1.       はじめに

契約違反に際して支払われるべき金額を事前に規定しておく「損害賠償額の予定/違約金」条項について、シンガポール上訴裁判所(Court of Appeal)による直近の裁判例「Denka Advantech Pte Ltd v Seraya Energy Pte Ltd [2020] SGCA 119」(以下「Denka」)が注目を集めています。判例主義のシンガポールでは英国やオーストラリアの裁判例が先例として参照される事例が多いものの、上記の条項に関しては、独自の路線を維持する旨を判示しました。海外取引を行う企業が、英文契約書において英国法系の法律を準拠法としている場合において、違約金・損害賠償額の予定に係る条項を規定する際には、契約準拠法に応じて、当該条項の規定内容について、これまで以上に慎重に検証する必要が生じます。

2.       違約罰の禁止を巡る英・豪・シンガポール法の相違点

(1) コモンロー契約法における「違約罰」の禁止

英国系の法制度(以下「コモンロー」)を採用する法域においては、契約不履行に対する補償は損害・損失相当額の損害賠償・補償によってなされるべきとの原則の下、伝統的に、当事者間の合意により契約不履行を牽制するための制裁金(penalties。以下「違約罰」)を課すことを禁じてきました。これに対し、損害賠償額を事前に合意しておくことは、「損害賠償額の予定」(liquidated damages)として認められています。実務上は、契約書における「違約金」「損害賠償額」などの一定金額の支払い合意に係る条項について、裁判所が「損害賠償額の予定」であると認定すれば同条項は有効であり、当事者を拘束することになります。他方、裁判所が当該条項を「違約罰」にあたると認定すれば、法域により、同条項は無効となるか(英国・シンガポール)、より低い金額を定めた条項として読み替えられます(オーストラリア)。

違約罰の禁止ルールを確立したのは、英国の最上位司法機関(当時)である貴族院による1914年の「Dunlop Pneumatic Tyre Company, Limited v New Garage and Motor Company, Limited [1915] AC 79」(以下「Dunlop」)という裁判例で、違約罰と損害賠償額の予定のいずれに該当するかの判断にあたっての次の4つの指針を定めました。

1. 判断の方法(違約罰に該当するかの判断は、契約書上の文言のみによってではなく、その内容によって質的に判断されること。)

2. 両制度の趣旨の相違(違約罰の本質は違反者に対する制裁を目的とした規定であり、損害賠償額の予定の本質は将来生じうる損害の事前における算定・予測であること。)

3.    契約解釈の問題(上記の判断は、不履行時点ではなく、契約締結時点における各契約の周辺状況及び契約条件に従って判断されるべき、契約解釈の問題であること。)

4.    解釈指針

(a)  不履行により想定される損害の最大値に照らした場合に、度を超えて高額な(extravagant and unconscionable)金額は、違約罰であると判断される。

(b)  不履行が金銭の不払いのみであるにも関わらず、かかる不払い額を超える支払いを定めるものは、違約罰である。

(c)  深刻度が異なる複数の不履行に対して定額の支払いを定めた場合、違約罰であるとの反証可能な推定を構成する。

(d)  将来生じうる損害の事前における算定・予測が困難であることのみをもって違約罰と判断されることはない。

 

上記のアプローチは、世界の英国法系の法域において、以来100年以上にわたり採用されてきました。

(2) 英国及び豪州における裁判例の発展

オーストラリア最上位の裁判所である豪州高等裁判所は2012年、裁判例「Andrews v Australia and New Zealand Banking Group Limited (2012) 247 CLR 205」(以下「Andrews」)において、違約罰の禁止ルールの適用範囲が契約不履行についての規定に限定されない、との画期的な判断を下しました。かかる判例に従った場合、違約罰の禁止ルールが当事者による債務不履行があったか否かにかかわらず適用されることから、例えば「事象Xが生じた場合、当事者Aは当事者Bに金員Yドルを支払う」という契約条件についても、事象Xを発生せしめることが当事者Aの契約上の義務とされているか否かを問わず、事象Xの発生の結果、当事者Bが被ると想定される影響に応じて金員Yの額を規定することが求められることとなります。

これに対し、英国の最高裁判所は2015年、裁判例「Cavendish Square Holding BV v Makdessi [2016] AC 1172」(以下「Cavendish」)において、オーストラリアのAndrews事件における判断を批判し、英国法(イングランド法)の下では、引き続き、違約罰の禁止ルールの適用が、契約不履行について当事者が合意する違約金額等に限定されることを確認しました。一方で、Dunlop事件の指針を1世紀ぶりに見直し、違約罰への該当性の判断の基準として、以下を判示しました(参考訳。強調は筆者らによる。)。

検討の対象となる条項が、一次的義務の履行について非不履行当事者が有する正当な利益に比して、全く均衡を欠いた形で契約不履行当事者に不利益を課す、副次的義務であるか否か。

Whether the impugned provision is a secondary obligation which imposes a detriment on the contract-breaker out of all proportion to any legitimate interest of the innocent party in the enforcement of the primary obligation.

 

Dunlop事件の第2指針では、合意された金額が将来生じうる損害・損失の事前における算定・予測であるか否かを違約罰の該当性の基準としていましたが、Cavendish事件はこれに代わり「非不履行当事者の正当な利益に比して全く均衡を欠いているか否か(out of all proportion to any legitimate interest of the innocent party)」という新基準を用いることを明らかにしました。かかる新基準に従えば、不履行から想定される損害・損失額を大幅に上回る違約金額条項であっても、非不履行当事者の事業状況などを理由として、非不履行当事者の正当な利益と一応均衡していると言える状況にあれば、許容され得ることになります。この「Cavendishテスト」はその後、オーストラリアやニュージーランドの最上位裁判所によっても用いられ、これらの各国における判例となっています(詳細は、それぞれ「Paciocco v Australia & New Zealand Banking Group Ltd (2016) 258 CLR 525」及び「127 Hobson Street Ltd v Honey Bees Preschool Ltd (2020) 20 NZCPR 840」を参照。)。

(3) シンガポール上訴裁判所(Court of Appeal)判決

Denka事件は、シンガポール上訴裁判所が、上述の他法域における裁判例の発展を検証した上、独自の判断を下した裁判例であり、同判例に従ったシンガポールにおける違約罰の禁止ルールの適用範囲・判断基準は、オーストラリアとも、英国とも異なることとなります。

まず、オーストラリアとの差異について、同判例は、Andrews事件における判示である、違約罰の禁止ルールの適用範囲の拡大については、これを否定し、英国法の立場と同様に、契約不履行時の支払いを定めた条項にのみ適用されることを確認しました。契約不履行以外の条件をトリガーとする一方当事者から他方当事者への支払い義務は、契約上の「一次的義務(primary obligation)」であり、契約自由の原則に従い当事者間合意に委ねられるべき、というのが主な判断理由です。これに対し、「副次的義務」(secondary obligation。一次的義務の不履行に伴い相手方当事者に賠償する義務。)の内容について判断することは本来、裁判所の職責であり、これを当事者間の違約金に係る合意により代替する場合には、裁判所はこれを監督する責任を負う、という整理により、契約不履行時の違約罰の禁止ルールが適用される根拠を説明しました。

次に、英国との差異について、Denka事件では、シンガポール法の下では、英国のCavendishテストを採用しない旨も明らかにされています。かかる判断に至った理由として、同テストの中核をなす「正当な利益」との概念が曖昧に過ぎ、裁判所が違約罰か否かの判断に際して、一方当事者の事業状況などまでを考慮に入れることを許せば、契約の確実性が損なわれるという点が挙げられています。したがって、シンガポール法の下では、Dunlop事件の4指針が参照され、引き続き、違約金の合意が、将来発生し得る損害・損失についての契約締結時における算定・予測の性質であるか否かによって判断されることとなります。

また、Denka事件は、違約罰と認定された場合の当該条項の有効性について、英国と同様の立場を取ることを明らかにしており、違約金の合意を定めた条項は無効となり、損害賠償・補償義務の有無及び金額については(合意がなかった場合の)一般法理に従って判断される旨を判示しました。なお、かかる英国及びシンガポールにおける帰結とは異なり、オーストラリアでは、違約罰と判断された場合でも、当該条項は無効とはならず、裁判所が、当該条項の違約金の合意金額を適正な金額まで引き下げて読み替えた上で、かかる条項を適用することとなります。

「違約罰の禁止」ルールについてのコモンロー主要法域の比較

3.       まとめ

シンガポール法の下では、違約罰の禁止ルールの適用を、当事者による契約不履行時の支払いを定めた条項のみに限定した上で、その判断基準についても、正当な利益との均衡という適用範囲の拡大を招く可能性のある基準を採用せず、従来通りの判断基準を維持することによって、当事者間合意への裁判所の介入機会を制限し、介入が認められる場合も、裁判所の裁量範囲をより狭めることで予見性を高めようとする姿勢がうかがわれます。

コモンロー契約法の主要ルールは判例法に基づいており、他法域において画期的な判断がなされた場合には、「拘束力はないが、説得的価値を有する」との原理の下、国境を越えてその採用の可否が検討されます。この仕組みによりコモンロー法域を通じて適用ルールの緩やかな共通性が確保されていますが、上述の通り、違約罰の禁止ルールに関しては、2012年以来の一連の裁判例の発展により、適用範囲及び判断基準に主要法域ごとの差異が生じていますので、準拠法の選択と契約条項のドラフティングに当たっては十分な留意が必要になります。違約罰の禁止ルールは、日本法との差異が著しい論点であり、紛争の帰結に重要な影響を与える可能性がありますので、英国法系の法律を準拠法とする英文契約の「損害賠償額の予定/違約金」条項については、特に慎重な起案や検証が求められます。