1. はじめに

2022 年 3 月 8 日、国会に民事訴訟法等の一部を改正する法律案が提出されました 。その内容は、民事裁判手続の IT 化を主としたものですが、その他にも民事裁判実務に影響のある重要な改正が含まれています。本ニューズレターでは、そのうち、特に重要な改正項目をご紹介します。

2. 民事裁判手続の IT 化

(1) 経 緯 

日本の民事裁判手続の IT 化は、先進国間で比較すると非常に立ち後れています。2004 年には、民事訴訟法に、裁判書類のオンラインによる提出のための規定(現 132 条の 10)が置かれ、札幌地裁において、オンライン申立てシステムが試行されましたが、実務に定着することなく 2009 年 3 月に運用が停止されました。そのような中、2017 年 6 月、「未来投資戦略 2017」が閣議決定され、その中で民事裁判手続の IT 化が重要な政策課題の 1 つと位置付けられ、その実現のための検討が行われてきました。その結果、民事裁判手続の IT 化が段階的に進められることとなり、具体的には、まずは法改正が必要なく運用で実現できるものとしてウェブ会議を利用した手続が進められてきました 。また、2022 年 2 月からは、mintsと呼ばれるインターネットを利用した民事裁判書類の電子提出システムによる裁判書類の提出が、一部の庁において開始されるに至っています。そして、裁判手続の IT 化をさらに進めるための次のステップとして法改正が必要なものに取り組むこととなっていたことから、法制審議会-民事訴訟法(IT 化関係)部会における、2020 年 6 月から 2022 年 1 月までの 23 回にわたる審議を経て、今般、民事訴訟法等の改正法案が国会に提出されるに至りました。

(2) ウェブ会議を利用した裁判手続の実施 

上記のとおり民事裁判手続の IT 化は、2020 年からの新型コロナウィルスの流行とは関係なく進められていました。ところが、期せ ずして新型コロナウィルスの流行という事態となり、人流の抑制が大きな課題となったことから、それまでは余り使われてこなかっ たウェブ会議システムを利用した弁論準備手続、書面による準備手続、進行協議期日が裁判手続において頻繁に開催されるようになりました 。しかし、弁論準備手続や進行協議期日でウェブ会議システムを利用するには一部の当事者の出頭が必要とされ(現 170 条 3 項、民事訴訟規則 96 条 1 項)、書面による準備手続ではこのような要件が課されないものの書証の取調べができないといった不便がありました。

改正法案においては、ウェブ会議による口頭弁論(案 87 条の 2 第 1 項)、弁論準備手続(案 170 条 3 項)、書面による準備手続(案176 条 2 項)の規定が整備されています。特に口頭弁論期日がウェブ会議で開催できるようになるのは画期的なことです。この手続は、裁判所が現実の法廷を使用して手続を実施することで、公開原則は満たすと考えられています。他方で、口頭弁論期日の    インターネット中継に関しては、慎重な意見があることを踏まえ明文の規定は置かれませんでした。また、弁論準備手続については、法案では一方当事者の出頭の要件が撤廃され、進行協議期日も同様に最高裁判所規則が整備される予定であり 、合理化が図られることになります。

また、改正法案は、ウェブ会議による尋問が実施可能な要件が緩和されました。1996 年の新民事訴訟法制定時に、一定の要件の下でのテレビ会議システムによる尋問の制度(現 204 条)の規定が設けられましたが、改正法案の下では当事者に異議がなければウェブ会議による尋問が可能となったため(案 204 条 3 号)、この手続がより広く利用可能となります。裁判所が相当と認めれば、当事者の意見を聴いて、裁判所外でウェブ会議を用いた尋問もできるとされています(案 185 条 3 項)。

その他、審尋(案 87 条の 2 第 2 項)、参考人及び当事者の審尋(案 187 条 3 項・4 項)、和解の期日(案 89 条 2 項)、通訳(案 154 条2 項)等も、ウェブ会議を用いて実施できるように整備されています。

(3) 訴訟記録の電子化

現在、当事者が裁判所に提出する裁判書類のほか、裁判所が作成する調書、呼出状、判決書等は、全て物理的な「紙」で作成され、保管・管理されてきました。改正法案では、これらの訴訟記録を電子化することを想定し、それに伴う各種の手続が整備されています。

まず、弁護士が訴訟代理人として訴訟を遂行する場合、弁護士は裁判書類の電子提出が義務化されます(案 132 条の 11 第 1 項1 号)。また、電子判決書の導入(案 252 条 1 項)、電子呼出状による期日の呼出し(案 94 条 1 項 1 号、2 項)、電磁的記録の送達(案 109 条、109 条の 2)・公示送達(案 111 条)等について規定が置かれています。送達は、原則は電磁的記録を出力した書面で行うとされていますが(案 109 条)、電子情報処理組織による送達を受ける旨の届出がされていれば、当該方法による送達が可能となります(案 109 条の 2 第 1 項)。ただし、上記のとおり電子提出が義務化される弁護士については、当該届出がされていなくても電子情報処理組織による送達が可能とされています(案 109 条の 4 第 1 項)。

訴訟記録の閲覧謄写等は、これまでは当事者であっても裁判所に足を運ぶ必要がありましたが、訴訟記録の電子化に伴い、当事者及び利害関係を疎明した第三者は、電磁的訴訟記録を裁判所外の端末から閲覧及び複写することが可能となります(案 91条の 2 第 2 項)。他方で、利害関係のない第三者については、立案の過程での議論の末、裁判所外の端末からの訴訟記録の閲覧の規定は設けられませんでした。

3. 迅速な裁判手続 

消費者団体等の反対の意見も出されましたが、裁判の IT 化の立法を契機に、IT 化時代の新しい審理モデルとして、「法定審理期 間訴訟手続」と呼ばれるファスト・トラック手続が創設されています(案 381 条の 2 第 1 項)。ただし、消費者契約に関する訴えと、個別労働関係民事紛争に関する訴えは除外されています。この手続を利用するためには、当事者双方の申立て、又は一方の申立   てと他方の同意が必要となります(同 2 項)。この手続を行う決定がされた場合は、2 週間以内に口頭弁論等の期日を指定し(案381 条の 3 第 1 項)、6 か月以内に弁論を終結して 1 か月以内に判決がされることになっており(同 2 項)、迅速な裁判を受けることが期待できます。判決については、却下判決以外は控訴できませんが(案 381 条の 6)、判決の送達から 2 週間以内に異議の申立てができ(案 381 条の 7 第 1 項)、異議があれば通常の手続に復することとされています(案 381 条の 8 第 1 項)。

4. 秘密の保護手続 

当事者及びその法定代理人につき、住所、居所、氏名等を他方当事者に対しても秘匿することができる手続が新たに設けられています(案 133 条 1 項)。従来の閲覧謄写等制限の制度の下では、閲覧謄写等制限決定の対象となった情報も、相手方当事者には開示されていましたが、この秘匿手続の下では他方当事者に対しても秘密が保護されることになります。典型的には、DV 被害者や性犯罪被害者が加害者に対して訴えを提起するような場面が想定されています。秘匿決定によって他方当事者の攻撃防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合について配慮する規定も置かれています(案 133 条の 4 第 2 項)。

また、従来の閲覧謄写等制限制度が整備されました。例えば、第三者が補助参加を申し立てることで、閲覧謄写等制限の対象とされた情報を濫用的に閲覧しようとする例に対応する規定が置かれています(案92 条6~8 項)。また、最高裁判所規則において、閲覧謄写等の制限の対象部分を除いた文書を作成及び提出する義務が、当該制限の申立人に課される予定です 。

従前、閲覧謄写等制限制度で対象となるか疑義があった和解条項の定めに係る部分等に関して、当事者及び利害関係人以外は閲覧ができないとされたことも実務上注目されます(案 91 条 2 項)。

5. その他

その他、各種規定の整備がこの機会に行われています。全てを取り上げることはできませんが、これまで期間制限がなかった訴 訟費用額の確定の申立ての期間を 10 年に制限する規定(案 71 条 2 項)、準備書面の提出・証拠の申出の期限が遵守できなかっ た場合の理由の説明義務の導入(案 162 条 2 項)等が、実務的には目を引きます。

6. 今後の展望及び課題

本法案が法律として成立し、施行されれば、裁判手続の IT 化が急速に浸透していくことになるでしょう。新型コロナウィルスの流行の中でウェブ会議を利用した手続が普及し、移動の時間が不要となること等から、日程調整がし易くなったという声が既に聞か  れていますが、書面の電子提出や口頭弁論期日を含むウェブ会議が一層広まることになり、民事裁判の効率化・迅速化が期待さ   れるところです。また、既に、争点整理等において、三者間で画面を共有しながら協議が行われるなど、実務で工夫が始まっていますが、このような実務上の対応も一層行われていくことになると思われます。家事事件手続や民事保全・執行・倒産手続等の   IT 化についても検討が進められているところです 。

なお、裁判手続の IT 化は、国境を跨ぐ裁判の場合にも有用なはずです。例えば外国に所在する証人について、ウェブ会議で証人尋問を行うことができれば、裁判所や当事者にも便宜となりますが、裁判手続が日本の主権行使の一内容であるため、このように外国に所在する当事者に裁判権の行使を行うことが、当該外国国家の主権の侵害とならないかという観点から、議論が分か   れています。今般の民事訴訟法改正と並行してこのような問題に関して法務省が設置した「IT化に伴う国際送達及び国際証拠調べ検討会」において 2020 年 7 月から 2021 年 2 月まで 7 回にわたり議論され、2021 年 4 月には「IT 化に伴う国際送達及び国際証拠調べ検討会に関する取りまとめ」が公表されており、多くの問題について議論の整理がされています。