【平成29年4月12日判決(知財高裁 平成28年(行ケ)第10061号)】

【判旨】

発明の名称を「入退室管理システム,受信器および入退室管理方法1」とする特許権(特許第4763982号。以下「本件特許権」という。)について,特公平5-35935号公報(以下「刊行物1」という。)等に基づく進歩性違反等を理由とする無効審判(無効2015-800019号。以下「本件無効審判」という。)が提起されたが,特許庁は,本件特許権について権利者の訂正請求を認めた上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした(以下「本件審決」という。)。これに対し知財高裁は,本件審決には,訂正後の特許発明(以下「本件訂正発明」という。)と刊行物1に記載の発明(以下「引用発明」という。)との相違点の認定に誤りがあり,且つ当該誤りが本件審決の結論に影響を及ぼしていることも明らかであるとして,本件審決を取り消した。

【キーワード】

進歩性,引用発明の認定,相違点の認定

1 事案の概要

(1)本件訂正発明の内容

訂正後の請求項1に係る発明(本件訂正発明)は以下のとおりである。下線部は特許査定時の請求項1(以下「本件特許発明」という。)からの訂正箇所を示す。訂正前の本件特許発明には,特公平5-35935号(刊行物1)等に基づく無効理由が通知されていたが,当該訂正を行ったことにより無効理由が解消され,特許権を維持する旨の審決(不成立審決)がなされた。

 本件特許発明及び本件訂正発明によれば,トリガ信号発信器からトリガ信号を受信したIDタグが,受信したトリガ信号を特定する情報とともにID番号を受信機に出力するため、2つのトリガ信号発信器からの情報だけで、IDタグが、どのトリガ信号発信位置をどのように通過したかを知ることができ,簡単な構成で、容易に動態の移動を検出できる(本件特許明細書【0004】~【0006】段落)。

特に,本件訂正発明では,トリガ信号発信器の設置位置が「出入口の一方側である第1の位置」と「前記出入口の他方側である第2の位置」に限定され,出入口の一方側と他方側に検知エリアを絞った上で,2点計測により入退室管理を行うことで,入退室の正確な把握を可能となっている(被告主張より抜粋)。

 

(2)審決における引用発明の認定及び本件訂正発明との対比

 これに対し,審決が認定した刊行物1記載の発明(引用発明)は下記のとおりである(赤下線部は筆者付与。以下同様。)。

上記の引用発明の認定を前提として,本件審決は,本件訂正発明と引用発明との相違点について,下記のとおり認定した。

本件訂正発明では,「第1の位置」が「出入口の一方側である第1の位置」であり,また,「第2の位置」が「出入口の他方側である第2の位置」であるのに対し,引用発明では,「第1の位置」,「第2の位置」の各位置が施設の各部屋に対応する位置である点(相違点1)。 ※相違点2~4については省略

そして,引用発明における移動体の位置の把握は,ビルの各部屋単位での把握にとどまり,本件訂正発明のように発信器の設置位置を「出入口の一方側」及び「出入口の他方側」とする点については刊行物1に記載も示唆もないこと,両発明における発信器は,発信器を設ける目的も位置も個数も相違すること等を理由に,相違点1に係る構成は容易想到でないとして,請求人(原告)の進歩性違反の主張を退けた。

(3)本事件の争点 以上の経緯を踏まえ,本件の審決取消訴訟では下記の3点が主要な争点となった。

ア 引用発明の認定(取消事由1) イ 相違点の認定(取消事由2) ウ 相違点に係る容易想到性の認定(取消事由3)

2 裁判所の判断

(1)引用発明の認定(取消事由1)

 最初に,裁判所は,刊行物1には,複数の固定無線機(発信機)が施設の所定の各部屋にそれぞれ設けられる構成が,実施例として示されているとした上で,刊行物1における発明の目的や課題解決手段等の記載を踏まえると,本発明の要点は,①電波の強い方の位置信号を受信して記憶するという点と,②同カードが自己を特定する信号と共に記憶された位置信号を送信する(送り返す)という点にあるから,審決のように,引用発明における複数の固定無線機の設置位置を「施設の各部屋」に限定することは相当でないとした(下記参照)。

 

(2) 以上に基づいて検討するに,本件審決が認定した引用発明Aは前記第2の3(2)アのとおりであり,要するに,入退室管理システムである本件訂正発明1との対比を前提に,前記(1)ア(ア)の特許請求の範囲における「複数の固定無線機」の前に「施設の各部屋などに設置される」なる文言を付加したものであると認められる。

 ここで,刊行物1の(実施例)の項における,「本発明の実施例…トランスポンデイングカード(以下,TRCという)…このTRCによる位置検出システムについて説明する。施設の所定の部屋などに設けられる固定無線機(TRX)11,12…」との記載(前記(1)ア(イ)f)及び第1図(同(ウ)a)によれば,刊行物1には,実施例として,複数の固定無線機が施設の所定の各部屋にそれぞれ設けられる構成が示されているといえることから,その実施例に係る技術内容を明細書に記載されている発明として扱うこと自体は相当である。しかしながら,他方で,刊行物1における発明の目的に関する記載(前記(1)ア(イ)c)や,課題解決手段としての特許請求の範囲の記載(同(ア))及び(問題を解決するための手段)の項の記載(同(イ)d)などを踏まえると,同発明の要点は,(移動体に取り付けられる)トランスポンデイングカードが固定無線機から送信される位置信号のうち電波の強い方の位置信号を受信して記憶するという点と,同カードが自己を特定する信号と共に記憶された位置信号を送信する(送り返す)という点にあり,これにより(施設内における)移動体の正確かつ容易な位置検出を実現しようとするものであるから,要は受信された電波の強弱が識別できれば足りるのであって,複数の固定無線機が「施設の各部屋」に設置されていることは必ずしも要求されておらず,ましてや,当然に部屋単位での位置検出が前提にされているわけでもない。すなわち,複数の固定無線機の設置位置を「施設の各部屋」に限定することと課題解決手段との間に特に技術的関連性があるとは認められず,また,そのような限定がなくとも,刊行物1発明の課題を解決し作用効果を奏することは可能であると認められるから,同発明を上記実施例に係る技術内容に限定してしまうことは相当でない(上記実施例の記載は,飽くまで発明の一実施態様を示したものにすぎず,そのことにより刊行物1から他の態様による実施が読み取れないとはいえない。)。 したがって,引用発明Aについても,上記実施例に係る技術内容を含むものとして認定することは差し支えないが,かかる技術内容に限定することは相当でなく,本件訂正発明1との対比は,飽くまで複数の固定無線機の設置位置が「施設の各部屋」を含むがこれに限定されないものとして認定した引用発明Aをもってなされるのが相当である。

 かかる観点から改めて本件審決が認定した引用発明Aを検討するに,「施設の各部屋などに設置される」の「など」は飽くまで例示であって,文言上は,複数の固定無線機の設置位置が「施設の各部屋」に限定されるものとは解されないから,その限りにおいて本件審決の認定は相当である。

ただし,「施設の各部屋などに設置される」の「など」は飽くまで例示であることなどから,引用発明の認定自体に誤りはないとした。

(2)相違点の認定(取消事由2)

 次に,上記の引用発明の認定を前提として,裁判所は,本件訂正発明との相違点について以下のように認定した。

「第1起動信号発信器が設けられる『第1の位置』及び第2起動信号発信器が設けられる『第2の位置』に関し,本件訂正発明1では,『第1の位置』が『出入口の一方側である第1の位置』であり,また,『第2の位置』が『出入口の他方側である第2の位置』であるのに対し,引用発明Aでは,『第1の位置』,『第2の位置』の各位置が特定(限定)されていない点」

そして,裁判所は,上記相違点に係る容易想到性(取消事由3)の判断について明言は避けたものの,下記のとおり判示して,仮に相違点に係る構成が周知技術2であるならば,当該周知技術と引用発明を組み合わせることで,容易想到性が肯定される可能性が十分にあることを示唆した。

 (2) そして,上記のように相違点1´を認定した場合,仮に同相違点に係る構成(移動体の位置検出を行うために複数の起動信号発信器を出入口の一方側と他方側に設置する構成)が本件特許の出願時において周知であったとすれば,引用発明Aとかかる周知技術とは,移動体の位置検出を目的とする点において,関連した技術分野に属し,かつ,共通の課題を有するものと認められ,また,引用発明Aは,複数の固定無線機の設置位置を特定(限定)しないものである以上,前記の周知技術を適用する上で阻害要因となるべき事情も特に存しないことになる(前記のとおり,第1図に関連する「施設の所定の部屋」を固定無線機の設置位置とする実施例の記載は,飽くまで発明の一実施態様を示したものにすぎず,そのことにより刊行物1から「施設の各部屋」を設置位置とする以外の他の態様による実施が読み取れないとはいえない。)。 したがって,以上の相違点の認定(相違点1´)を前提とすれば,上記技術分野の関連性及び課題の共通性を動機付けとして,引用発明Aに対し前記の周知技術を適用し,相違点1´に係る本件訂正発明1の構成を採ることは,当業者であれば容易に想到し得るとの結論に至ることも十分にあり得ることというべきである。

ここで,上記の2つ目の赤下線部に示すように,引用発明において固定無線機の設置位置を特定(限定)しないことで,周知技術の適用に阻害要因がなくなったことに言及している点が興味深い。

(3)審決の違法性 上記の認定を踏まえ,裁判所は,下記のとおり,本件審決には相違点の認定に誤りがあり,且つそのことが本件審決の結論に影響を及ぼしていることも明らかであるから,取消事由2には理由があると結論付け,本件審決を取り消した(差戻判決)。

 (3) ところが,本件審決は,かかる相違点を,前記第2の3(3)イ(ア)のとおり,「第1起動信号発信器が設けられる『第1の位置』及び第2起動信号発信器が設けられる『第2の位置』に関し,本件訂正発明1では,『第1の位置』が『出入口の一方側である第1の位置』であり,また,『第2の位置』が『出入口の他方側である第2の位置』であるのに対し,引用発明Aでは,『第1の位置』,『第2の位置』の各位置がし施設の各部屋に対応する位置である点」(相違点1。なお,下線は相違点1´との対比のために便宜上付したものである。)と認定した上,「引用発明Aによる移動体の位置の把握は,ビルの各部屋単位での把握に留まる」と断定し,「刊行物1には,移動体の位置の把握を各部屋の出入口単位で行うこと,即ち,相違点1における本件訂正発明1に係る事項である,第1起動信号発信器が設けられる第1の位置を『出入口の一方側』とし,第2起動信号発信器が設けられる第2の位置を『出入口の他方側』とする点については,記載も示唆もない」から,他の相違点について検討するまでもなく,本件訂正発明1が刊行物1発明(引用発明A)から想到容易ではないと結論付けたものである。

 これは,本来,複数の固定無線機の設置位置を特定(限定)しない(「施設の各部屋」は飽くまで例示にすぎない)ものとして認定したはずの引用発明Aを,本件訂正発明1との対比においては,その設置位置が「施設の各部屋」に限定されるものと解した上で相違点1を認定したものであるから,その認定に誤りがあることは明らかである。

 また,本件審決は,上記のように相違点1の認定を誤った結果,引用発明Aによる移動体の位置の把握が「ビルの各部屋単位での把握に留まる」などと断定的に誤った解釈を採用した上(刊行物1にはそのような記載も示唆もない。),刊行物1には相違点1に係る構成を適用する動機付けについて記載も示唆もない(から想到容易とはいえない)との結論に至ったのであるから,かかる相違点の認定の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼしていることも明らかである。

 (4) 以上によれば,原告が主張する取消事由2は理由がある。

3 検討

(1)判決の妥当性

刊行物1(引用発明)の実施例には,確かに被告(特許庁)の主張するとおり,各部屋に1つずつ固定無線機を設置する構成のみが開示されているから,引用発明がそのような構成を含むことは問題ないと考えられる。 他方で,刊行物1には,1つの部屋に固定無線機を複数設置する本件訂正発明のような構成を,積極的に除外する旨の記載は存在しない。

加えて,刊行物1では,「発明が解決しようとする問題点」として,下記のように,移動体からの電波が複数の固定無線機に受信されることにより,位置検出が不正確になる問題点が指摘され,これを解決するための手段として,「固定無線機から送信される位置信号のうち電波の強い方の位置信号を受信して記憶する・・・」等の構成を採用し,移動体の位置を正確に検出できるようにした旨の記載がある。

(発明が解決しようとする問題点)

しかしながら,上記システムの場合,第9図及び第10図に示されるように,移動体10の携帯無線機からの電波が複数の固定無線機5,6に受信される可能性があり,固定無線機5と固定無線機6の両方の位置信号が処理装置3に送信されるために,移動体の位置検出が不正確になる。 ・・・(中略)・・・

(作用)

本発明によれば,上記したように,固定無線機から送信される位置信号のうち電波の強い方の位置信号を受信して記憶するメモリを具備するトランスポンデイングカードを設け,このトランスポンデイングカードはポーリング信号の受信に応答して自己を特定する信号及び前記メモリに記憶された位置信号を送信し,該信号を固定無線機で受信し,該固定無線機で受信した信号に基づいて処理装置にて移動体の位置を検出する。

 したがつて,施設における各部屋のシールドの強化や固定無線局の位置の細かい調整を行うことなく,移動体の位置を正確に,しかも容易に把握することができる。

 

 上述した「課題」「解決手段」「作用」の組み合わせ(ストーリー)から導き出される引用発明の技術的意義や,実施例に固定無線機の設置位置に関する限定事項がない点を踏まえると,裁判所が引用発明の要点について,「同発明の要点は,(移動体に取り付けられる)トランスポンデイングカードが固定無線機から送信される位置信号のうち電波の強い方の位置信号を受信して記憶するという点と,同カードが自己を特定する信号と共に記憶された位置信号を送信す(送り返す)という点にあり,これにより(施設内における)移動体の正確かつ容易な位置検出を実現しようとするものである」と認定したことは,明細書の記載に基づき,発明の本質を的確に捉えたものと評価でき,当該要点を踏まえた引用発明や相違点の認定にも特に違和感はない。

 一方,本件審決は,引用発明の範囲を実施例に開示の形態に限定して解釈したが,刊行物1にはそのような解釈の裏付けとなる記載は乏しく,かかる審決の認定は妥当でないように思えた。

 よって,本件審決を取り消した判決の結論自体は妥当であると考える。しかし,本件審決の問題点は,そもそも引用発明の範囲を不当に狭く解釈したことにあったため,本質的には取消事由1(引用発明の認定)の方で取り消しを行っても良かったのではないかと感じた。

 

(2)実務上の指針 本件の判決からは,引用発明の認定手法として,

① 明細書に実施例が1つしか記載されていなかったとしても,引用発明の範囲が当該実施例に限定解釈されるとは限らない。

② 引用発明の認定は,「課題」「解決手段」「作用」の記載を総合考慮して,実質的に判斷される。

ということが理解される。特に②に関し,明細書の記載から具体的にどのようにして発明の本質(要点)を認定するかという点は参考になると思われる。