【平成30年3月2日判決(東京地裁平成27年(ワ)第31774号)】

【判旨】

本件発明をしたとの原告代表者の供述は採用することができず,他に原告代表者が本件発明の発明者であることを裏付けるに足りる客観的証拠も見当たらない。そして,被告の従業員らが本件発明をし,福島工場においてこれを実施していたとの証言自体に不自然な点はなく,これに沿う客観的証拠も存在すること,原告代表者が被告の福島工場以外の場所において本件発明を知得したことをうかがわせる事情もないことなどを総合考慮すれば,本件特許の出願前の時点で,被告の福島工場において既に本件発明が実施されており,原告代表者はこれを知得した上で本件特許を出願したものというべきである。 したがって,本件においては,原告代表者が本件発明の発明者であることは認めるに足りないのであって,原告が本件発明の発明者から特許を受ける権利を承継したものということはできない。

【キーワード】

冒認出願,発明者性,特許法104条の3,特許法123条1項6号

事案の概要

本件の本訴は,名称を「螺旋状コイルインサートの製造方法」とする発明についての特許権(請求項の数11。以下「本件特許権」又は「本件特許」といい,特許請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」という。)を有する原告が,被告の螺旋状コイルインサートの製造方法は本件発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,上記製造方法の使用の差止め,同方法により製造した螺旋状コイルインサートの譲渡等の差止め,及び,上記製造方法により製造した螺旋状コイルインサートの廃棄を求める事案である。 本件の反訴は,被告が,以下の(1)又は(2)のとおり主張して,原告に対し,不法行為に基づき,損害2000万円((1)については一部請求,(2)については重複する限度で請求権競合)及びこれに対する不法行為の日(本訴提起の日)である平成27年11月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(1) 本件発明に係る特許は冒認出願によるもの又は被告が先使用権を有するものであり,原告はこのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに,あえて本訴を提起したものであって,これにより被告に少なくとも2729万6828円の損害を生じさせた。 (2) ((1)と選択的に)本訴による各乙号証の交付により本訴請求が棄却されることが明らかになった後も,原告はいたずらに本訴請求を維持したものであって,これにより被告に526万6380円の損害を生じさせた。

判旨抜粋(下線筆者)

2 本訴請求-争点(1)ア(原告代表者の発明者性)について

(1) 特許法123条1項6号所定の冒認出願において,特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任は,特許権者が負担すると解するのが相当であり,特許法104条の3第1項所定の抗弁においても同様に解すべきである。 本件において原告は,本件発明の真の発明者は特許公報の記載どおり原告代表者であり,原告は原告代表者から特許を受ける権利を承継した旨主張する。これに対し,被告は,本件発明の真の発明者は被告の従業員らであり,被告の福島工場で本件発明を実施していたのであって,原告代表者は同工場を視察した際に本件発明を知得したにすぎない旨主張する。 そこで,以下,この点について検討する。

中略

(3) 上記(1)のとおり,原告は,本件発明の真の発明者は原告代表者である旨主張している。 しかし,本件において,原告からは,発明の際に通常作成されるべきメモ,ノート,業務日誌,設計図面その他の書面は一切提出されていないのであって,原告代表者が発明者であることを直接裏付ける客観的な証拠は存在しない。 この点に関し,原告は,被告の製造するタングレス螺旋状コイルインサートについてどうしたら生産性を上げられるか考え悩むうちに,コイル巻き工程とプレス加工の別々の工程に分けたらどうかという考えが「ひらめいた」などと主張し,原告代表者の陳述書(甲11)にも同旨の記載があるが,以下のとおり,同供述は採用することができない。

ア 原告代表者の知識,経験等について

まず,原告代表者自身の陳述書(甲11)によれば,原告代表者は普通高校を卒業後,本件特許の出願当時まで螺旋状コイルインサートの販売事業に従事した経験を有するのみであって,螺旋状コイルインサートの設計や製造に関わった経験はないものと認められ,螺旋状コイルインサートに関して原告代表者を発明者とする特許出願や原告が執筆した論文等も存在しない(乙25の1及び2,乙26)。

また,原告代表者自身,本人尋問において,タングレス螺旋状コイルインサートの技術については「素人なので一切知らない」旨の供述をしているとおり(原告代表者〔本人調書8頁〕。以下,同様に本人調書の該当頁を併記する。),原告代表者がタングレス螺旋状コイルインサートに関して専門的な知識を有していたことはうかがわれない。 さらに,前記(2)イのとおり,原告は,平成11年当時,被告の製造する製品の販売会社にすぎず,螺旋状コイルインサートの製造設備や実験設備を有していたとは認められない。 したがって,そもそも,原告代表者に本件発明を着想し,これを具体化するだけの知識,経験及び環境が備わっていたといえるのか,疑問がある。 イ 発明の動機について

原告は,原告代表者が被告の製造するタングレス螺旋状コイルインサートに���いてどうしたら生産性を上げられるか考え悩んでいたことが本件発明の動機であると主張する。 しかし,原告代表者の供述によれば,被告の製造するタングレス螺旋状コイルインサートの生産性が低いという認識を持ったのは,被告の営業担当者と飲食を共にしたときに聞いたというのみであり,原告代表者は,上記営業担当者の氏名は供述せず,そのような話を聞いた際の具体的な状況についても明らかにしない。

しかも,原告代表者は,生産効率の低さを聞いたのは本件特許の出願後だと思うとも供述し(原告代表者〔16,17頁〕),また,生産効率の低さを聞いていたとしながらも,これを改善する方策を検討するに当たり,被告にどのような問題があって,実際にどのように生産していたかという点を「調べてない」と供述している(原告代表者〔20頁〕)。

以上のとおり,本件発明の動機に関する原告代表者の供述は抽象的で不自然な点が多く,被告のタングレス螺旋状コイルインサートの生産性の向上が本件発明の動機であったと認めることはできない。 ウ 従来技術について 原告代表者は,その陳述書(甲11)において,本件発明の従来技術は,①まず,線材の先端部をプレス加工して先細形状を成形し,続いてこれに隣接して凹部をプレス加工により成形する,②次に,この線材をコイル製造機に送り込みながらコイル巻きを行い,所定の巻数に巻いたら線材を切断する,③最後に,切断したコイルの末端を上記①と同様にプレス加工して,先細形状と凹部を形成する,というものであったと陳述する(原告の出願に係る本件明細書等の段落【0007】も同旨)。

しかし,従来技術として実際に上記の工程によりタングレス螺旋状コイルインサートが製造されていたことをうかがわせる客観的証拠は見当たらない。そもそも,コイル巻きを終えて線材を切断(上記②)した後に,切断したコイルの末端をプレス加工して先細形状と凹部を形成する(上記③)という工程は,コイル巻きを終えた後の形態(本件明細書等の【図7】参照。なお,同図の4又は5が「先細形状」,6又は7が「凹部」)や製品のサイズ(乙90,98の1

~5)に照らすと,技術的には実施が困難であると考えられる(証人H〔8頁〕)。 そして,原告代表者自身も,陳述書に記載した従来技術は「想像」によるものであると供述するに至っている(原告代表者〔14頁〕)。 以上のとおり,本件発明の前提となる従来技術についての原告代表者の供述が事実と合致すると認めることはできない。

エ 発明を着想した具体的状況について

原告代表者は,本件発明を着想した具体的状況に関し,その陳述書(甲11)において,「どうしたら生産性を上げられるか,考え悩むうちに,コイル巻き工程とプレス加工を別々の工程に分けたらどうか,という考えがヒラメキました。」と陳述するが,本人尋問においては,上記の考えがひらめいたという点についても「よく覚えてない」と供述し,コイル巻き工程とプレス工程が分けられると思ったかどうかも今は記憶がはっきりしないと供述している(原告代表者〔18頁〕)。

しかし,発明者がその着想の具体的状況について記憶していないというのは不自然であり,また原告の陳述書の記載内容も漠然としたものにとどまるのであって,原告代表者が本件発明を着想したという点については疑問があるといわざるを得ない。

オ 本件特許の出願の際の状況について

原告代表者は,D弁理士には線材の図面を渡しておらず,そもそもそのような図面はなかった(原告代表者〔7頁〕),線材に限らず,本件発明に関して何らかの図面を作成したことはなかった(同〔9頁〕)と供述するが,本件発明のような物の製造方法の発明につき,何らの図面も作成することなく発明に及んだものとは考え難い。 また,原告代表者は,D弁理士に出願を依頼した際の具体的な状況について,線材を渡して特許出願を検討して下さいと伝えたのみで,原告代表者から出願の理由や発明の内容について一切説明したことはなく,同弁理士からも質問などはなかったと供述するが(原告代表者〔23,24頁〕),特許出願を依頼する者の対応としては style=”text-decoration: underline”>不自然といわざるを得ない。

カ 線材の試作品について

原告代表者は,本件発明を着想した後,同発明に係るプレス加工済みの線材等の試作を三晃のB社長に依頼した(原告代表者〔4頁〕),試作に要した金型代300万円は原告代表者が自己負担した(同〔7頁〕)などと供述する。 しかし,B社長に依頼した時期や具体的な状況について,原告代表者は「覚えてない」と供述し(原告代表者〔25頁〕),上記金型についても作成後に紛失し,原告代表者自身は見ていないと供述しているのであり(同〔7頁〕),上記のとおり三晃が線材等の試作を行ったという事実があるとしても,それが原告代表者自身の着想に基づくものということはできない。 キ 以上のとおり,本件発明を「ひらめいた」とする原告代表者の供述には曖昧で不自然な点が多く,本件発明の発明者が原告代表者であるとは考え難い。

中略

(5) 以上によれば,本件発明をしたとの原告代表者の供述は採用することができず,他に原告代表者が本件発明の発明者であることを裏付けるに足りる客観的証拠も見当たらない。そして,被告の従業員らが本件発明をし,福島工場においてこれを実施していたとのH及びEの証言自体に不自然な点はなく,これに沿う客観的証拠も存在すること,原告代表者が style=”text-decoration: underline”>被告の福島工場以外の場所において本件発明を知得したことをうかがわせる事情もないことなどを総合考慮すれば,本件特許の出願前の時点で,被告の福島工場において既に本件発明が実施されており,原告代表者はこれを知得した上で本件特許を出願したものというべきである。 したがって,本件においては,原告代表者が本件発明の発明者であることは認めるに足りないのであって,原告が本件発明の発明者から特許を受ける権利を承継したものということはできない。

中略

(7) 以上のとおり,原告が本件発明の発明者から特許を受ける権利を承継したものということはできないのであるから,本件特許は,その発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたものとして,特許法123条1項6号所定の無効理由を有する。

したがって,原告は被告に対して本件特許に基づく権利行使をすることができないから(特許法104条の3第1項),その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求はいずれも理由がない。 3 反訴請求-争点(2)ア(ア)(本訴提起の違法性)及び同(イ)(被告の損害発生の有無及びその額)について

(1) 本訴提起の違法性

訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁,最高裁平成7年(オ)第160号同11年4月22日第一小法廷判決・裁判集民事193号85頁参照)。

本件においてこれをみるに,原告の本訴請求は理由がないところ,前記2(5)に説示したとおり,原告代表者は福島工場において本件発明を知得した上,本件特許を出願したものといわざるを得ないのであって,原告による本件特許の出願は冒認出願であったというべきである。 そして,本件特許の出願をD弁理士に依頼したのは原告代表者自身であり,被告の福島工場を訪れたのも原告代表者自身であって,本件特許の出願については原告代表者が主体的に関わったものと認められることなどによれば, style=”text-decoration: underline”>原告代表者が記憶違いや通常人にもあり得る思い違いをして本件特許出願に及んだということもできない。

加えて,原告が本訴提起前に被告から本件特許の出願が冒認出願であるとの指摘を受けながらあえて本訴提起に及んだと認められることは,前記2(2)シ(イ)及び(ウ)記載のとおりである。 そうすると,本訴請求において原告の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであることはもちろん,原告が,そのことを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したというべきであるから,本訴の提起は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと認められるといわざるを得ない。

したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告による本訴の提起は被告に対する違法な行為というべきである。

解説

本件は,特許侵害訴訟(本訴)の原告が,反訴での被告からの冒認出願の主張に対して,原告代表者の発明者性を立証できなかった事案である。 判決は,特許法123条1項6号所定(特許無効審判の無効事由)の冒認出願の主張立証責任について,「特許出願がその特許にかかる発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任は,特許権者が負担すると解するのが相当」との規範を示しており,特許法104条の3第1項所定の抗弁においても同様としている。発明者性の立証により特許権者側に有利な法律効果が発生するので,法律要件分類説から見ても,また,発明者性を示す証拠は特許権者側が通常は保有しているという点からも,この主張立証責任の所在は正当である。

原告側による原告代表者の発明者性の立証に対して,裁判所はそれぞれについて丁寧に事実認定を行い,発明者性を否定している。具体的な項目としては,原告代表者の知識・経験等,発明の動機,従来技術,発明を着想した具体的状況,出願の際の状況,試作品について,と多岐に渡っている。この中で,原告代表者は本件発明を着想し,具体化するだけの知識等がなく,動機も抽象的で不自然であり,従来技術も技術的に実現が困難であり,発明を着想した具体的状況も覚えていない,など,原告代表者を発明者と考え難いという判断の根拠が多数示されている。

これに対して,判旨抜粋では割愛したが,本件発明が本件特許の出願前から被告の工場で実施されていたとの被告の主張については,被告側の証言や設計図等の書面を詳細に検討して,これを認めている。

発明者性は,冒認出願による特許無効審判や特許権者の権利行使に対する特許無効の抗弁で争われるが,具体的事実に基づく詳細な立証が必要とされる。本件は原告側,被告側のそれぞれの立証に対する裁判所の判断が表れていることから,参考のために取り上げた次第である。

また,反訴では本訴の訴えが違法であるとして本訴被告は本訴原告に対して損害賠償を請求している。これに対しては,裁判所は最判昭63年1月26日の規範を用いて,原告代表者が被告の福島工場で本件発明を知得した上で本件特許を出願したこと,原告代表者が記憶違いや思い違いをして本件特許出願をしたとはいえないこと,本訴提起前に被告から冒認出願であるという指摘を受けながらあえて本訴提起に及んだこと,から,本訴の提起は,著しく相当性を欠くとして違法性を認めた。本件の事案に照らすと,正当な判断といえる。