日本では、過重労働から生じる健康障害や生産性の低下について意識が高まりつつありますが、先般政府が打ち出した経済改革の一環として、残業手当を受ける権利がより厳しく制限されることについて、激しい議論が交わされています。本稿では、現在提示されている立法案の問題点とともに、過労死の防止を目的として先日施行された法改正について考察いたします。

残業手当の制度

従業員が1日8時間を越えて労働する場合、このような時間外労働に対し残業手当が支給されなければなりません。この残業手当を算出する計算式は厳重かつ複雑なものであり、普通残業、深夜残業および休日残業に対して、それぞれ異なる割増率が適用されます。加えて、(例えば休日深夜残業等)これらが重複した場合には、それに合わせてさらに高い割増率が適用されます。

日本における大半の従業員が上記残業規定の適用対象となりますが、例外もあります。管理監督者および役員秘書等のような限られた範疇に属する従業員は一部適用除外とされ、普通残業および休日残業について残業手当を受ける権利はありませんが、それでも深夜残業については残業手当を受けることができます。同様に、特定された19業種に属する従業員や、これら専門業種の範疇にある業務を遂行する従業員も、一部適用除外の対象となります。これらの専門業種には、公認会計士、弁護士、弁理士、税理士、研究者、ソフトウェア開発者、ジャーナリストおよび中小企業診断士が含まれます。

もっとも、上記の例外に該当する従業員は少数派であるため、多くの企業では残業文化が根付いており、必ずしも業務の効率化が奨励されているわけではありません。多くの従業員にとって、残業手当は月収のかなりの割合を占めており、日本の「バブル」時代においては、残業手当の額が基本給の額を上回るようなことも稀ではありませんでした。

残業規定は複雑であり、しかも使用者に対し(申請された残業が深夜残業または休日残業に該当するか否か等を含め)各従業員による毎日の労働時間を綿密に監視することを義務付けているため、日本の使用者は頻繁に法令遵守の問題に直面します。その結果、不満を抱いた従業員が未払いの残業手当を巡り提訴することも珍しくはありません。適切な賃金を支払わずに従業員に残業をさせる企業は、「ブラック企業」と呼ばれるようになりました。

このような労働文化の改革を目指し、政府は先般労働基準法の改正案を提示しましたが、これが可決されると、残業手当の支払を受けられない従業員の範囲が拡大されることになります。この法改正が、従業員側における労働慣行の効率化を促し、ひいては使用者側における全体的な費用削減につながり得るものと期待されています。また、残業手当の支払に係る制度の簡素化が、使用者側による法令遵守を促すことになるであろうとの期待もかけられています。

法案の詳細は未だ検討中ですが、金融、外国為替取引およびIT産業における年収1,000万円超のホワイトカラー労働者が残業手当の適用対象外となることが提案されています。これは「ホワイトカラー・エグゼンプション」と呼ばれているもので、これまでの一部適用除外の制度とは異なり、この適用除外に該当する従業員については、残業手当の適用を完全に除外することが提案されており、該当従業員は、深夜労働に対する残業手当を受けることもできなくなります。

しかしながら、この適用除外の対象となる者が、高額の年収基準を満たすという非常に限られた範疇に属する従業員に限定されていることから、この範疇に属する多くの従業員が管理監督者の地位にある可能性は高く、よって、既に一部適用除外を受けている可能性は十分にあります。したがって、同法案がこのまま可決された場合、日本における大部分の従業員が、引き続き従来の残業手当制度の適用対象となるため、これら大多数労働者に対する影響は比較的わずかなものでしかないであろうとの意見も出ています。政府は、全ての従業員を残業手当の対象外とする、より標準化された制度の提案を試みましたが、従業員や労働組合の反対を受ける結果となってしまいました。

政府は、2015年に本法案を作成・可決し、2016年春にはその施行を目指していると伝えられています。現行法の改正は、使用者側、特に外国企業から、歓迎されることになるでしょう。

過労死防止対策

一方、政府は、(過重労働による死を意味する)過労死の防止対策法案を成立させました。一般に過労死は、健康障害による死とストレスを原因とする自殺の、ふたつに分類されます。

過労死等防止対策推進法は、2014年11月1日に施行されました。同法は、過労死で最愛の家族を失った遺族による粘り強いロビー活動の末に制定されたものです。同法は、過労死に関する調査研究を行う国の責務を法定化し、過労死等防止対策推進協議会の設置について規定するとともに、(国、地方公共団体、事業主その他の)関係する者が、過労死を防止するため相互密接に連携すべきである旨の基本理念を定めています。

上述の法案を含め、労働関連法の改革は「アベノミクス」の重点分野に該当するものであり、グローバル市場における日本の競争力強化を図るものです。これらのトピックやその他の雇用関連事項につきましてご質問・ご相談等ございましたら、当事務所の貴社担当者までご連絡ください。

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