先達の外国人投資家の経験に学ぶ インドで成功するための指針

インドのナレンドラ・モディ首相

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b.v. / Alamy

インド投資成功への道

先達の経験に学ぶ外国投資家は インド投資に伴う困難な課題に対応することができる

インド事業に対する楽観論が高まっている。2014年5月、経済界が待望する改革を公約に掲げた ナレンドラ・モディ氏が首相に選出され熱狂の渦が巻き起こったが、明るい兆しは選挙前から明白だった。 アーンスト・アンド・ヤング社が2013年の夏に実施した調査によると、世界をリードする経営者500人超 のうち53%が今後12カ月にインドに事業参入するか、インドでの事業を拡大する計画があると答えて いた。

実際、インドに長期的投資を行っている企業には、蒸留酒世界最大手の英ディアジオ、アラブ首長国連 邦のエティハド航空、仏エネルギー大手GDFスエズ、英製薬大手グラクソ・スミスクライン、家具小売で 世界最大手IKEA(イケア)、シンガポール航空、米スターバックス、英小売大手テスコ、日用品・食品世界 大手の英蘭 ユニリー バ 、英通信大手ボ ーダフォン、独フォルクスワー ゲン など、多国籍企業が 名を連ねている。

しかしながら、インドのGDP成長率は2010年の10.3%をピークに減速し2013年は5%となった。外国 直接投資も過去最高を記録した2008年の430億ドルに比べて、2013年は30%以上も低い水準だった。GDP 成長率と外国直接投資は2014年と2015年にそれぞれ上昇すると予想されているが、インドが膨大な潜 在成長力を発揮できていないという見方は大勢だ。

それはなぜか。世界銀行が発表した2014年版「ビジネス環境の現状(Ease of Doing Business)」に、インドの 事業活動を制約する課題について詳しく書かれている。それによると、インドの「ビジネス活動の容易度」 ランキングは調査対象189カ国中134位で、パキスタンやイエメンより下の順位となっている。さらに、

「納税のしやすさ」では158位、「契約執行のしやすさ」に至っては最下位圏にある。 インドの場合、まん延する汚職が状況をさらに困難なものにしている。アーンスト・アンド・ヤング社の

2013年調査では、世界中の経営者の69%が「不正行為はインドで事業を行う上で避けられないコスト だ」と回答している。

多くの外国人投資家は、インド経済見通しの楽観論と同程度の強迫観念に駆られてインドへの投資を 行っている可能性がある。インドへの投資は、ハイリスクで期待収益率も不透明であると認識しつつも、 自らの野望を実現させるために投資しない訳にはいかないと考えているのである。

国際的法律事務所であるホワイト&ケースは、インドの潜在成長力を確信しており、その先行きについ ても楽観視している一方で、モディ首相の改革が成功した場合でも実際に変化が現れるまでには、かな りの時間がかかると予想している。多くの企業は、インドにおいて存在感を高めることを急務と位置づけ ていて、ビジネス環境が改善するのを待てる状態ではない。最良の商機を巡っては、既に熾烈な競争が 始まっていて、今後のビジネス環境の向上によりその熾烈さはさらに増していくと予想される。

しかし、幸いなことに、多くの多国籍企業が過去20年にわたってインドへの投資を行ってきたおかげ で、インドへの投資は、もはや暗闇の中へ踏み出す一歩ではない。今、インドへの事業参入を検討してい る企業やインドでの事業拡大を狙っている企業には、良きにつけ悪しきにつけ、貴重な教訓が残されて いるのである。

そこで私たちは、インドの複雑な事業環境や規制環境を切り抜けるために必要となる、4つの指針を 紹介することにした。

… 規制体制を理解する

… 規制を保守的に解釈する

… 合弁事業の機会を精緻に評価する

… ビジネス上の保護条項を入れる

インドで事業活動を展開する企業が直面する課題は多種多様で、二つとして同じものはないと言って も過言ではない。インドでの成功に近道はないのだ。しかし、他社の事例に学べることができるというの は、朗報である。私たちは、過去に学び現状を理解しようと努力する企業が、将来最も成功する企業であ るとの確信の下、これらの指針を紹介する。

Nandan Nelivigi

ホワイト & ケース パートナー兼インド・プラクティス・ヘッド

Jonathan Olier ホワイト & ケース パートナー

George Cyriac ホワイト & ケース カウンセル

Aloke Ray ホワイト & ケース パートナー

Dipen Sabharwal ホワイト & ケース パートナー

                                                                                                                                                                                                                                                     インドの投資環境と外国人投資家への教訓

規制体制を理解する

インドのビジネス関連法規制は常 に変化している。もっとも、これはす べての国にいえることだが、新興国の 法規制の変化は、先進国に比べてより 頻度が高くかつ予想外である。 しかし、これは規 制が 恣意的 に変 更されるという意味ではない。有権者 が多様なインドでは、複雑で相反する 要求を均衡させるために、法規制が 政治的妥協を映す鏡になっている。例 えば、外国投資の分野では、外国資本 の呼び込みと地場産業の継続的な発 展、外国からの技術移転の促進と合法 的な事業・財産権の保護、雇用創出と 労働組合からの要求の受け入れ 、工 業促進と農業経済支援や小規模農家 の既得権益の保護など、相反する政策 目標の間で当局は均衡を探らなけれ ばならない。

インドでは、試行錯誤の過程で妥協 が必要となり、その結果、しばしば詰め の甘い草案や政策、プレスノート、通 達、説明、電子掲示板の公告、改正、政 策の撤回が生じる。妥協の産物して誕 生した規則には、予期せぬ結果が伴う ことが多く、中には複雑すぎて執行不 可能なものもあった。

なぜ妥協しなればならなかったの か、どのように妥協したのか、という 変遷を振り返ると、規制案を作成した 議員や当局の意図が明らかになる。こ れがインドの法規制を切り抜けるため の鍵となる。政策の背景にある動機を 理解する企業は、その規制が将来どの ように解釈されるかをよりよく理解す ることができ、それが成功への一歩と なるのである

外国企業が直面する課題をわかり やすく示す事例として、小売業への直 接投資に関する規制がある。この事例 では、単一または複数ブランド商品を 扱う小売業への直接投資に関する規 制が二転三転し、多くの外国企業が対 応に追われた。2006年、インド政府は 卸業と単一ブランド商品を扱う小売業 への参入を認める規制緩和を行った。 それ以降、小売業への外国投資の規 制環境は不確実な状態が続いた。

2011年、規制当局は、単一ブランド 商品を扱う小売業への一段の規制緩 和を実施し、さらに複数ブランド商品 を扱う小売業への参入も認めた。一方 で、政府は特に外資系大規模小売業 の参入によって膨大な数の国内小規 模小売業者が脅威にさらされること を懸念し、外国企業による小売業務へ

複数ブランド小売企業が歩んだ苦難の道

小売業部門の外国投資規制政策を巡って、ここ10年間紆余曲折があった。2006年、インド政府は、外国企業が現金 卸売業者を100%保有することを認める一方、外資系卸売業者が小売業に参入することを防ぐため、外資系卸売業 の「グループ企業」(同じ親会社または個人によって所有または支配されている企業)からの売上高の上限を25% と定めた。これに対し、いくつかの外資系小売業者は、曖昧な規制の抜け穴を利用する戦略を推し進めた。その多 くは、インドの地場パートナーと合弁事業を立ち上げ、その地場パートナーの小売事業の最終的な卸供給業者とな ることで、実質的に小売事業を所有し経済的利益を獲得するものであった。当然のことながら、インド政府は最終的 に、このような仕組みは規制の趣旨に反すると判断し、その結果、多くの外国パートナーは合弁事業からの撤退を余 儀なくされた。

インド政府は2006年に、外国企業による単一ブランドを扱う小売事業への出資比率を51%まで認める規制緩和 を公布し、2011年には出資比率の上限を100%まで引き上げた。さらに同じ年、政府は外国企業が複数ブランドを扱 う小売業(例えば、スーパーマーケットや百貨店など)の51%を所有することを認めた。しかし、これが激しい政治的 反発を招いたため、年内に複数ブランド規制は取り消されてしまった。2012年に、再び規制緩和が行われたが、新し い規制では以下のような厄介で不明瞭な条件が導入された。

…外国企業による複数ブランドを扱う小売店舗の保有は、人口100万人以上の都市に限って認められるとともに、 各州は完全禁止を含む追加的な制限を設ける完全な裁量権を有する。

…外国企業は最低1億米ドルの投資をしなければならず、そのうち50%は事業開始から3年以内に後方インフラに 投資しなければならない。

…外国企業が販売する商品の30%はインドの内国供給業者から調達しなければならない。 上記の条件には明白な論理的根拠があったが、これらの条件が要因となって、外国企業が複数ブランド小売業に参

入することは非常に困難となった。その結果、ほとんどの大手小売業者はインドに店舗を構えることはなかった。

2        White & Case                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

転換社債とプットオプション

有権者が多様な インドでは、複雑で 相反する要求を 均衡させるために、 法規制が政治的 妥協を映す鏡に なっている

の参入制限を強化する対策も講じた。 このように規制当局が予想外の方法 で規制を解釈したり、変更したりした ことにより、多数の外資系小売業者が 業績悪化に苦しむこととなった。しか し、規制当局の意図は一貫して明白で あり、歴史的・政治的な背景を知る者 にとっては一連の方針転換も驚くべき ものではなかったであろう(詳細は、 コラム「複数ブランド小売企業が歩ん だ苦難の道」を参照)。

インドの地場企業の外貨建借入には、銀行の監督機関であるインド準 備銀行(Reserve Bank of India [RBI])の非常に厳しい規制がかけられ ている。一方で、株式投資の規則は緩やかであった。多くの投資家は、 インド以外の国では通常の株式投資を行っていたものの、インドにお ける商業上の必要性に駆られて、一定の条件で株式に転換される権利 が付いた転換社債や借入債務のように返済・償還される債務証券や優 先証券という形で株式投資を行った。インド準備銀行は当初、転換社債 や優先証券を株式とみなし、外貨借入規制の適用外としていた。しか し、2007年、これらが外貨借入規制を回避するための手法であると解釈 を変え、債務証券のように返済・償還されることがなく、かつ株式への転 換が義務づけられている場合を除いて転換社債の門戸を閉じた。

これに対し外国人投資家は、下方リスク軽減を目的に、予め(投資家 が最低限の期待収益を手にすることができる水準で)合意した価格で 株式を売りつける権利であるプットオプションについてインドのプロ モーター(Promoter)と交渉し、規制をかいくぐろうとした。インド準備銀 行を含むインドの当局は、しばらくはプットオプションを使った仕組みを 見て見ぬふりをしていたが、やがてその妥当性に疑問を呈した。しかし、 投資家がこれを意に介さなかったため、同行はプットオプションを用い た仕組みを完全に禁止する措置をとったものの、この措置は数カ月もた たずに破棄された。最近になって、当局は収益の保証を制限することを 条件にプットオプションを認可すると表明した。このような解釈の変更 の背景には常に、債務または債務類似証券は好ましくないものだという 論理的根拠があったことは明白だ。しかしながら、規制の抜け穴を利用 した多くの外国人投資家は、当局の解釈変更により、考案した仕組みは 実行不可能になったと気付かされることになった。

同様に、規制当局の動機を理解す ることがいかに重要かを教えてくれる 事例が、2013年に施行された新しい会 社法(Companies Act, 2013)である。 多くの外国人投資家は、新会社法が コーポレートガバナンスルールを簡素 化せず、多くの点で国際的な前例を 取り入れなかったことに失望したが、 インドの立法者の狙いはそんなことで なく、過去数年に相次いだ有力企業に よる不祥事への対応を優先したに過 ぎない。

インドに関わるすべての国際的取引 に影響する為替規制は、もう一つの典 型的な事例といえる。為替規制の中核 部分は1999年外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act [FEMA] 1999 )に含まれているが、それ以降

おびただしい数の追加的な規則や規

制、通達、通告、プレスノート、説明が

発行されてきた。最も勤勉な専門家で

さえ、その動きについていくことは難

しかったであろう。外国投資政策と同

様、外国為替管理法も複雑で曖昧さに

満ちている。

しかし、これらの規制の根底にはインド

独特の論理がある。この論理は、インド

が対外債務についてデフォルト寸前に

陥った、1991年の通貨危機の経験に

基づ いている。通貨危機の経験は 、

インドとその規制当局に、対外債務、

特にインドから本国に送金される可能

性のある短期的な対外債務に対する

深い嫌悪を植えつけた。インドは現在

も、外貨の本国への送金を許可するこ

とに消極的な姿勢をとり続けている。

インド は通貨危機対策として 経

済 の 自 由 化を推し進 める 施 策を実

行し、その結果、外国人によるインド

への投資機会は拡大した。インドの

外貨準備高は現在約3,200億米ドル

と、1991年の通貨危機のピーク時の

10億米ドル未満からの大幅に増加し

ている。しかし、インドの対外債務に

対する強い拒否反応は未だに 消え

ておらず、本国への外貨送金の自由

化を認めようとしない傾向も根強い

(インドの規制当局の債務および債

務類似商品への取り組みについては、

コラム転換社債とプットオプション」を

参照)。

                                                                                                                                                                                                                                                     インドの投資環境と外国人投資家への教訓       3

規制を保守的に解釈する

技術的法解釈を頼りに 取引の経済性を積極的 に追求しようと検討して いる企業は、もう一度 よく考えるべきである

先進国の企業にとって、インドの規 制当局の意図を理解することは極め て困難な問題だ。これは、単に外国企 業がインドの規則の背景にある論理 を理解していないことが多いという理 由からだけではない。先進国では、一部 の例外を除いて、当局はビジネス関 連の法律を条文通りに運用しようと する。立法者���意図を推し測ることよ りも、法律に書かれていることを解釈 することが優先される。しかし、インド では、規則が曖昧なこともあって法解 釈の余地が大きく、しばしば当局が立 法者の意図を推し測るように法解釈を 行う。

外国人投資家が曖昧な規制に向か い合うとき、魅力的なビジネスチャン スの扉を開くような技術的解釈を頼り にすることが多い。しかし、どんなに技 術的に高度な解決法であっても、それ が規制当局の根本的目標に沿うもの でなければ、規制に明示的に何と記述 されているか否かにかかわらず、その 解決法は脆弱だと言わざるを得ない。 このことからの教訓は明白である。 曖昧な規制は、保守的に解釈をすべ きなのである。そうすれば後々、ビジ ネスモデルに影響を与えるような当局 の決定がなされた場合でも打撃を受 けずに済むからだ。事実、規制を独創 的に解釈した外国人投資家の多くは、 その 後 の 規制解釈の変更によって ハシゴを外され、中には取引の経済性 が崩壊するという憂き目に遭った者も

あった。 不動産開発に対する外国直接投資

の規制を考えてみよう。インドの不動 産開発に直接投資しようとする外国企 業は、単独参入の場合は1,000万米ド ル以上 、インド の 地場 パ ートナーと のローカル合弁事業を設立した場合 は500万米ドル以上を投資しなければ ならない。いずれの場合も、「初期投 資」として出資金の譲渡が3年間にわ たって禁止されている。 しかし、ガイドラインには何がロー カル合弁事業に該当するのか、初期 投資とは何かが明確に規定されてい なかった。そこで、多くの外国企業は 進捗的な解釈をし、規制の背景にある 当局の政策的意図を見落とした。当局 にとって重要だったのは、外国人投資 家との提携を通じてインドの地場パー トナーが新しいスキルや能力を入手 することを支援することであり、また、

投機的な短期的投資を抑制すること であった。

インドの規制当局はその後、譲渡禁 止期間とは外国人投資家が最後に事 業に出資した日を基準日とすることと し、ローカル合弁事業とはインドの地 場パートナーが実質的な持分を保有 する合弁事業であるとの立場を取っ た。何が意味のある持分なのかは、依 然不明瞭であるが、インド側企業の持 分比率が10%以下の合弁事業の場合 にインド準備銀行よる厳格な精査の ターゲットになる公算が大きい。この 決定により、外国人投資家の出口戦略 の選択肢が劇的に変化した。

商業的リスクの評価に長けている 企業が、投資の認可に係る判断基準と なる法務リスクの評価に優れていると は必ずしもいえない。技術的法解釈を 頼りに取引の経済性を積極的に追求 することを検討している企業は、もう 一度よく考えるべきである。「用心に越 したことはない」のである。

[Text Box: Peter Adams/Getty Images] 4        White & Case                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

インドの投資環境と外国人投資家への教訓       5

インドの投資環境

外国直接投資 上位15カ国 投資案件ベース

産業別GDP構成比 2013 – 14

1141

米国

388

日本

380

英国

361

ドイツ

153

アラブ首長国連邦

138

フランス

103

スイス

83

スペイン

79

オランダ

出所:インド準備銀行

GDP成長率

12

10

[Text Box: 年率%] 8

6

4

2

26.4%

20.6%

12.9%

7.4%

14.9%

1.9%

1.9%

サービス 67.4%

商社、ホテル、輸送、 コミュニケーションサービス 金融、保険、不動産

事業者向けサービス

コミュニティ、社会的・個人 向けサービス

建設

工業 18.7%

製造

採掘・採石 電気、ガス、水道

農業、林業、漁業 13.9%

農業

67

シンガポール

2004          2005         2006         2007         2008          2009         2010          2011          2012       2013

出所:世界銀行

67

スウェーデン

外国直接投資(ネット流入額)

[Text Box: 米ドル建て(10億米ドル)] 66

中国                                   40

30

62

韓国

20

57

イタリア                               10

46

フィンランド

出所:フィナンシャルタイムズ紙FDI Intelligence調査

2004          2005         2006         2007         2008          2009         2010          2011          2012       2013

出所:世界銀行

先進20カ国のビジネス活動の容易度*

容易だ    10 英国

41 韓国

69 トルコ

96 中国

116 ブラジル

容易ではない

4 米国             27 日本                53 メキシコ

92 ロシア

134 インド

120 インドネシア

先進20カ国の契約執行のしやすさ*

容易だ

11 米国               36 日本          56 英国              80 南アフリカ

147 インドネシア

容易ではない

19 中国

10 ロシア

38 トルコ                    71 メキシコ                                 121 ブラジル

186 インド

*ランキングは1位~189位

出所:世界銀行

国民1人あたりの所得(2010年、米ドル)

労働年齢人口

2700

2250

1800

100%

[Text Box: 米ドル] 1350

900

450

0

2001      2003      2005      2007       2009      2011      2013       2015*    2017*       2019*      2021*

64%

58%

*労働年齢人口予測

2021*

2001

インドの投資環境と外国人投資家への教訓

*国民1人当たり所得予測

出所:US Department of Agriculture Economic Research Service

出所:Ministry of Finance, Government of India

合弁事業の機会を精緻に評価する

外資規制のある業種

(一部)

26%

保険業

74%

富裕層向け金融サービス業

20%

公共部門銀行業

51%

複数ブランド小売業

49%

防衛機器産業

26%

メディア印刷出版業

49%

商品取引所

インドの地場企業をパートナーにす ることは非常に大きなメリットがある。 地場企業は往々にして外国企業に比 べて市場や文化を深く理解しており、 インド当局やその他のインドの有力 企業と強い関係を持っていたり、イン ド国内で製造や流通、販売に必要な インフラを既に構築していたりするか らだ。

しかし、合弁事業には非常に大きな リスクもある。特に、外国人投資家に 大きな支配権を与えまいとする合弁 事業は、リスクが高い。中国の大手家 電メーカーのハイアールの事例では、 インド企業と提携して進出した時に比 べて、単独で進出した時の方が、より大 きな成功を手にしている。ハイアール は1999年、地場パートナーと初の合弁 事業を立ち上げたが、地場パートナー との戦略目標の違いが明らかになる とすぐに合弁事業は分裂した。その後 2004年に、ハイアールは単独でインド 市場に再参入し、現在は250品目以上 の製品を販売している。

規制上・商業上の理由から、地場企 業と提携する以外に選択肢がない場 合、外国人投資家は、潜在的パートナー のすべての組織レベルを理解するた め、仔細な調査をすべきである。調査 の範囲には、文化的適合性を評価す る精緻な分析や潜在的パートナーの バックグラウンド、スタイル、能力など に関する精査も含まれる。

インドでは、未だに同族企業が大き な割合を占めている。これらの同族企 業は、独立した経営が行われている外 国の大企業とかなり違う方法で会社経 営が行われていることを忘れてはいけ ない。地場の同族企業と合弁事業を設 立してインド市場に参入することを検 討している外国企業は、合弁事業が、と りわけコーポレートガバナンス、会計 及び規制遵守の点で、経営や業績上 の期待に応えるよう注力しなければな らない。同族企業にとっての優先事項 と非同族企業に共通する優先事項と が一致しない場合を想定し、外国企業 が、プロモーターや提携先一族のメン バーと緊密な仕事上の関係を築ける かが、同族企業とのパートナシップの 成功の鍵を握る。例えば、同族企業は 長期的な視点で事業計画を立てる傾 向が強い。また、一定の非財務目標を 財務目標と同程度に重視することもあ る。そして、同族企業のトップは、往々 にして、思い入れが強く、事業の支配権

を譲り渡すことに否定的である。このよ うな経営者の存在は、成功への強い意 志の源泉となるが、一方で妥協を難し くする要因にもなりうる。

合弁事業設立前の精査と準備が不 十分であったために、外国企業と地場 企業による合弁事業が挫折した事例 は多い。外国企業は、すべての合弁当 事者と事業計画の細部を詰めて同意 しておくことに加え、日常業務やコーポ レートガバナンス、政府との関係構築 の進め方などについて前もって取り決 めておくことだ。

たとえ合弁事業の当事者が事業計 画、支配権と利益の分配方法、出口戦 略といった基本的要素で合意していた としても、経費払い戻しのやり方や様 式の違いといった些細なことがきっか けとなって不協和音が生じることがあ る。合弁事業を揺るがしかねない問題 を事前にすべて想定することは不可能 だが、最適なパートナーと適切な支配 のレベルを見極めることは、合弁事業 が成功するか失敗するかを決める重 要な鍵の役割を果たす。

8        White & Case                                                                                                                                                                                                                                                                                                             

ビジネス上の保護条項を入れる

インドでは合弁当事者との契約執 行に大きな障害があるといわれてい るが、契約書の草案を注意深く作成す ることの重要性は、どれだけ誇張して もし過ぎることはない。外国人投資家 の中には、インドにおいて、先進国の 標準的な基準よりも低い基準の契約

投資家は、地場パートナーが別の魅 力的な投資先が登場した際に出資を 引き揚げることを予防するために、契 約に独占権と競合禁止に関する合意 を盛り込み、自らを保護する方策を講 じるべきである。

事業契約書にコンプライアンス遵 守基準を盛り込むだけでは不十分で ある。外国人投資家は、パートナーや 従業員が、自らが望む水準の行動をと るよう積極的に推奨しなければならな い。また多くの場合、合弁事業の役員、 取締役及び従業員の腐敗防止コンプ

上の取り決めを受け入れざるを得な

信頼するが、検証もする

ライアンスや会計基準などの重要分

いと説得されることもある。しかし、私

外国人投資家は、合弁事業のスタート

野に対する認識を向上させるため、研

たちの経験上、そのような外国人投資

段階で、賢明な方策が確実に講じられ

修を行う必要がある。さらに、業務手

家は、紛争が生じて初めて、契約内容

るようにしておかなければならない。

順や行動が自社のグローバルな法規

の曖昧さや脱漏により自らの権利を

合弁事業の会計が正確で、かつ法律

制遵守の基準に沿って行われることを

守る力が大きく阻害されることに気付

や国際的に認められた会計原則に準

確実にするため、定期的な監査を行う

くのである。とはいえ、外国人投資家

拠して行われていることを検証するた

ことも検討すべきである。

の権利を保護するには、注意深く作成

めに、投資家は、第三者会計事務所と

された契約書や法的保護だけでは不

監査人を任命すべきである。銀行取引

出口戦略を策定する

十分である。そこで、外国人投資家が、

や営業債権の譲り受けなど、合弁事業

失敗すると予想 さ れる 合弁事業 を

インドにおける紛争を回避し、管理し、

が行う活動のすべてが適正な会計管

組 む 投資 家 は い な い だ ろうが 、最

解決するために役立つビジネス上の

理の下で行われるべきである。

良の戦略 を 持ってしても 合弁事業

保護条項を取り入れるステップを紹介

また、重要な業務を担当する役員、

が失望に 終 わることはある。そのた

する。

特に財務の監督機能を持つ役員の任

め 、企 業は い か なる 合 弁 事 業 に お

免権と罷免権を確保することも賢明な

いても事前に 出口方法に 関する計

バランスの取れた公平な契約書を

作成 する

方策である。可能であれば、担保を付

した契約を要求するべきである。当然

画を策定しておくべきである。また、

少なくとも、機能不全に 陥っている

合弁事業では、各パートナーが合弁事

のことながら、保証のない出資にはリ

合弁事業から撤退方法を定めておくこ

業のリスクと利益に注意を払うよう、

スクが伴うため、担保を提供できない

とは、成功した合弁事業から現金を引

実質的な出資を行うことが極めて重要

潜在的パートナーについてはより精査

き出すのと同じくらい重要である。当

である。例えば、出資の不均衡は将来

しなければならない。

初から少しでも出口戦略を策定してお

問題を引き起こす可能性がある。合弁

くことにより、損失の抑制や争いの回

事業への出資額が小さいパートナー

足を地に付け、真の関係を築く

避、それらの悪化を食い止め、事業中

は、より大きなリスクに対して前向きに

多くの開発途上国と同様にインドへの

断の可能性を最小限に抑えることがで

なるため、危険な賭けや遅延、費用超

投資においても、調査に始まる全投資

きるのである。

過、その他の建設リスクや竣工リスク

期間を通じて、強固な存在感を維持す

合弁事業契約には、最低限、合弁事

をとるなどして、より大きなリスクへと

ることが不可欠である。投資家は、信

業を解散する場合にどの企業が事業

誘導する可能性がある。

用できるアナリストをインドに送り込

の支配権を持つかを明確にしておか

また、すべての当事者の間で利益を

むか、信頼できる現地のアナリストを

ねばならない。また、合弁事業とともに

適正に分配することも重要である。一部

雇って、潜在的パートナーの財務・商

企業が解散する場合、合弁事業の分裂

のパートナーに不相応に報いるような

取引・経営方針・企業文化を調査しな

につながった状況次第で、どのパート

契約は争いの種となる場合が多い。

ければならない。

ナーがどの資産の所有権を持つのか

一般論として、地場パートナーとよ

パートナーとの関係が構築され、順

も明白にしなければならない。

り深い関係を築くことは、外国企業が

調に関係が推移し始めたら、外国企業

インドの裁判所の破産は効率的で

自らの権利を保護することに役立つ。

の主導者はインドの地場パートナー

もスピーディで もないため 、当事者

成功する可能性が最も高い合弁事業

の経営陣と常に緊密に働く必要があ

は、合弁事業から撤退するするための

とはどのようなものか。私たちの経験

る。インドの取締役会は事業運営への

代替的な仕組みを明確にて合意して

によると、すべての当事者が対象と

影響力が比較的小さいため、単に取

おく必要がある。プットオプションは、

なる合弁事業を単なる短期的な機会

締役会に議席を確保することだけで

数年前まで外国人投資家の間で人気

と捉えることなく、長期的に相互利益

は十分ではないからだ。外国人投資家

が高かった。これは、投資家が関係を

となる事業への出資と位置づけ、当

は、重要事項の決定に対する明確な

終了させたいと望んだ場合に、自らの

事者間の関係の将来像まで見据えて

承認権や、業績その他の基準を満た

持分をインドのプロモーターに合意さ

いるケースである。また、一社の地場

せない幹部の罷職権を付与する条件

れた価格で買い取らせるという手法で

パートナーと複数の事業で提携してい

を契約書に盛り込むよう交渉すべきで

あったが、前述の(コラム「転換社債と

るケースも成功の確度は高くなると考

ある。

プットオプション」を参照)のとおり、多

えられる。

くの外国人投資家はそれらを執行す

                                                                                                                                                                                                                                                     インドの投資環境と外国人投資家への教訓       9

腐敗予防策

ここでは、インドにおける事業運営の腐敗防止のために、すべての会社が講じるべき7つの重要なステップを紹介 する。

コンプライアンス重視の企業文化の確認:潜在的なパートナーがインドの法令と外国の関連法令(例えば、米国の海 外汚職行為防止法[Foreign Corrupt Practices Act]、英国の贈収賄防止法[Bribery Act]、米国の制裁措置など)を遵 守しているかを確認するため綿密な調査を行う。

当局とのやり取りを追跡:記録保持、贈答品の提供または接待などに関するガイドラインをはじめ、公務員とのやり 取りに関する包括的な規則を定める。

社内活動の監視:従業員によるコンプライアンス違反を特定、それを予防する効果的な仕組みを制定する。その際、 必ず、報酬によってそのような行為が助長されないようにする。

従業員のコンプライアンス関係の研修:組織内のすべての地位の従業員が、腐敗防止法とその違反の影響について 理解を深めるよう教育する。

内部告発方針を規定:社員による不正行為の報告を奨励し、社員一人ひとりが内部告発の方法を確実に認識してい るようにする。

能動的な取り組み:不正行為の報告に対しては、適切な部署・担当者が調査し、必要に応じて懲戒処分や法的措置 などを取る。

契約上の保護措置を規定:合弁事業の相手方が法律に違反した場合に合弁事業からの撤退を可能にする、実現可 能な出口戦略を合弁事業契約に盛り込む。

事業契約にコンプライアンス遵守 基準を盛り込むだけでは不十分で ある。外国人投資家は、パートナー や従 業員が 、自らが 望 む 水 準 の 行動をとるよう積極的に推奨しな ければならない

ることができなかった。これが、投資家 の持分をプロモーターに公正な市場 価値で買い取らせるオプションであっ たなら、もっと明るい見通しがあった だろう。すべての株主を巻き込んで、事 業全体を売却するという方法も有効な 出口戦略のひとつであるが、複雑な規 制や煩わしい手続きがあるため当事 者の中にこのような方法を妨害する者 がいると、この手法の有効性は失われ る。完璧な出口戦略はないが、複数の 出口戦略の選択肢を持つことで、投資 が塩漬けになるリスクを回避できる可 能性がある。

紛争をオフショアで解決 ビジネス上の紛争をインド国内の裁 判所で解決しようとすると最長10年、 あるいはそれ以上かかることがある。 そのため、外国企業は、オフショアの 仲裁か、インド以外の国の裁判所にお いて紛争を解決するべく最大限の努 力を行わなければならない。契約がイ ンド法を準拠法としている場合でも、 インド以外の国の仲裁により紛争を 解決することを同意することが重要で ある。インド関連の取引を巡る紛争解 決の仲裁の場としては、これまで長い 間ロンドンが主要な都市となっていた が、最近ではシンガポールの人気が高 まっている。

また、相互投資協定は、インド政府 による不公正な取り扱いから企業を 擁護し、投資に関する正当性を確認す るなど、投資を保護する。現在、インド が相互投資協定を締結している国は、 フランス、ドイツ、オランダ、モーリシ ャス、英国など70カ国以上に上ってい る。ほとんどの企業は、投資を検討す る際に相互投資協定を考慮すること

はないため、企業は長期的リスクに対 する脆弱性を不必要に背負い込でしま っているのである(詳細については、コ ラム「インドにおける相互投資協定の 執行」を��照)。

オフショアでの紛争解決を可能にす る条項を契約に入れた場合であって も、インドで事業を行う外国人投資家 は、インドの裁判所や仲裁において、 インドにおけるビジネスに伴う様々な 紛争に対応しなければならなくなるこ とがあることに留意すべきである。

インドの法規制は、連邦レベルであ ろうと州レベルであろうと複雑である ため、実質的な障害になっている。特 に税金や規制問題に関連するものな ど一部の法規制については、法規制の 動向を監視しフォローアップすること が肝要だが、大部分はそれほど重要な 意味がないため外国企業はむやみに 警戒すべきではない。インドの法規制 の動向が緩やかに推移していることに 鑑み、法規制への対応にあたっては、 経験豊富なインド人の経営陣が非常 に重要な役割を担うことになろう。

10    White & Case                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

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ナレンドラ・モディ氏が首相に選ばれ てから間もなくして、フィナンシャル・ タイムズ紙のチーフ・エコノミック・コメ ンテーターであるマーチン・ウォルフ氏 が次のようなインド経済の見通しを示 した。「もしインドが20年後に世界で 最も急成長を遂げた経済大国でなか ったなら、非常に大きな驚きだ。それ

はある意味で災害である」。多くの世 界のトップクラスの投資家や多国籍企 業と同様に私たちも、インドの将来性 は極めて明るいと考えている。インド のビジネス環境が改善すれば、インド への投資リスクが軽減する可能性があ るだろうが、ほとんどの企業はそれま で待つことができないだろう。企業は、 インドへの参入やインドでの事業拡 大を狙って、「今」行動する必要性を認

識している。幸いなことに、これらの企 業は、インドに既に進出している企業 からの教訓を良きにつけ悪しきにつ け学ぶことにより、リスク軽減に役立て ることができる。外国人投資家は、インド でビジネスを成功させることにより、 インドが潜在力を発揮し、成長を加速させ、 経済的・社会的な収益の好循環を前 進させることを促進することができる だろう。

インドの投資環境と外国人投資家への教訓     11

[Text Box: Frank Bienewald/LightRocket via Getty Images]

インドにおける相互投資協定の執行

オ ーストラリアの鉱業会社のホ ワイトインダ ストリーズ( White Industries)は、インドに対し投資協定についての裁定を勝ち取った最 初の企業である。同社は1989年にインド炭鉱公社(Coal India Limited) との間で炭鉱開発のための設備を供給する長期契約を締結した。数年 後に、両社は、抽出された石炭の品質とインド炭鉱公社に要求した罰則 の範囲についての紛争に巻き込まれた。1999年に、ホワイトインダスト リーズは、国際商業会議所を通して仲裁手続きを開始した。2002年5月 に仲裁廷はホワイトインダストリーズの損害額が3,610万米ドルとする 仲裁判断を下した。

それを受け、インド炭鉱公社はインドの裁判所でその判断を覆そうと する10年近くに及ぶ長い戦いを始め、地方裁判所は判決が出るまで仲 裁裁定に基づく支払いを停止させた。2010年、ホワイトインダストリーズ は、遅延はインドとクウェート間の相互投資協定(インドとオーストラリア の間の条約の下で付与される「最恵国」待遇により、オーストラリアの投 資家にも適用)に掲げる法的権利を執行する有効手段の保証に違反す ると主張し、インド政府に対する訴訟を提起した。3人のメンバーで構成 される裁定廷は満場一致でホワイトインダストリーズを支持する判決を 下し、インド政府に当初の裁定額に利息を付してホワイトインダスト リーズに支払うよう命じた。この判決の後、およそ12社が投資協定の保 護違反による損害賠償を求めて、インド政府を相手に同様の訴訟手続 きに入った。