【令和元年11月11日判決(平成31年(行ケ)第10015号)審決取消請求事件】

【キーワード】

訂正要件違反、新規事項追加

【判旨】

原告保有の、名称を「電解コンデンサ用タブ端子」とする特許権について、被告は無効審判を請求した。当該無効審判において、原告は、「ゼロクロス時間(筆者注:はんだと基板との濡れ性の指標)が2.50秒以下である」との訂正事項を追加する訂正の請求を行ったところ、特許庁は、当該訂正について、下限値が規定されていないことから新規事項追加に該当し、訂正要件を満たさないものと判断した。 これに対し、原告は審決取消訴訟を提起して争ったところ、裁判所は、特許庁の判断を追認し、原告の請求を棄却した。数値範囲の限定を伴う場合の新規事項追加の判断の一例として参考になる。なお、本件訴訟では、明確性要件違反についても争われているが、本稿では割愛する。

事案の概要

1 本件発明

【請求項1】

芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に、圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって、前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に、ウィスカの成長抑制処理が施されてなり、前記のウィスカ抑制処理が、酸化スズ形成処理である、電解コンデンサ用タブ端子。

2 訂正の内容

【請求項1】

芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に、圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって、前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に、ウィスカの成長抑制処理が施されてなり、前記のウィスカ抑制処理が、酸化スズ形成処理であり、

前記の酸化スズ形成処理により、前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO2が含まれてなり、JIS C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以下である、電解コンデンサ用タブ端子。

3 判旨抜粋

JIS C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)により測定されるゼロクロス時間(ZCT値)はハンダ濡れ性を評価する際の指標として用いられ、ゼロクロス時間が小さければ小さいほど部品を短時間ではんだ付けすることができ、ハンダ濡れ性が良いと評価することができる。 「JIS C-0053(はんだ付け試験方法(平衡法))」の「附属書B はんだ付け試験に平衡法を適用する指針」の「B6.1.1 ぬれが始まる時間」の項には、ゼロクロス時間(「A-t0」により算出される時間)に関して次の記載がある。

t0とAとの時間間隔がぬれが始まる時間である。多数の部品を同時にはんだ付けする工程で取り付けられる部品の場合、この時間は、フラックスの種類と供試品の熱特性に依存するが、2.5秒以下にすることが望ましい。 東京工業大学のA教授の鑑定意見書には次の記載がある。

短い時間でタブ端子を電子回路などの基盤に接着できることが好ましいため、ZCT値は小さければ小さい程好ましいというのが技術常識であり、はんだ付け(ソルダリング)に供される製品の製造に携わる技術者は、ZCT値のできるだけ小さい電子部品を作ろうと絶えず努力しています。また、電子部品をはんだ付けする側のアセンブリ業者は、電子部品の発注の際に、ZCT値の上限を指定することで、製品の信頼性を維持しようとしています。従いまして、当然のことながら、ZCT値の下限は0秒ですが、上記の観点よりその下限値には技術的な意味がないので、上限のみが指定されるのが当該技術分野の常識です。

本件明細書の記載

本件明細書には、〈1〉酸化スズ形成処理は、タブ端子の熱処理により行われることが好ましく、前記熱処理温度は60℃~180℃、特に80℃~150℃の範囲であることがより好ましく、かかる温度範囲において酸素雰囲気下でタブ端子を熱処理し酸化スズを形成することにより、タブ端子のハンダ濡れ性を損なわずに、ウィスカ発生が抑制されたタブ端子を得ることができること、〈2〉熱処理温度を110℃、130℃、180℃と上昇させると、ウィスカの長さは0.16mm、0.17mm、0.16mm、ゼロクロス時間は2.35秒、2.30秒、2.85秒となり、ハンダ濡れ性が○と評価できること(実施例1~3)、〈3〉熱処理温度を200℃とすると、ウィスカの長さは0.15mm、ゼロクロス時間が2.99秒となり、ハンダ濡れ性が×と評価されること(比較例1)、〈4〉熱処理をしない場合には、ウィスカの長さは0.23mm、ゼロクロス時間は2.50秒となり、ハンダ濡れ性は○と評価できること(比較例2)、〈5〉酸化スズ形成処理は、溶剤処理によっても行うことができ、酸化スズの形成を溶剤処理により行うことで、タブ端子中で、ウィスカ発生抑制処理が必要な部分のみを選択的に処理することができること、〈6〉処理溶剤としてメタ珪酸ナトリウムを使用すると、ウィスカの長さは0.15mm、ゼロクロス時間が2.40秒となり、ケイフッ化酸ナトリウムを使用すると、ウィスカの長さは0.086mm、ゼロクロス時間が2.35秒となり、いずれの場合もハンダ濡れ性が○と評価されること(実施例4及び5)が記載されている(【0015】、【0016】、【0036】~【0040】、【表1】、【表2】)。

事案に鑑み、ゼロクロス時間の下限値について判断する。

訂正事項は、ゼロクロス時間の上限値を2.50秒と特定するのみで下限値を特定していないところ、これは、ゼロクロス時間を0秒以上2.50秒の範囲と特定して特許請求の範囲に限定を付加する訂正であるということができる。そこで、ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下であることについて、特許請求の範囲又は本件明細書に明示的に記載されているか、その記載から自明である事項であるといえるかを検討する。

まず、本件訂正前の特許請求の範囲にはゼロクロス時間に関する記載はない。

次に、本件明細書には、上記のとおり、酸化スズ形成処理がされ、ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下の範囲に該当するものとして、ゼロクロス時間が2.40秒、2.35秒及び2.30秒のタブ端子(実施例1、2、4、5)が明示的に記載されているということができるが、ゼロクロス時間が0秒以上2.30秒未満であるタブ端子についての明示的な記載はない。

そして、本件明細書の記載からは、ウィスカの成長抑制処理として熱処理を行った場合について、〈1〉熱処理温度を110℃、130℃、180℃、200℃と変化させると、ウィスカの長さは130℃で一旦長くなるが、200℃にかけて上昇させると短くなり、ゼロクロス時間は130℃で一旦短くなり、200℃にかけて上昇させると長くなること、〈2〉熱処理をしないウィスカの長さは0.23mmであり、熱処理をした実施例1~3及び比較例1ではウィスカの長さはいずれも許容範囲であるが、200℃で熱処理した比較例1のゼロクロス時間は長すぎてハンダ濡れ性が不十分であることが理解できるものの、熱処理温度とゼロクロス時間との間に単調な相関関係があるとは認められず、実際に測定された各温度以外の熱処理温度においてどのようなゼロクロス時間をとるのかを予測することは困難である。

また、ウィスカの成長抑制処理として溶剤処理を行った場合について、実施例4及び5に関する記載から、ゼロクロス時間が2.30秒未満となる具体的な溶剤処理を推測することはできない。

このように、本件明細書の記載から、ゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできないし、このことは、技術常識を勘案しても同様である。

以上のとおりであるから、訂正事項は、明細書等に明示的に記載されていないし、その記載から自明であるともいえないから、訂正事項に係る訂正は、新たな技術的事項を導入しないものであるということはできず、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものとはいえない。

検討

特許庁の審査基準において、補正による新規事項追加の判断に関し、以下の内容が示されている。

「数値限定を追加する補正は、その数値限定が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。例えば、発明の詳細な説明中に『望ましくは24〜25℃』との数値限定が明示的に記載されている場合には、その数値限定を請求項に追加する補正は許される。」

この基準に従えば、例えば本件において、明細書に一般記載として「ゼロクロス時間が2.50秒以下である」との記載が存在する場合には、本件訂正は新規事項の追加に該当しないということになりそうである。

ところが、本件では、明細書中に、ゼロクロス時間に関する一般記載はなく、原告(特許権者)は、専ら以下の実施例の記載に基づき、訂正を行った(図中、「ZCT」はゼロクロス時間を意味する。

そのため、裁判所は、訂正事項である「ゼロクロス時間が2.50秒以下である」との記載を、「ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下」との限定であると解釈した上で、上記表に記載された下限値である「2.30秒」以下のゼロクロス時間について明細書に開示があるといえるか否かについて検討し、開示がないと判断した。

原告が主張したように、ゼロクロス時間を2.50秒以下とすること自体は、技術常識に属する内容であると思われる。しかし、訂正内容が技術常識であるというだけでは、明細書の記載から自明であるとはいえない。

この点、裁判所は、「ゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできない」と判示する。この、「ウィスカの発生を抑制する」との内容は、本件発明の効果である(更に、請求項1に「ウィスカの成長抑制処理が施されてなり」として、構成要件としても規定されている事項である。)。してみると、裁判所は、新規事項の判断において、訂正事項が明細書に記載されているというためには、訂正事項を含む訂正後の発明により、当該発明の課題が解決可能であること(発明の効果が奏されること)が、明細書の記載から理解できなければならないと考えていることが分かる。

無効理由を解消するため、一般記載にない数値限定を実施例に基づいて追加する訂正を行うことは多い。本件は、このような訂正の可否に関し、当該数値限定の範囲で発明の課題が解決できることが理解可能であるかという、サポート要件の判断に類似する基準で検討することが有用な場合があることを示している