米国連邦最高裁判所は 2015 年 5 月 26 日、Commil USA, LLC v. Cisco Systems, Inc. No. 13-896 事件において、「訴訟対象特許が無効であると誠実に信じていた(a good faith belief) としても、そのことは当該特許に関する誘発侵害の抗弁とはならない。特許無効の信念があ ったとしても、誘発侵害の要件である故意を否定できない」と判示した 1 。
1. 誘発侵害とは
米国特許法第 271 条(b)には、「積極的に特許侵害を誘発した者は、侵害者としての 責めを負わなければならない(“Whoever actively induces infringement of a patent shall be liable as an infringer”)」と規定されている 2。
誘発侵害が成立するためには、以下の要件事実を満たさなければならない 3 。
① 誘発被疑者が特許の存在を知っていたこと、かつ
②(第三者による)販売等の行為が当該特許を侵害するであろうことを認識していたこと。
2.事件の経緯
(1) 地裁
ワイアレス・ネットワークに関する特許を所有する原告 Commil は、被告 Cisco が同 特許を侵害(直接侵害および誘発侵害)したとしてテキサス州東部地区裁判所へ提起した。 Cisco は、原告特許の無効を誠実に信じていたため、その顧客に対する侵害の誘発はなかっ たとの抗弁を行った。2 度にわたるトライアルを経て、地裁は、原告の主張を退け、直接侵 害および誘発侵害の両方の責任があるとの判決を下した。地裁は、誘発侵害に関して、被告 による特許無効の信念に関する証拠を排除した。
(2) CAFC
CAFC は、地裁判決を破棄し、「誘発侵害被疑者が、訴訟対象特許は無効であると 誠実に信じていたことは、誘発侵害成立の要件である意図を阻却する証拠となり得る」と判 示した 4 。
3.最高裁判決
最高裁(ケネディ判事が起草)は、訴訟対象特許が無効であると誠実に信じていた (a good faith belief)としても、そのことは当該特許に関する誘発侵害の抗弁とはならない と判示。その主な理由として以下の事項が述べられている。
(1)非侵害と無効性は互いに異なる別個の事項。
(2)無効による抗弁を認めると有効性の推定(米国特許法 282 条)を大きく損なう。
(3)特許無効を信じる誘発侵害被疑者は、例えば、DJ アクション、IPR、査定系再審査な ど他の無効手続を講じて特許無効を勝ち取ることができる。
4.反対意見
ロバーツ最高裁長官も加わり、スカリア判事は、「有効な特許だけが侵害可能であ って、無効な特許を侵害すると論じることは無意味なことだ」と反対意見を述べた。 特許無効を誠実に信じる誘発侵害被疑者は、当該特許を侵害するはずがないと信じているは ずだ … 特許侵害するはずがないと信じる者は誰しも、その者が認識している侵害を誘発す る行為を行うことは有り得ない。スカリア判事は、「最高裁の役目は、抗弁を作出すること ではなく、特許法を正しく解釈することだ」と述べ、多数意見を批判した。スカリア判事は また、仮に最高裁が本判決で採択した意見が適切だとしても、それは、「パテント・トロー ルに厳しいペナルティを科す法律」にとって好ましい決定とはいえないと述べた。
5.今後の対策
(1) 特許の無効化
侵害被疑者は、誘発侵害に対してはもはや、特許無効の抗弁に依拠することはでき なくなった。今後、特許無効を主張するのであれば、最高裁判決でケネディ判事も述べてい るように、IPR を活用して訴訟対象特許の無効性を争うことが最良策であろうと思われる。 IPR は特許庁 PTAB での審理であるため、有効性の推定もなく、裁判所よりも低い立証水準 (証拠の優越)かつ低コストで特許無効化を図ることができる。
(2) 故意侵害
現行法基準の下では、故意侵害は一般に、被告が、有効な特許を侵害する可能性が 客観的に高いことを知っていながら侵害に関与する行為を行った場合に成立する 5 。この 「有効な特許」という文言からは、特許無効を誠実に信じる誘発侵害被疑者は依然として、そのことを故意侵害の抗弁として使うことも可能なように思える。しかしながら、それは、 今回の最高裁による Commil 事件判決での判示事項と矛盾している。誘発侵害に特有の有効 性と侵害とを区別する問題と矛盾するかどうかは不明であり、この論点に関しては今後の CAFC での判例の蓄積を待つしかない。安全のため、特許無効を誠実に信じたことを故意侵 害の抗弁として使えないと考えた方が無難と思われる。