事案の概要

 

本件は、「1970年6月19日にワシントンで作成された特許協力条約」(以下「特許協力条約」という。)に基づく外国語でされた国際特許出願(以下「本件国際出願」という。)をした原告が、国内書面に係る手続(以下「本件手続」という。)をし、その後、2度にわたり手続補正書を提出したほか(以下、この提出手続をそれぞれ「手続補正書1提出手続」及び「手続補正書2提出手続」といい、併せて「各手続補正書提出手続」という。)、出願審査請求書を提出したところ(以下、この提出手続を「出願審査請求書提出手続」といい、本件手続、及び各手続補正書提出手続と併せて「本件各手続」という。)、これに対し、特許庁長官から、国内書面提出期間内に明細書及び請求の範囲の翻訳文(以下「明細書等翻訳文」という。)の提出がなく指定国である我が国における本件国際出願は取り下げられたものとみなされるとして、本件各手続を却下する処分(以下「本件各却下処分」という。)を受けたことに関し、原告には国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて、特許法(以下「法」という。)184条の4第4項所定の「正当な理由」があるとして、本件各却下処分の取消しを求める事案である。

 

判決抜粋(下線部は筆者)

 

主文  

1 原告の請求をいずれも棄却する。  

2 訴訟費用は原告の負担とする。  

3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。  

(中略)  

第3 当裁判所の判断  

 1 各末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。  

  (1) 原告から本件国際出願の手続を受任した本件現地事務所は、平成27年12月17日に本件国際出願を米国特許商標庁に対し行い、同出願の国内移行手続の期間管理を開始し、ドケット管理部署が同事務所で使用しているCPI特許管理システムに本件国際出願の出願情報及び国内移行手続の期限を入力した後、同月21日、原告に対し、本件国際出願につき報告するとともに、その管理情報に基づき本件国際出願の優先日から起算した30か月の国内移行手続の期限が平成29年12月18日である旨を報告した。(甲15)  

  (2) 本件事務員は、平成28年4月20日及び平成29年10月14日、原告に対し、本件国際出願の国内移行手続の期限に関するリマインダーを送信した。(甲16、甲17)  

  (3) 本件事務員は、平成29年12月1日、原告から、日本のほか、欧州、カナダ、中国、オーストラリア及びニュージーランドに関し、本件国際出願の国内移行手続の指示を受け、同月7日、各国の代理人に対する同手続の指示書のドラフトを作成し、本件現地事務所代理人に対し、その内容確認及びその送信の承認を求める電子メールを送信し、同人の承認を得た。(甲23、甲26、甲27)  

  (4) 本件事務員は、平成29年12月12日午前9時23分、本  

が残されていることに気付いた。しかし、本件事務員は、それまでに5年間、本件日本事務所と仕事をしてきた経験上、同事務所から書類の提出報告を受領するまでに3か月から4か月かかることが通常であったため、特に懸念する理由はないと考えた。  

  (7) 本件事務員は、平成30年2月5日、ドケット管理部署からの問い合わせに答えるために、本件日本事務所に対し、本件指示メールの添付資料を添付した形で本件国際出願の国内移行手続の完了報告を依頼する電子メールを送信したところ、同電子メールに対する送信エラー通知を受信した。これを契機に、本件事務員は、本件指示メールの送信完了に懸念を抱き、上記添付資料を添付しない形で、本件日本事務所に対し、本件国際出願の国内移行手続の完了報告を依頼する電子メールを再送し、同事務所から、同月6日、本件指示メールを受領していない旨の返信を受け、本件期間徒過に気付いた。  

 2 争点1(原告が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出できなかったことにつき、特許法184条の4第4項所定の「正当な理由」があるか否か)について  

  (1) 法184条の4第4項所定の「正当な理由」があるときとは、特段の事情のない限り、国際特許出願を行う出願人(代理人を含む。以下同じ。)として、相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものと解するのが相当である(知財高裁平成28年(行コ)第10002号同29年3月7日判決・判例タイムズ1445号135頁参照。)。  

  (2) これを本件について見るに、本件事務員は、  

  しかしながら、法184条の4第4項の適用の有無は、国内移行手続において判断されるものであるから、同項の「正当な理由」の有無については、日本における規範・社会通念等を基準に判断されるべきである。また、本件現地事務所が期限管理システムや業務規則により期限徒過を防止する態勢を企図していたとしても、本件の事実経過のとおり、本件事務員が本件送信エラー通知を受信していたにもかかわらず、本件日本事務所に対して本件指示メールの受信確認等を一切行わず、期限徒過を生じさせたことからすれば、結局のところ、本件事務員が業務を適切に行っている限りは問題が生じないが、見落としや錯誤など何らかの過誤を発生させた場合、何らの監督機能や是正機能が働くこともなく、問題の発生を抑止できない態勢にとどまっていたと言わざるを得ない。また、その余の主張について慎重に検討しても、本件において、正当な理由の有無の判断に影響を与えるものとはいえない。  

  以上からすれば、原告の前記主張は、いずれも前記判断を左右するものではない。  

  (4) したがって、本件において、原告が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて、法184条の4第4項所定の「正当な理由」があるということはできない。  

 3 争点2(被告が特許法184条の5第2項1号に基づき補正命令を行わなかったことが憲法に違反するか否か)について  

(中略)  

民事第47部  

(裁判長裁判官 田中孝一 裁判官 横山真通 裁判官 奥俊彦)

 

解説

 

 外国語でされた国際特許出願の出願人は、優先日から2年6か月以内に、明細書、特許請求の範囲、図面及び要約の日本語による翻訳文を、特許庁長官に提出しなければならない(法184条の4第1項)。この期間内に日本語による翻訳文の提出がなかったときは、当該国際特許出願は、取り下げられたものとみなされる(同条第3項)が、翻訳文を提出することができなかったことについて正当な理由がある場合は、経済産業省令で定める期間に限り、当該翻訳文を特許庁長官に提出することができる(同条第4項)。  

 本件は、同条4項の「正当な理由」の存在が争われた事例である。裁判所は、「正当な理由」があるときとは、特段の事情がない限り、国際特許出願を行う出願人(代理人を含む。以下同じ。)として、相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいう、との規範を示し、本件の事情がこれに該当するかどうかを判断した。  

 本件においては、本件国際出願の手続を受任した本件現地事務所の事務員が、日本の事務所に対して、国内移行手続きの指示書他を電子メールで送付したが、添付ファイルのサイズが、日本の事務所の最大受信許容サイズである10MBを超えていたために、メールサーバによって拒否され、日本の事務所に到達しなかったことが、法184条の4第1項に定める期限内に翻訳文が提出できなかった原因とされている。そのような添付ファイルを含むメールの送信エラーだけでなく、当該事務員宛に送付された送信エラー通知の見逃しや、日本以外の国の代理人からの受領確認メールがあったのにもかかわらず、日本の代理人からの受領確認メールがなかったことを特に問題としなかったこと、などの複合的な要因から、期限内に翻訳文が提出できなかった。最初の送信エラーに気付く機会がありながらも、その後に気付く機会を全て見逃してしまったという状況を鑑みると、監督機能や是正機能が働くことがなかった、という理由で「正当な理由」があるということはできないとした裁判所の判断は正当と考えられる。  

法184条の4第4項の「正当な理由」の存在が争われた近時の裁判例として、連絡のメールをプライベートのメールアドレスに送信した事例(知財高裁 平成30年12月30日判決)や、国際出願の国内移行期限を31ヶ月と誤認して担当者が長期休暇を取得した事例(知財高裁 平成31年3月14日判決)があるが、いずれも「正当な理由」の存在は否定されている。事務的なミスは、多様な原因から発生する可能性があり、それぞれの事例で同情すべき点は見られるが、裁判において「正当な理由」が認められるハードルは、極めて高いと考えられる