【大阪高裁平成12年12月1日(平12(ネ)728号)

第一審:大阪地裁平成12年2月3日(平成10年(ワ)11089号)】

【判旨】

意匠権を侵害した者が意匠法39条1項但書の推定覆滅事由として「代替品の存在」を主張するにあたり,意匠権者の非実施品(当該登録意匠を実施しない製品)の存在を主張することが,同覆滅事由として認められなかった事例。

【キーワード】

意匠法39条1項,特許法102条1項,

 

事案の概要

被控訴人(第一審原告)が,本件意匠権(名称「薬剤分包機用紙管」)に基づき,控訴人(第一審被告)に対し,控訴人が被控訴人の取引先から薬剤分包用紙の芯管を買取り,独自の分包紙を巻きつけて販売したことが,本件意匠権を侵害するとして同実施品の使用,販売の差止及び損害賠償を請求した事案について,控訴人の行為につき本件意匠権侵害を認め,損害額につき損害を認めたものである。

この損害額の認定の中で,控訴人(第一審被告)は,意匠法39条1項但書の推定覆滅事由として,意匠権者の非実施品の存在を「代替品の存在」として主張した。

 

争点

意匠法39条1項但書の推定覆滅事由として「代替品の存在」を主張するにあたり,意匠権者の非実施品の存在を主張することが,同覆滅事由として認められるか。

 

判旨抜粋(下線は筆者が付した)

第一~第三 ・・・略・・・ 第四 一,二 ・・・略・・・ 三 争点3(損害)について 1 損害の発生について 前記のとおり、被控訴人は、平成二年三月以降、本件意匠実施品を製造、販売していなかったが、被控訴人分包機に使用できる芯管が本件考案実施品又は本件意匠実施品のみであるという状況の下で、平成二年三月以降、本件考案実施品に分包紙を巻き付けた製品を製造、販売していたのである。 したがって、控訴人が本件意匠権の独占的通常実施権を侵害して、控訴人意匠品に分包紙を巻き付けた製品を販売したため、被控訴人は、本件意匠実施品の代替品ともいえる本件考案実施品に分包紙を巻き付けた製品を販売することにより本来得ることができたはずの利益を得ることができなかったという損害を受けたことが認められる。 よって、被控訴人には、控訴人の本件意匠権の独占的通常実施権侵害行為により、損害が発生したものというべきである。 2 本件意匠権の独占的通常実施権侵害による損害額について 控訴人が、控訴人意匠品に分包紙を巻き付けた製品を販売したことにより、被控訴人が被った損害額は、控訴人が販売した控訴人意匠品に分包紙を巻き付けた製品の巻数に、被控訴人が本件考案実施品に分包紙を巻き付けた製品一巻を販売したことにより得ることができる利益額全額を乗じることにより得られる金額と見るのが相当である。控訴人が、控訴人意匠品に分包紙を巻き付けた製品を販売した場合に、被控訴人が、控訴人販売巻数分と同数の本件考案実施品に分包紙を巻き付けた製品を販売することができず、販売利益が減少することは、被控訴人以外の第三者による適法な競合品の存在をうかがうことができない状況の下では、通常生じ得る損害であるといえる。 なお、控訴人は本件考案実施品以外の芯管も、被控訴人分包機に装着できると主張するが、弁論の全趣旨によれば、それは、被控訴人が独占的通常実施権を有していた本件意匠実施品であると認められるから、被控訴人以外の第三者による適法な競合品の存在をうかがうことができないことに変わりはない。 また、控訴人から控訴人意匠品に分包紙を巻き付けた製品を購入した者は、その芯管に控訴人意匠品が使用され、自己が有している被控訴人分包機に装着することができるからこそ、控訴人から当該製品を購入したものと考えられる。 控訴人は、芯管の美感は需要者の商品選択上重要な機能を持たないと主張するが、そうであるとしても、先に述べたことからすれば、本件では、損害額を減額する事由とはならないというべきである。 控訴人は、損害額の算定に当たって、本件考案実施品に分包紙を巻き付けた製品全体の利益を基礎とすべきでないと主張するが、前示の事情からすれば、被控訴人は、控訴人の行為によって、本件考案実施品に分包紙を巻き付けた製品全体の販売機会を喪失したのであるから、それによる得べかりし利益の額は、本件考案実施品に分包紙を巻き付けた製品全体の利益の額を基礎とすべきである。 以下,略。

 

解説

(1)本件は、意匠法39条1項但書の推定覆滅事由として,侵害者(被控訴人)が「代替品の存在」を主張したことに対し,その判断を行った事案である。なお,意匠法39条1項も,特許法102条1項も,侵害者が侵害品を販売することによって権利者の市場機会を失わせたことを損害ととらえ,このために,「侵害者の譲渡数量=侵害行為により喪失した権利者製品の販売数量」という関係が成立すると考えて,侵害者の譲渡数量に権利者製品���単位当たりの利益額を乗じた額を損害額とする算定ルールを定めたものである。したがって,各同項但書の推定覆滅事由についても(特許か,意匠かを問わず)同様の考え方になると考えられる。 この点,同項但書の推定覆滅事由については,一般的に,侵害者の営業努力、市場における代替品の存在,侵害品の方が廉価である、侵害品の方が性能が良い、販売業態に差異がある等が事由になると言われている。 特に,市場における代替品の存在については,仮に侵害品が存在しなかったとしても,当該代替品の存在により,その需要の一部が代替品に流れる可能性があるため,同項但書の推定覆滅事由として,過去のいくつもの裁判例で相応に評価されている(例えば,東京地判平成12年6月23日)。 本件は,この「市場における代替品の存在」を根拠とする各同項但書の推定覆滅事由として,意匠権者の非実施品の存在を主張することが容れられるかが判断された。この点について,裁判所は,意匠権者(正確には,本件意匠権の独占的通常実施権者)が,本件意匠権の実施品以外の製品(意匠権の非実施品)を販売していたとしても,意匠権者以外の第三者による適法な競合品の存在をうかがうことができないことに変わりはないとして,かかる事情を同項の推定覆滅事由として認めなかった。 意匠法39条1項(特許法102条1項)本文の「意匠権者(特許権者)…がその侵害の行為がなければ販売することができた物」の解釈として,意匠権者(特許権者)の実施は必要であるが,それは意匠権(特許権)の実施品に限らず,「侵害品と市場において競合し、侵害品が販売されなければその需要が喚起されたであろう商品」であれば足りるとの考え方が通説的である。つまり,意匠権者(特許権者)のなすべき実施の対象品については,当該対象品が,意匠権(特許権)の実施品でなくても良いとされている。これを踏まえると,同項但書の推定覆滅事由の場面において,意匠権(特許権)の実施品に当たらないからと言って,これを覆滅事由として捉えてしまうと,上記本文の解釈と整合が取れていないことになってしまう(極端な話をすれば,権利者が非実施品しか実施していないとしてこれを覆滅事由として認めてしまうと,「実施品」に流れる可能性は0%となってしまうので,100%の覆滅を認めることにもなってしまう)ので,本件の裁判所の判断は妥当なものと思われる。 (2)ちなみに,本件では,「意匠権者以外の第三者による適法な競合品の存在をうかがうことができない」としているので,『侵害者』に適法な競合品が存在した場合には,推定覆滅事由として捉え得る余地があると考えられる。「侵害者の非侵害製品を含むが,特許権者の製品は含まない。」とする見解(田村善之「特許権侵害に対する損害賠償額の算定に関する裁判例の動向」)や,「侵害者を含む競合他社は,同実施部分を非実施部分に置換して販売等することが容易であったことなどの事情が立証されることが望ましい」とする見解(天野研司「知財訴訟の論点 特許法102条1項ただし書の事情および同条2項の推定覆滅事由」Law&technology(No.75),p.23-31,2017.04)は,「『侵害者』に適法な競合品が存在した場合」を推定覆滅事由として捉えることを肯定的に捉え得る余地があると見ている見解と思われる。