁部の上面」が「収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面」に比して下位であることが記載されているところ、本件発明1に係る特許請求の範囲によれば「収容凹部」は「被収容物が収容される」ものであり、また、一般に「収容」が物を一定の場所におさめ入れることを意味し、「凹部」が物の表面が部分的にくぼんでいる部分、くぼみの部分を意味する(広辞苑〔第六版〕参照)ことからすれば、物が納められるくぼんだ部分を意味すると解される。 以上に加えて「開口縁」及び「突出部」が前記…のとおり解されることを踏まえると、「収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面」は、物が納められるくぼんだ部分から外に向かって開いた穴のへりを起点として、当該起点から外側に向けて張り出し、突き出た部分の上面を意味すると解される。

ウ 構成要件Cにおける「〜ように」との記載の解釈

本件発明1及び2に係る特許請求の範囲の記載は、1「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となる」という構成と、2「突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており」という構成であり、かつ、これらの構成が「ように」で結ばれている。「ように」を助動詞「ようだ」の連用形又は名詞「よう」に助詞「に」を組み合わせたものとし、「ように」の後の部分がその前の部分を目的とする行動等を示す意味を有するとするとし(甲12、13、乙14)、その行動等を2の「圧縮」と解すると、端縁部において上記シートを圧縮して厚みを薄くする工程(上記2)を行い、その結果として端縁部の上面が上記のとおり下位となること(上記1)を示していると解する余地があるが、本件発明1及び2は物の発明であって方法の発明ではないのであるから、直ちにこのような関係にあるとは限られない。この部分を物の態様を示すものとしてみると、上記1及び2の各構成が両立することは必要であるが、更に進んで上記2の圧縮に基づかずに上記1となる形状の容器が本件発明1及び2の技術的範囲に属しない趣旨を含むのか否かは明らかでない。

本件明細書の発明の詳細な説明欄をみると…

「前記容器本体部10は、前記突出部14の端縁部15において、前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮された状態となっており、前記波形の突起15aの高さ(図2、図3の“h1”)が0.1~1mmとなり、隣り合う突起15aの間隔が0.5~5mmとなるように形成されていることが怪我防止の観点から好ましい。/そして、前記端縁部15の上面は、収容凹部の開口縁13近傍の突出部14の上面に比べて下位となるように端縁部15が圧縮された状態となっている。/すなわち、前記突出部14は、開口縁13近傍から端縁部15にかけて厚みが減少されており、この厚みが減少している領域において丸みを帯びた形状が形成されている。」「このように、突出部14の上面側に前記熱可塑性樹脂フィルムが配され、下面側には熱可塑性樹脂発泡シートが配され、しかも、端縁部15の上面側15uに凹凸形状が形成され且つ下面側15dが平坦に形成されていることから前記蓋体20を外嵌させる際にこの平坦に形成された端縁部15の下 面側15dに強固な係合状態を形成させることができる。/しかも、熱可塑性樹脂フィルムの端縁を上下にジグザグとなるように形成させることにより利用者の怪我などを防止できる。」(発明を実施するための最良の形態。段落【0019】、【0020】。「/」は改行を示す。)との記載がある。 上記記載によれば、本件発明1及び2は…端縁部の下面が平坦であることとその厚みが薄いことの双方が備わることで、それぞれの効果が生じ、蓋の強固な止着が実現するのであって、端縁部が圧縮されて薄くなっていることと上面の位置との関係に何らかの技術的意義があるものでないし、実施例においても何らの効果も示されていない。そうすると、物の態様として「ように」の語が特段の意味を有すると解することはできず、前記…の各構成が両立して いれば足りると解するのが相当である。

(2)進歩性について

乙19文献には、容器の外縁線において上下に山形の波形が形成される構成が開示されており、その下面側を平坦に構成したものは開示されていないものといえる。したがって、乙19発明の1と本件発明1及び2は、端縁部の下面側を平坦に構成したものでない点が少なくとも相違する。 上記相違点について、被告は、端縁部の上下両面に凹凸形状が形成された乙19の1発明の樹脂フィルムと、周知慣用技術(乙20~26)の端縁部の上下両面が平坦に形成された発泡積層シート等を積層したシートを用いれば、当然に上面は凹凸形状、下面は平坦となる、指を切るおそれがあるのは樹脂フィルムのみであるからこの層のみを凹凸形状とし、発泡積層シート等の部分は平坦に形成することとなるから、本件発明1及び2の構成を当業者が容易に想到できると主張する。 しかし、乙19の1発明においても上記の周知慣用技術の根拠とされる文献においてもそれぞれ端縁部全体の形状が示されているから、これらを単純に重ねて上面を凹凸形状とする端縁部全体を想定することは困難である。また、上記の周知慣用技術とされるシートの製造方法は発泡積層シートを熱圧プレスするもの(乙23、24)、雄型と雌型の間に導いてこれらを閉じるもの(乙25)、シートから真空成形又は押圧成形するもの(乙26)であるとされているところ、一方の樹脂フィルム製の端縁部全体と他方の発泡樹脂製又は発泡積層シート製の端縁部全体を単純に重ね合わせることはこうした製造方法に見合わない。そうすると、乙19の1発明に対し、上面に凹凸形状を形成し下面を平坦に形成する構成を想到することは容易でなく、乙19の1発明に周知慣用技術を組み合わせて上記相違点に係る本件発明1及び2の構成に想到することが当業者に容易であるとは認められない。

(3)損害額について

プラスチック製品や容器についての一般的な実施料率は2~4%程度ということができる。また,上記…によれば,本件発明1及び2の技術的意義が現れているのは容器の一部である端縁部の形状に限定されるところ,一般的には端縁部における手指の切創を防止することは顧客吸引力を持ち得るといえるものの,原告の製品において行われている上記「セーフティエッジ」加工は,蓋の端縁部の加工であって本件発明1及び2の包装用容器に係る加工であるとは認め難く,原告においても平成27年以降はこの加工の存在をカタログ等において顧客に告知していない。被告においても,端縁部において手指の怪我が生じ得るという課題を認識して顧客に告知する一方で,その部分の怪我 防止の措置について顧客に告知をしていない。そうすると,本件発明1及び2の技術的意義が容器の売上げに寄与する程度は相当程度小さいものとならざるを得ないから,上記の一般的な実施料率よりも相当程度低くすべきである。

第2 検討

特許発明の技術的範囲は、明細書及び図面の記載を参酌して決定される(特許法70条)。本件では、「開口縁」や「突出部」といった用語の解釈が問題となった。裁判所は、これらの用語について、専ら「広辞苑」等の辞書を参酌して解釈を行い、明細書の記載は、辞書に基づく文言解釈と矛盾しないことを確認する限度で参酌しているように見受けられる。 化学分野など、クレームに記載される用語の解釈が一義的に明らかな場合が多い分野と異なり、機械分野、日用品分野などにおいては、構造を特定するための用語(特許用語)がクレームに記載される場合が多い。この場合、明細書に当該用語の定義が記載されていないと、一足飛びに辞書の記載を参照してクレームが解釈される事態が生ずる。本件はまさにそのような事例である。本件は、クレームの記載が比較的広く解釈され、特許権者に有利な判断がなされた事案であるが、一般に、クレーム解釈が争われた場合に辞書の記載を参酌することは、特許の技術的範囲に関する予測可能性を害する場合が多い。特許侵害を判断するにあたり、明細書の記載は注意深く調査する場合が多いが、それを超えて辞書の記載まで調査の範囲を広げることは現実的でないためである。 そのため、機械分野や日用品分野で特許用語や造語を使用する場合、可能な限り構造を特定する用語の解釈を明細書に定義すべきである。その際、逆に定義を記載したことによりクレームの技術的範囲を狭め

ないよう、非限定的な定義として記載することも重要である。 なお、本件では、被告に損害賠償義務が認められたが、裁判所は、特許法102条3項に基づく損害賠償額の算定にあたり、「原告の販売品が特許製品ではない事実」や、「原告製品が本件特許と同等の技術的効果を有することに付き、原告が宣伝活動を行っていない事実」を減額事由として考慮している。3項請求は、そもそも本来特許権者自身が実施していないことを前提として、ライセンス料相当額を請求する旨の規定であるから、102条1項、2項と比較して認容額が低廉であることが一般的である。そのため、特許権者の不実施を理由としてこれを更に減額するべきではない。