I. 税制適格ストック・オプションの権利行使期間の見直し

本ニュースレターでは、2022 年 11 月 28 日に公表された政府の「スタートアップ育成 5 か年計画」 (以下 「本計画」といいます。)及び「スタートアップ育成5か年計画ロードマップ」2 (以下「本ロードマップ」といいます。) において盛り込まれている株式報酬に関する検討事項とこれらに関連する令和 5 年度税制改正関連法(第 211 回国会において 2023 年 3 月 28 日に可決された所得税法等の一部を改正する法律(以下「本改正法」 といいます。)の内容に触れつつ、主にストック・オプションに関する近時の議論について触れます。

本計画は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした「新しい資本主義」の 実現のために内閣に設置された、「新しい資本主義実現本部」における会議の検討内容を取りまとめたもので あり、「スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築」、「スタートアップのための資金供給の強化と出口 戦略の多様化」及び「オープンイノベーションの推進」の 3 本柱の取り組みを一体として推進していくこととされ ています(本計画 3.(3 頁))

本計画では、上記 3 本柱のうち、第 2 の柱として掲げられている「スタートアップのための資金供給の強化と 出口戦略の多様化」に向けた具体的取組について、ストック・オプションの環境整備として、スタートアップにつ いては、事業の成長速度に応じて権利行使のタイミングを柔軟にする観点から、ストック・オプション税制の権 利行使期間の延長を図ることが挙げられていました(本計画 5.(9)(13 頁) 、本ロードマップ(8 頁))。

具体的には、一定の要件を満たす場合にストック・オプションの権利行使により取得した株式の売却時点に まで課税を繰り延べることができる、いわゆる税制適格ストック・オプションの権利行使期間の要件(租税特別 措置法第 29 条の 2 第 1 項第 1 号)について、従前は同期間がストック・オプションに係る付与決議の日後 2 年を経過した日から 10 年を経過する日までとされていたこととの関係で検討されていたものです。この点につ いては、本改正法により、設立日以後の期間が 5 年未満であることなどの一定の要件を満たす株式会社につ いては、権利行使期間の上限が 15 年とされました(本改正法第 10 条)。これによって、事業の性質から事業 化や社会実装までに時間を要する企業や未上場期間におけるスケールアップを意図した企業による税制適 格ストック・オプションの利用が促進されることが期待されます。

II. ストック・オプションプールの実現に向けた検討 

また、本計画では、ストック・オプションの取り扱いの柔軟性の観点から、株券の保管委託義務の不要化につ いての検討に加えて、会社があらかじめ一定規模のストック・オプションの発行枠を設定し、その枠内で従業員 に対してストック・オプションを付与する、いわゆるストック・オプションプールの実現に向けて、会社法の措置の 見直しや税制面の対応を含めて環境を整備することが挙げられています(本計画 5.(9)(13 頁)、本ロードマッ プ(8 頁))。

ストック・オプションプールを実現するために検討すべき点は多岐にわたると考えられますが、例えば、会社 法上の募集事項の決定の委任の内容、範囲及び期間(会社法第 239 条)の見直し、税制適格ストック・オプ ションの権利行使価額の適格要件(租税特別措置法第 29 条の 2 第 1 項第 3 号)の整備、役職員の退職時 の取り扱いも含めたルール作りなどが想定されます。実務上のニーズに即したストック・オプションの柔軟な付 与を可能とする制度の構築に向けた今後の議論が注目されます。

III. 信託型ストック・オプションに関する議論 

さらに、これまで主に未上場企業で利用されてきた、信託会社を経由してストック・オプションを付与する、い わゆる信託型ストック・オプションの今後の取り扱いについても注目されます。

本計画では、信託型ストック・オプションについて、その実態を調査するとともに、その結果に応じて必要な対 応を行うとされていました(本計画 5.(9)13~14 頁)。この点、2023 年 2 月 20 日に行われた予算委員会の 答弁において、国税庁次長より、役員等に付与することを目的とした信託型ストック・オプションについて、役員 等への付与を目的としたものである場合には、実質的に役員等に付与したと認められることから、ストック・オプ ションを行使した日の属する年分の給与所得に該当すると考えている旨の回答がなされているところです3 。上 記見解に基づく信託型ストック・オプションの取り扱いの範囲や対象とする時期によっては、実務上の対応が必 要となることが想定されるため、その動向が注目されます。

IV. その他の株式報酬に関する議論

ストック・オプション以外の株式報酬について、本計画では、2024 年度にかけて、一定の期間在籍すること を条件として株式の交付を受けることのできる権利としての Restricted Stock Unit(RSU)の活用に向けた環境 整備を行うものとされており(本計画 5.(10)(14 頁)、本ロードマップ(8 頁))、特に、金融商品取引法の定め る開示義務との関係での取り扱いを明確化することが予定されています。

株式報酬に係る開示義務については、これまでにも主に上場企業との関係でもルールが整備されてきまし たが、有価証券届出書における第三者割当の場合の特記事項やいわゆるインセンティブ報酬特例(金融商 品取引法第 4 条第 1 項第 1 号、金商法施行令第 2 条の 12)の活用等について実務上の課題が指摘され ているところであり4 、未上場会社における取り扱いと合わせて今後の検討課題となりうるものと思われます。ま た、未上場企業における RSU の活用に向けては、例えば、法人の役員に対する未上場株式に係る報酬と損 金算入要件に係る現在の取り扱いとの関係などが今後の課題となりうるものと思われます。 

その他、株式報酬を導入済みの企業において、付与対象者の範囲を拡大し、役員のみならず従業員を対 象とすることが検討されることがありますが、この点について、2023 年 3 月 31 日に公表された経済産業省産 業組織課の『「攻めの経営」を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引 -』の改訂版(2023 年 3 月時点版)5 では、従業員に自社株報酬を付与する場合の Q&A(100 頁以下)が 追加されているため、その内容を確認しておくことが有用と思われます。

上記のとおり、未上場企業におけるストック・オプションの環境整備をはじめとした議論が進められており、今 後は、上場後の制度運用も見据えた連続性を持った形での柔軟で利用しやすい株式報酬制度の実現に向け た議論が深まることが期待されます。