【知財高判平成30年3月29日・平成29年(行ケ)第10130号】

第1 はじめに

本件は、特許取消決定取消請求事件の判決である。特許の異議申立事件において、特許取消決定が出される件数は少ないことから、特許取消決定取消請求事件も件数としては多くない(特許庁の速報値によると、平成29年12月現在までの累計で、維持決定が1722件、一部取消を含む取消決定が183件である。https://www.jpo.go.jp/tetuzuki/sinpan/sinpan2/igi_moushitate_ryuuiten.htm)。 本件は、特許取消決定取消請求事件において、特許の取消決定が取り消されたという数少ない事案の一つである。

第2 事案

1 本件訂正発明1 本件特許は、請求項が1~17まであり、異議2016-700009号事件において、訂正請求がなされたが、全ての請求項について取消す旨の決定がなされた。 訂正後の請求項1は以下のとおりである(以下、訂正後の請求項1にかかる発明を「本件訂正発明1」という。)。 【請求項1】 架橋硬化により網目構造のシリコーン樹脂になる未架橋で液状,塑性又は半固体の架橋性ポリシロキサン化合物であるシリコーン樹脂成分又は架橋硬化により網目構造のシリコーンゴムになる未架橋で液状,塑性又は半固体の架橋性ポリシロキサン化合物であるシリコーンゴム成分に,シランカップリング剤,Al2O3,ZrO2,又はSiO2で表面処理されたアナターゼ型又はルチル型の酸化チタン粒子を前記シリコーン樹脂又は前記シリコーンゴム100質量部に対し5~400質量部含有して分散した液状,塑性又は半固体の酸化チタン含有シリコーン未架橋成分組成物を, コンプレッション成形,射出成形,トランスファー成形,液状シリコーンゴム射出成形,押し出し成形及びカレンダー成形から選ばれる何れかの方法で架橋硬化して, 又はスクリーン印刷,グラビア印刷,ディスペンサ法,ローラ法,ブレードコート,及びバーコートから選ばれる何れかの塗布方法で塗布した後,架橋硬化して,前記網目構造中に前記酸化チタン粒子が取り込まれた前記シリコーン樹脂又は前記シリコーンゴムのゴム硬度がショアA硬度で30~90又はショアD硬度で5~80である,厚さ2μm~5mmの立体形状,膜状,又は板状の成形体に成形することによって, 150℃で1000時間の熱処理の後での高温経過時反射率と前記熱処理の前の初期反射率とが550nmにおいて90%以上である前記成形体からなる白色反射材を得ることを特徴とする白色反射材の製造方法。

2 取消決定が認定した甲1発明(引用発明。下線は筆者。) (A)一分子中に少なくとも2個のアルケニル基を含有するジオルガノポリシロキサン, (B)ケイ素原子に結合する水素原子を一分子中に少なくとも2個含有するオルガノハイドロジェンポリシロキサン, (C)白金族金属系触媒,及び (D)テトラアルコキシシラン及びテトラアルコキシシランの部分加水分解縮合物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物で表面処理した酸化チタン粉末;成分(A)100重量部に対して15重量部以上を含有してなる酸化チタン充填付加反応硬化型シリコーンゴム組成物を硬化して得られる硬化物の製造法であって, 成分(A)のアルケニル基含有ジオルガノポリシロキサンは,組成物のベースポリマーとして使用され,一般的には主鎖部分が基本的にジオルガノシロキサン単位の繰り返しからなり,分子鎖両末端がトリオルガノシロキシ基で封鎖された直鎖状のものであるが,これは分子構造の一部に分岐状の構造を含んでいてもよく,また全体が環状体であってもよく, 成分(B)のオルガノハイド��ジェンポリシロキサンは,ケイ素原子に結合する水素原子(即ち,SiH基)を一分子中に少なくとも2個,好ましくは3個以上含有するもので,架橋剤として使用され,直鎖状,分岐状,環状,或いは三次元網状構造の樹脂状物のいずれでもよく,成分(B)の使用量は,成分(A)のアルケニル基含有ジオルガノポリシロキサン中のアルケニル基1モル当たり,成分(B)のオルガノハイドロジェンポリシロキサン中のケイ素原子に結合した水素原子(即ち,SiH基)が,通常0.5~8モルとなるような量,好ましくは1~5モルとなるような量であり, 成分(C)の白金族金属系触媒は,前記の成分(A)のアルケニル基と成分(B)のSiH基との付加反応(ヒドロシリル化反応)を促進するための触媒であり,周知のヒドロシリル化反応用触媒が使用でき, 成分(D)の表面処理した酸化チタン粉末は,テトラアルコキシシラン及びテトラアルコキシシラン部分加水分解縮合物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物で酸化チタン微粉末を表面処理したもので,硬化物に主として着色(白色),遮光性,反射性,耐熱性,機械的特性等を付与又は補強する成分であり, 上記酸化チタン粉末は,ルチル型又はアナターゼ型でよく,平均粒子径は通常0.05~10μm程度でよく, 上記表面処理の方法としては,テトラアルコキシシラン及び/又はテトラアルコキシシランの部分加水分解縮合物を適当な溶媒に溶解又は分散した後,この溶液又は分散液に酸化チタン粉末を混合し,加熱・乾燥する方法,又は,成分(A)であるアルケニル基含有ジオルガノポリシロキサンの少なくとも一部(通常30重量%以上,特に50重量%以上)と,酸化チタン粉末と,テトラアルコキシシラン及び/又はテトラアルコキシシランの部分加水分解縮合物とを混合した後,該混合物を加熱処理する方法が挙げられ, このような表面処理により,酸化チタン粉末の表面にシロキサンの被膜が形成され,シリコーン樹脂成分とのヌレ性(即ち,親和性)が向上し,低粘度,低チキソ性で流動性に富む組成物が得られ, 成分(D)の表面処理した酸化チタン粉末の量は,成分(A)のアルケニル基含有ジオルガノポリシロキサン100重量部当たり,好ましくは15~300重量部であり, 前記成分(A)~(D)以外に,必要に応じて,通常使用されている添加剤,例えばヒュームドシリカ,沈降シリカ,ヒュームド二酸化チタン等の補強性無機フィラー;破砕シリカ,溶融シリカ,結晶性シリカ(石英粉),けい酸カルシウム,酸化第二鉄,カーボンブラック等の非補強性無機フィラー等を添加することができ,上記硬化物の用途は,フォトカプラー素子の並列型タイプの反射剤や,LEDの下地反射コーティング,電気・電子部品の遮光用又は反射用のコーティング剤等である, 酸化チタン充填付加反応硬化型シリコーンゴム組成物を硬化して得られる硬化物の製造法。」

3 取消決定が認定した本件訂正発明1と甲1発明との一致点(下線は筆者) 架橋硬化により網目構造のシリコーンゴムになる未架橋で液状の架橋性ポリシロキサン化合物であるシリコーンゴム成分に,SiO2で表面処理されたアナターゼ型又はルチル型の酸化チタン粒子を含有して分散した液状の酸化チタン含有シリコ ーン未架橋成分組成物を,架橋硬化して,前記網目構造中に前記酸化チタン粒子が取り込まれた前記シリコーンゴムである,立体形状,膜状,又は板状の成形体に成形することによって,前記成形体からなる白色反射材を得る白色反射材の製造方法。

第3 主な争点

甲1発明の「表面にシロキサンの被膜が形成され」た「酸化チタン粉末」が、本件訂正発明1の「SiO2で表面処理された・・・酸化チタン粒子」に相当するか否か。

第4 判旨(下線は筆者)

「2 取消事由1(相違点の看過)について 甲1発明について ・・・ ク 以上によれば,甲1発明は,前記第2,3 のとおりであり,審決の甲1発明の認定に誤りはない。 ・・・ ⑶ 本件訂正発明1と甲1発明との対比 ア 決定は,甲1発明の酸化チタン粉末の表面に形成されるシロキサンの被膜は,シロキサン結合(Si-O-Si)を有するSiO2の被膜であるから,甲 1発明において,「表面にシロキサンの被膜が形成され」た「酸化チタン粉末」は,本件訂正発明1の「SiO2で表面処理された・・・酸化チタン粒子」に相当するとして,この点を,本件訂正発明1と甲1発明の一致点であると認定した。 これに対し,原告は,甲1発明の酸化チタン粉末の表面に形成される被膜は,有機シロキサンの被膜であって,無機のSiO2被膜ではない旨主張するので,以下,検討する。 イ 証拠(甲17,18,乙1~5)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 シロキサンは,ケイ素,酸素,水素からなる化合物のうち,Si-O-Si結合を含むものの総称であって,一般式H3SiO-(H2SiO)n-SiH3で表されるものであり,ケイ素上の水素がメチルやフェニルのような有機基によって置換されたものは有機シロキサンとよばれ,-Si-O-Si-のように,長く延びた高分子は有機ポリシロキサンとよばれる(甲17)。 ゾル-ゲル法における溶液のゲル化は,多くの場合,加水分解と重合によって起こり,テトラエトキシシランSi(OC2H5)4からシリカ(SiO2)を作る場合の反応は, 加水分解:Si(OC2H5)4+4H2O→Si(OH)4+4C2H5OH・・・(1) 縮重合:Si(OH)4→SiO2+2H2O…(2) であり,得られるネット反応式は, ネット反応式:Si(OC2H5)4+2H2O→SiO2+4C2H5OH…(3) である。すなわち,テトラエトキシシラン1モルが2モルの水と反応して1モルの シリカゲルができる計算となる(乙2)。 上記の式は,テトラアルコキシシランが加水分解及び重合し,反応すべきものがすべて反応した場合の反応物及び生成物を示すものであり,その場合に,≡Si-O-Si≡のつながったSiO2固体(シリカ)及びC2H5OH(エチルアルコール)が反応生成される(甲18)。 基板が酸化物でコーティング膜が有機無機ハイブリッドの場合,膜の無機部分と基板の酸化物との間に,MOHとM’OHからH2Oがとれて,膜と基板の間に化学結合-M-O-M’-の結合ができて接着する(M及びM’は,それぞれ膜及び基板中の金属イオン(Si,Ti,Al,Feなど)を表す。)。すなわち,膜中の金属イオンがSiで,基板の酸化物が酸化チタン(TiO2)の場合は, -Si-O-Ti-の結合ができて接着する(乙2)。 酸化チタン表面が完全にシリカ(SiO2)で被覆された場合,ゼータ電位はシリカと同様の性質を示す(乙5)。 ウ 上記イによれば,SiO2(シリカ)とシロキサンは,共に酸化チタンを被覆するものであること,SiO2(シリカ)は,Si-O-Si結合を有しているものの,テトラアルコキシシランが加水分解及び重合し,反応すべきものが全て反応したときの反応物であるのに対して,シロキサンは,Si-O-Si結合を含むものの総称であって,化学式SiO2で表されるものではないこと,したがって,SiO2(シリカ)とシロキサンは,化学物質として区別されるものであることが認められる。 エ 前記認定のとおり,本件訂正発明1の「SiO2で表面処理された・・・ 酸化チタン粒子」とは,文言上,「酸化チタン粒子」が,「SiO2(シリカ)」で表面処理されているものであることは明らかである。 これに対し,甲1文献には,酸化チタン粉末の表面処理のいずれの方法によっても,甲1発明の酸化チタン粉末の表面にシロキサンの被膜が形成されたことが記載されていることが認められるものの,甲1文献の上記記載は,甲1発明の酸化チタン粉末の表面に「Si-O-Si結合」を含有する被膜が形成されていることを示すにとどまるものであって,「SiO2(シリカ)」の被膜が形成されていることを推認させるものではない(前記認定のとおり,シロキサンは,Si-O-Si結合を含むものの総称であって,SiO2(シリカ)とは化学物質として区別されるものである。)。また,その他,甲1発明の酸化チタン粉末の表面に「SiO2(シリカ)」が生成されていることを認めるに足りる証拠はない。 さらに,甲1文献には,テトラアルコキシシラン及び/又はテトラアルコキシシランの部分加水分解縮合物について反応すべきものが全て反応したことについては,記載も示唆もされていないのであるから,この点においても,甲1発明の酸化チタン粉末の表面に「SiO2(シリカ)」が生成されていると認めることはできない。 したがって,甲1発明において,酸化チタン粉末の表面に,「SiO2(シリカ)」が生成されているとは認めることができず,甲1発明の酸化チタン粉末が「SiO2(シリカ)」で表面処理されているということはできない。 ・・・ ⑸ 以上によれば,甲1発明の酸化チタン粉末の表面に形成されるシロキサンの被膜は,SiO2の被膜であるとは認められないから,甲1発明において,「表面にシロキサンの被膜が形成され」た「酸化チタン粉末」は,本件訂正発明1の「SiO2で表面処理された・・・酸化チタン粒子」に相当するということはできない。 したがって,本件訂正発明1と甲1発明とは,相違点1-1ないし1-5のほか,上記の点でも相違するものと認められる。 そして,上記の酸化チタン粉末の表面処理に関する相違点に係る本件訂正発明1の構成は,甲1文献,その他の周知例のいずれにも記載されていなし,示唆もされていないから,これらに基づいては,直ちに,当業者が容易に想到することができたということはできない。 決定は,本件訂正発明1と甲1発明との一致点の認定を誤り,相違点を看過したものであって,決定による上記相違点の看過が,その結論に影響を及ぼすことは明らかである。 したがって,「SiO2で表面処理されたアナターゼ型又はルチル型の酸化チタン粉末」である点を,本件訂正発明1と甲1発明の一致点であるとした決定の認定判断には誤りがあり,決定の結論に影響を及ぼすものであるから,取消事由1は理由がある。 第6 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由があり,その余の取消事由について判断するまでもなく,決定は取り消されるべきである。 よって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。」

第5 検討

取消決定(特許庁)が、甲1発明のシロキサンの被膜が、本件訂正発明1のSiO2の被膜に相当するものであるとしてこの点を一致点と認定したのに対して、本判決は、技術常識を加味して、SiO2(シリカ)とシロキサンは,化学物質として区別されるものであるとし、この点を相違点であると判断した。 本判決は、シロキサンを「Si-O-Si結合を含むものの総称」と認定し、SiO2を「Si-O-Si結合を有しているものの,テトラアルコキシシランが加水分解及び重合し,反応すべきものが全て反応したときの反応物である」と認定した。いわば、甲1発明の構成を上位概念、本件訂正発明の構成を下位概念と認定している。引例に記載されたものが上位概念で、本件発明の構成がその下位概念であるときは、相違点と判断されるのが実務であるから、本判決の相違点認定は妥当であると考えられる。 一方、本判決が認定した上記相違点の容易想到性について、甲1発明の「シロキサン」を、反応すべきものを全て反応させてSiO2とすることは当業者にとって容易に想到しうるものであるという主張が考えられるところであるが、本判決は、上記相違点に係る構成は、甲1文献、その他の周知例のいずれにも記載や示唆がされていないから、直ちに、当業者が容易に想到することができたということはできない、と簡単に判断している。