I. はじめに

第1回目の前稿では、英国や欧州におけるESG問題の法的位置づけと、それに絡む法体制の発展、在欧企業としての対応が求められるESGリスク防止措置とその法的責任についてお伝えしました。第2回目の本稿では、企業が自社にかかるESGリスクを回避するために、どのように防止措置を講じていくべきかについて説明します.

II. ESGの自社的基準(リーガルベースライン)とは

企業やステークホルダーにとってESG問題への注目度は一層高まっており、ESGに絡む法規制の発展に伴い、企業は、自社が晒されうる法的リスクの管理やステークホルダーや一般社会から求められるESG対応を確実にするため、ESG管理とそのパフォーマンス(実行性)を企業経営の戦略に組み込み、対応する必要があります. 一方で、実務的には、企業は組織として晒されうるESGリスクを理解し、その管理に乗り出すなかで、多くの課題に直面しています。ESG管理が一筋縄ではいなかい背景には、大きく三つの原因が考えられます.

まず第一に、ESGの重要なテーマは一般的に七つ(第1回Ⅱを参照)に分類されており、その範囲は環境問題から人権保護、会社ガバナンスにまで、広く及んでいることです。これらの各ESGテーマがさまざまな問題を抱えているうえに、人々のESG問題への意識が高まるごとににさらに新たなESG問題が生まれ、その対応を求められたりと、ESGテーマは常に広がり続けています.

第二に、ESGに絡む法的リスクは、法律はもとより満たすべき基準、開示報告義務、コンプライアンス管理、民事責任や刑事責任、行政処分などさまざまな要因により発生し、企業は、自社に課される特定の法的義務やコンプライアンス基準についてはもちろん遵守することが求められるということです。また、持続可能性に関する主張については、グリーウォッシング(ごまかし)を懸念する管轄(規制)当局により、その監視の目がより一層厳しくなっており、グローバル企業はESG問題に起因する訴訟を提起されることにより、自社の事業が環境や社会に与える影響に対する責任を問われることが多くなっています.

第三に、ESG問題に絡み企業が晒されうる法的リスクは、ステークホルダーが世界の動向から新たなESG問題を学び、自らが関与する地域へ新しい原則として落とし込み、適用するため、非常に早いスピードで進化を続けているということです.

ESG問題に絡む法的責任を回避するためには、適用される法的基準をすべて遵守し、グリーンウィッシングと当局に判断される事態や訴訟リスク、社会的信用の毀損から自社を守る措置を講じる必要があり、そのためには自社の「現在の状況」だけではなく「近い将来を含めた長期的な展望」を見通し、晒されうるリスクを予想することが求められます。ここで重要なのが、ESGリスク防止を目的とする自社の基準(以下、「リーガルベースライン」といいます)を策定することです。しかしながら、こうしたリーガルベースラインを策定し、適宜更新し続けることは、実務的に容易なことではありません.

このような事情からも、リーガルベースラインの作成には画一的なアプローチは存在しないことがおわかりいただけると思います。そのため、企業は

  • 自社の業種
  • ビジネスを展開する国
  • 自社の事業や活動内容
  • 製造物の性質
  • 製造に伴い使用する原材料やその調達先・調達方法

など、さまざまな要因を考慮し、自社事業の観点から

  • 優先すべき主要なESGテーマ
  • 晒されうる法的リスク
  • 遵守すべき規制

を分析する必要があります.

多様なESG問題を管理する方法として、自社のビジネスに最も関連し影響を与えうるESG問題を洗い出し、そこへ焦点を当てる方法が挙げられます。 実際に当事務所が関与した案件の一つでは、社内外のステークホルダーにとって最も重要視され、影響を与えると考えられるESGテーマを明らかにするための重要性評価を実施し、数多のESGテーマの中から「より優先して対策を講じるべき問題」を決定しました。これにより、その問題に絡む会社の現状と法令・コンプライアンス遵守状況を把握できただけでなく、将来的に会社が晒されうる法的リスクについても評価することが可能となました。このような評価結果が、リーガルベースラインを設ける足がかりとなります。 会社として優先すべきESG問題を決定すると、次に、ジェネラルな法的リスクはもちろん、自社が属する産業分野特有の法的リスクに対しても指標を設け、それを広範なグローバルデータベースに照らし合わせて分析します。このように、現在適用される法的基準に加え、近い将来、企業が晒されうるリスクを考慮した指標を組み合わせることで、会社がビジネスを展開する特定の地域において重大な影響を及ぼすと考えられるESGリスクに防止措置を講じるためのリーガルベースラインを明確化することが可能となります.

2. 欧州における対応

ESGの法的リスク分析を事業戦略に組み込むことの重要性は、特にESGに関する法的義務の拡大が急速に進んでいる英国やEUにおいて、ますます高まっています。 サプライチェーン上の環境・人権に関連するリスクを洗い出すESGデューデリジェンスは、欧州におけるESG規制の中でより注目されている分野です。欧州委員会は、サプライチェーン全体に絡む環境および人権への影響に関するデューデリジェンスと、その結果に基づくリスク分析により、ESGリスクの回避・軽減策を講じ、報告することを企業に義務づける「コーポレートサステナビリティ・デューデリジェンス指令案(CSDD指令案)」を導入することを加盟国に提案しています。このような法制化の動きからもわかるように、サプライチェーンに対するESGデューデリジェンスを求める動きが急速に進んでいることは確かです.

英国・欧州の各国レベルでの具体的な対応には、たとえば以下が挙げられます.

(EU)

  • 紛争鉱物の調達について、EUでは「紛争地域及び高リスク地域を原産とする錫、タンタル、タングステン、それらの鉱石、及び金のEU輸入者のサプライチェーン・デューデリジェンスを定める欧州議会及び欧州理事会規則」(紛争鉱物規則)が施行され、多くの国でも規制の対象とされている。
  • 欧州委員会では加盟国に対し、バッテリー規制の改正案にもみられるような原材料にかかる製品固有のデューディリジェンスを提案している。

(ドイツ)

  • 2023年1月より「サプライチェーンにおける企業のデューデリジェンスに関する法律」が施行される予定である。

(英国)

  • 森林リスクコモデティに関する枠組み(英国環境法のセクション116およびスケジュール17を参照)が制定されている。

(その他)

  • ノルウェー、スイス、オランダなどの国々においても、サプライチェーンとデューデリジェンスに絡む法案の検討が進行中である。

III. 自社のESG戦略の屋台骨を策定する

ここまでご紹介したとおり、企業が晒されうるESGリスクと優先順位を評価する際には、自社の直接的な事業の影響のみならず、事業の連鎖の川上から川下まですべてを含めた「バリューチェーン全体」を考慮する必要があるということがおわかりいただけたと思います.

自社のサプライヤー(取引)条件を調整し、(自社にとって)重要かつ影響を与えるとされるESG問題に関する多岐にわたるデータを管理することは、膨大な時間と労力を要する作業となることが想定されます。しかし、自社のリーガルベースラインを設けることができれば、企業が自社のビジネスに絡む展開を予測することができますし、さらにサプライチェーン上のESG管理プロセスを構築することで、ESG法的リスク管理の実現が可能となります.

なお、ESGの規制的観点を超えたさらなる課題として、「グリーンウォッシング」に代表されるようなESG関連訴訟が挙げられます。NGOや消費者、投資家、従業員などのステークホルダーによる、さまざまなESG問題に対する企業への期待や要求は今も高まり続けています.

ESGの法的リスク管理戦略において、ESG関連規制の概要とその変更を把握することはもちろん重要ですが、自社にとって優先すべきとされるESG問題が絡む訴訟リスクについても、係争中の訴訟案件や世間の動向をモニターし続ける必要があります。当事務所では、世界中にオフィスを構えることから、そのネットワークを利用してグローバルなESG判例動向を把握し、地域性や業界固有の事情により晒されうるリスクをクライアント企業のビジネスに則して選別し、情報を提供することによって、各社におけるリーガルベースライン構築の際の一つのファクターとして活用しています.

ESGパフォーマンスに対する期待は、同業他社の動向や市民社会からの圧力、自主的なコミットメントや基準の策定、企業内の優先度によって生じており、各企業のESG問題への対応が、資金調達や会社の社会的評価、従業員エンゲージメント、消費者の選択など、企業経営のさまざまな面へ影響を与えることがわかってきています。 このような時代の潮流に乗り、ESGトレンドの流れを掴んで競争優位を達成し、会社の社会的信用やブランド・イメージを守りながら潜在的な法的リスクを回避するためには、自社のESGリスクと会社として優先すべきESG問題とを総合的に判断する必要があります。その意味で、リーガル・ベースラインは、企業としてのESG戦略を展開するプロセス全体において重要な柱となります.

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The above article was published in the Business & Law on September 13, 2022.