【鳥取地判平成30年1月24日(平成27年(わ)7号)】

【キーワード】 種苗法、育成者権、キリンソウ、有罪

1 事案の概要

 本件は、種苗法違反被告事件すなわち、種苗法違反にかかる刑事事件である。被告人(被告会社及びその代表者)は、育成者権者に無断で、育成者権にかかるキリンソウを増殖させ、それを譲渡したことについて罪に問われた。

2 本件品種

「トットリフジタ1号」(キリンソウの品種)

3 被告の被疑事実

 被告は、疎外CやDをして、トットリフジタ1号を育成者権者に無断で増殖させ、その植物体をトレイに植え込んだ商品を譲渡した。

4 主な争点

〈1〉被疑侵害品種がトットリフジタ1号又はこれと特性により明確に区別されない品種に当たり、本件育成・譲渡に係る行為が客観的に育成者権侵害罪(種苗法67条、20条1項、2条5項1号)を構成すると認められるか、 〈2〉被告人に、上記〈1〉についての故意及びCとの共謀が認められるか、 〈3〉トットリフジタ1号の品種登録には、育成者権侵害罪の成立を妨げるようなその他の事由(弁護人が無効原因として主張する事由)があるか

 本稿では、上記争点のうち、〈1〉について取り上げる。

5 裁判所の判断

「(2) 争点についての判断枠組み 以上の検察官及び弁護人の各主張等にも鑑み、以下、争点〈1〉についての判断を示すに当たっては、主として、(a)本件で被告人らが育成・譲渡した「きりんそう」(被疑侵害品種)は、被告会社が、株式会社ah(トットリフジタ1号の育成者権者として登録されているE《以下「E」ともいう。》が役員を務めている会社。以下「ah」ともいう。)から仕入れたトットリフジタ1号を無断で増殖したものであるか、そして、(b)上記(a)が肯定される場合に、トットリフジタ1号についてのかねてからの繁殖に係る状況や品種類似性試験の結果等も併せ、被疑侵害品種と登録時から捜査時に至るまでのトットリフジタ1号との特性の異同等について検討し、(c)ひいては、被疑侵害品種が、トットリフジタ1号又はこれと特性により明確に区別されない品種に当たると認められるかを、検討することとする。 ・・・(裁判所は、被告人が当初は育成者権者からトットリフジタ1号の株を購入していたが、途中から、育成者権者に無断で、トットリフジタ1号を増殖し、譲渡したことを、被告人の捜査段階の供述や、被告人が株の増殖を依頼したCの供述等から認定した。)・・・

(3) 「きりんそう」のDNA型鑑定に基づく検討 ア ところで、本件の捜査段階では、トットリフジタ1号と被疑侵害品種等に関して、ap大学brセンター分子育種学分野のP教授(以下「P教授」ともいう。)がDNA型鑑定(以下、この(3)の項では単に「鑑定」ともいう。)を実施している。そして、後述するとおり、このDNA型鑑定の結果も、被疑侵害品種がトットリフジタ1号に由来することを強く推認させるものであり、併せて、前記(1)、(2)の検討結果を大きく支持するものに当たると考えられる。 そこで、以下ではまず、P教授の鑑定(4回にわたり実施されている。後記ウ(ア)参照。)の基本的な手法、個々の鑑定の具体的な実施状況、及びその結果について概観し、その後、同鑑定の評価(すなわち推認力)等について検討を進めることとする。 イ P教授の鑑定の基本的な手法(その概要)は、次のとおりである〔証人P、証人S。後掲の各鑑定書のほか、弁53も参照。〕。 ・・・(中略)・・・ (ウ) トットリフジタ1号と被疑侵害品種とを比較した1回目の鑑定によれば、トットリフジタ1号と被疑侵害品種は、10個のマーカー全てにおいて同じ位置にバンドが出現し、DNA情報は同一であると判断された〔甲54、59、63、65〕。 また、4回目の鑑定でも、トットリフジタ1号と被疑侵害品種は、20個のマーカー全てにおいて同じ位置にバンドが出現し、DNA情報は同一であると判断された〔甲100、102〕。 エ そこで、P教授の鑑定の手法の妥当性について検討するとともに、前記ウ(ウ)でみた鑑定の結果等を前提に、弁護人の主張を踏まえながら、P教授の鑑定をどのように評価すべきかを検討することとする。 ・・・(中略)・・・ 〈3〉 しかし、個々のマーカーの異同判定については、バンドの相対的な位置判断という主観的な手法であり、判定精度が不明なものを寄せ集めて正しい判定ができるというシステム自体の是非が問われるべきである。一致率が100パーセントとなるマーカーもみられず(ただし、トットリフジタ1号については、この点は妥当しないと考えられる。)、マーカーの異同を数値でなく主観で判断する検査手法の精度に問題があることがうかがえる。 b その上で、Sは、「きりんそう」については植物体の形質とDNAとのつながりが不明でありDNAを品種識別に利用できない〔証人S・23頁〕、検証に用いられたサンプル(植物体)はたったの14種類である〔証人S・49頁〕、アガロースゲルによる電気泳動は分離精度が低く、50塩基以下の差は判別できない〔証人S・40頁〕、前記検証結果における一致というのは目視で行うと概ね一致しているという意味に過ぎない〔証人S・55頁〕などとして、P教授の鑑定は裁判の場における品種識別に利用できるものではないと評価している。 また、P教授も、自身の「バンドの出現位置が同じ」というのは、目視で確認しP教授の経験と照らし合わせての、その意味では主観的な判断であって、ときどきにより異同の判断がやや異なることもあり得ることを認めている〔証人P・第2回76頁、77頁〕。 c そうすると、それがどれほど同一のもののように見えたとしても、出現したバンドが厳密に同じ位置に存在しているとか、そこで観察された各マーカーのDNA型(重量)が一致しているとかいうことはできないというべきである。すなわち、P教授が行った鑑定によっては、同教授の見解とは異なり、トットリフジタ1号と被疑侵害品種とのDNA情報が同一であると認めるには足りないといわざるを得ず、この鑑定のみでは、被疑侵害品種とトットリフジタ1号とが特性により明確に区別されないか否か(品種識別)を直ちに判定することはできないと考えられる。 (ウ) ただし、そうであるとはいえ、Sも学会の検証結果〔弁53〕も、P教授が作成したマーカーそれ自体が不適切であるとか、鑑定手法に誤りがあるとかの問題は指摘していない。前記(イ)でみた事情を踏まえてみても、マーカーに50塩基より大きな差がある場合にはアガロースゲルでも分離可能で、しかるべき経験と知識を有する専門家が観察・分析すれば、少なくともマーカーのDNA型が全く違うものであるか、そうとまではいえないかを判別することは可能と考えられる。鑑定書に添付されたマーカーのバンド写真を見ても、バンドの数や太さ、位置が異なっているのが明確に観察できるものが少なからず存在しているところである。 この点、Sも、P教授の鑑定の手法により植物体の個体識別は可能であり、企業や大学が品種開発に用いるような場面で、スクリーニング的に利用することは差し支えないなどとも述べているところであって〔証人S・50頁、59頁、61頁〕、上記と異なる見解に立つとは必ずしも思われない。 そうであれば、マーカーの中に1つでも明確に異なるバンドが観察された場合には、比較対照された複数の植物体の同一性が否定され、異なる個体であると識別することはできると考えられる。 (エ) 以上を併せ考慮するならば、P教授の鑑定は、学会で不適切とされた2個のSTSマーカー(A-10、A-16)を除外し、マーカーの異同識別を目視で行うことによる限界に留意した上で、〈1〉「DNA情報が同一である」との判断については「明確に異ならない」という限度で捉えるのが相当である。(すなわち、P教授のトットリフジタ1号と被疑侵害品種とのDNA情報が一致した旨の見解は、被疑侵害品種がトットリフジタ1号《トットリフジタ1号をクローン繁殖した植物体を含む。以下同じ。》であることが否定されないとの趣旨で理解することになる。)」

6 裁判所の判断

 本件は、種苗法違反に関する刑事事件判決である。種苗法違反に関係する事件自体が珍しいことに加えて、それが刑事事件となるとさらに件数は少なくなるから、本件判決は今後の種苗法違反事件の検討において参考になるものと思われる。 被告人の有罪認定自体については、被告人供述などを根拠にしており、一般的な刑事事件の事実認定とさほど変わりが無いため、本稿では、被告人が増殖させていた株と、登録品種との異同を確認するために行われた専門家によるDNA鑑定について取り上げた。 本件で行われたDNA鑑定は、キリンソウの10箇所ないし18箇所のSSR(Simple Sequence Repeat、またはマイクロサテライト)についてPCRを行い、アガロースゲルで電気泳動を行って、マーカーの移動度が一致するかどうか確認するというものである。SSRは、遺伝子としては機能を有さないと考えられている数塩基対の配列の繰り返しが、個体ごとに繰り返し回数がバラバラであることを利用して品種を区別するものであり、イネの品種確認や、ヒトのDNA鑑定にも広く利用されている手法である。一般的には、品種間のSSRの反復数の違いを精度よく検出するために、Genetic Analyzer(シーケンサー)を用いてフラグメント解析することにより、繰り返しの数の違いを確認するが、本件の鑑定では、アガロースゲルによる電気泳動を行い、バンドの泳動度を目視で確認するというアナログな手法が採用されている。裁判所は、このアナログな手法故に、観察者によっては結果が異なりうることを嫌って、DNA鑑定一本で、被告人が増殖した株と登録品種との同一性を認定するに至らなかった。この点、アナログな手法といっても、10箇所ないし18箇所のSSRマーカーを使って、熟練した専門家がマーカーの泳動度の違いを判断するのであるから、同一性判断において誤りが入り込む余地はかなり小さいと考えられるが、裁判所は慎重な態度を示した。 種苗法に関する事件では、民事事件においても、DNA鑑定によって品種の同一性を認定することに慎重であり、興味深い。 なお、本件は控訴されている。控訴審判決は別途紹介する。