欧州委員会は、2021 年 7 月 8 日、ダイムラー、BMW、及びフォルクスワーゲングループ(フォルクスワーゲン・アウディ・ポルシェ からなる。以下「VW」という。)が、ディーゼルエンジン乗用車の排ガス浄化技術に関するカルテルを行っていたとして、カルテルを 自主申告したダイムラーを除く、BMW 及び VW に対する制裁金支払命令を発出した。

本件は、技術開発の制限を理由としてカルテル違反が認定された、EU における初めての事例であるとともに、世界的にも類似 例の少ない先駆的な事案と思われる。また、環境に悪影響を与えるカルテルであり、目下欧州委員会が推進するグリーンディー ル政策に反するものである点も注目される。以下、本件の経緯、欧州委員会決定の概要を述べ、本件の特徴及び今後への示唆 を考察する。

1. 本件の経緯  

主な時系列は下表に示したとおりである。欧州委員会は、遅くとも 2017 年 10 月には調査を開始し、2021 年 7 月 8 日、BMW 及 び VW に、選択触媒還元脱硝装置(詳細は後記)に関する技術開発及びその実用化についてのカルテルを行ったとして、冒頭で述 べた制裁金支払命令を発出した 1 。

2. カルテル違反認定  

制裁金支払命令において認定された、TFEU101 条(競争制限的協定等の禁止)に反する事実は以下のとおりである。 

  • ダイムラー、BMW、及び VW(の構成3社)は、選択触媒還元脱硝装置に関する技術開発について話し合うため、“Circle Five”と呼ばれる定期会合を開催していた。
  • ここで、選択触媒還元脱硝装置とは、AdBlue と呼ばれる尿素水を、ディーゼルエンジンからの排気ガスの流れに注入するこ とで、排気ガスから窒素酸化物を除去するものである(下図参照 5 )。

  • ダイムラー、BMW、及び VW(の構成3社)の合計 5 社は、この定期会合において、5 年余りにわたって、より高度な技術を利 用できたにもかかわらず、法律で求められる以上の水準で窒素酸化物を除去することをせず、環境汚染の程度の小ささとい う品質をめぐって競争するのを避けることに合意していた。
  • 具体的には、車両に搭載する AdBlue のタンクサイズ及び AdBlue の補充を求める水準について合意するとともに、今後の 自動車モデルにおける AdBlue のタンクサイズ及び AdBlue の補充を求める水準、及び AdBlue の平均予想消費量について の機微情報を交換していた。
  • また、これら 5 社は、多くの自動車モデルにおいて、特定の運転状況の下では、より多くの AdBlue を投入すれば窒素酸化 物をより効率的に除去できることを認識していた。そして、法律の定めを上回る水準で窒素酸化物除去を行うことは、技術的 に可能であると分かっていた。しかし、本件 5 社は、法律の定めを上回る水準で窒素酸化物除去を行わないことについて共 謀し、将来のそれぞれの市場行動についての不確実性をなくした。そして、この行為は、2009 年 6 月 25 日から 2014 年 10 月 1 日まで継続した。
  •  これは、需要者にとって意味のある(relevant)な製品特性をめぐる競争を制限する協定であり、TFEU101 条(1)(b)が禁止す る技術開発の制限、しかもまさに競争制限を目的として(by object)締結される協定に該当する。

3. 制裁金の算定  

違反行為が行われた期間の最終年度(1 年間が丸ごと含まれる最後の年度)である 2013 年度における、選択触媒還元脱硝装 置を搭載したディーゼルエンジン乗用車の、欧州経済領域(EEA)内売上高をもとに、制裁金額が算出された。その上で、各社がカ ルテルへの関与を認め、かつ調査に協力したこと等を理由に減額を行い、BMW に約 3 億 7,000 万ユーロ(約 488 億円)、VW に約 5 億 200 万ユーロ(約 657 億円)の制裁金を課した。ダイムラーは、欧州委員会にカルテルを自主申告したために、制裁金を免除さ れた。

4. 「技術開発の制限」に該当するカルテルに対する競争法の執行  

技術開発に競争者が共同で取り組むことで、能力を相互に補完して先端技術の開発が可能となったり、また最新技術の市場投 入が早まったりする等、市場の競争を促進し、需要者の便益を増進する効果が得られることも多い。このような競争促進的な共同 研究開発を奨励すべく、EU においても、一定の要件を満たす共同研究開発について、TFEU101 条の適用除外規定が設けられて いる 6 。これにより、需要者にとって有益な共同研究開発の実施が促進されている。

他方で、本件は、研究開発にまつわる共同行為の中で行われた競争者間での技術競争の制限合意が、TFEU101 条に違反する とされた事例である。通常であれば上記のように正当化される余地もある技術の共同開発が、本件では、価格、数量、又は市場 シェアについてのカルテルではなかったにもかかわらず、技術開発の制限を理由としてカルテルと認定された、EU における初め ての事例である。本件では、カルテル参加各社において、一層の技術開発が技術的には可能であったにもかかわらず、法律の定 めを上回る水準で窒素酸化物除去を殊更に行わないことについて共謀したことが、カルテルとされたのである。

ここで、何が違法なカルテルとされる「技術開発の制限」の合意に当たるかは、技術の内容や合意に至る状況を踏まえた慎重な 検討が必要であるが、欧州委員会で競争政策を担当するマルグレーテ・ベステアー委員は、プレスリリース中で、カルテルとなる か、正当な行為とされるかの線引きについて「どのようなタイプの技術であれ、その技術についての潜在能力を最大限に活用する ことを制限する共同行為」は許容されないと述べている 7 。

しかし、この線引きは、必ずしも明確ではない。たとえば、共同研究開発において、特定の技術開発に注力し、他の技術の開発 には時間と投資を振り向けない旨の方針の合意をすることも、見方によっては、他の技術開発の制限に該当し得る(何をするかを 決めることは、他の何かをしないと決めることでもある。)。つまり、価格、数量、又は市場シェアについての制限という市場での弊 害が明白であるタイプのカルテルとは異なり、技術開発については、必ずしも、市場での競争促進効果をもたらす合意であるの か、それとも市場での競争制限をもたらす合意であるのか、明らかではない場合がある。もっとも、本件で共同研究開発参加者が 行った合意は、共同研究開発内容についての合意を超えて、各社独自の技術開発やその商業化までを制約したという点で、一線 を踏み越えた面はあるかもしれない。

本件の制裁金支払命令に関するプレスリリースにおいては、「技術開発の制限」に当たらない場合として、AdBlue フィルターネッ クの規格化、AdBlue の品質基準についての議論及び AdBlue 投入のためのソフトウェアプラットフォーム共同開発が挙げられてい るが、技術開発の制限に関するカルテルとして違反となる行為との境界線は、明示的には示されていないようにも見える。他方 で、このプレスリリースは、競争事業者間での標準化・共通規格の策定や、需要家の利便性を増すためのプラットフォームの構築 などは、正当化されるとしているように見えなくもない。少なくとも、世界的に広く行われている標準化や国際規格の導入の動き は、需要家の利益にも資するところが多く、そこまではそれが見せかけのようなものではない限り、制約されていないと解するべき であろう。 

かつて、環境規制対応は、非競争領域である法令遵守対応の一つでしかないと捉えられることもあったが、気候変動対策の重 要性等が広く認知された昨今、環境性能の高さは、法令で定めた最低ラインを満たすだけではなく、環境によいほど消費者への 訴求力が高いという製品品質の一環、すなわちれっきとした競争変数として認識されつつある。「環境性能」にまつわる競争をい かにして促進していくか、また、実際にも競争促進的である共同研究開発等の取組みを、不当にカルテル認定してしまわないか、 競争当局には熟慮が求められるだろう。その意味で、本件は、共同研究内容についての範囲を超えた競争制限合意であったと整 理をし、また、その目的も技術競争を抑制することのみが目的であり、こうした合意の正当化理由が他に見つかりにくい事案で あったと整理できるように思われる。

もはや「環境分野であれば競争事業者間の共同行為が許される。」といった単純な理屈に基づいて競争法コンプライアンスを 行っているだけでは、違法なカルテルと認定されるリスクがあることが実例を持って示された。企業としては、競争事業者との共同 行為を実施するに当たって、その目的や、そこでもたらされる競争制限とそこで得られる社会的な便益(単に、競争しないことでコ ストをかけないで済むと言うものであってはならない)を慎重に検討し、競争法執行のリスクを吟味して、正当化され得るロジックを 用意した上で、実行に移すことが求められるだろう。