はじめに

医薬品分野において、革新的な薬品の研究開発には通常、大量の資金及び人的資源が投入され、数十億ドルの投資や数年に及ぶ実験・審査を経て初めて、その販売が可能となる。したがって、革新的な薬品は、知的財産権保護への依存度が非常に高い特殊分野である。知的財産権、特に医薬品関連特許の保護を強化してこそ、増え続ける革新的な薬品の開発を常に促し、人々の生命と健康に利益をもたらすことができる。

優れた治療効果を発揮する革新的薬品の核心は、例えば化学薬品における活性化合物。薬品活性化合物のスクリーニングは、革新的薬品の研究開発における最初の段階であり、研究開発では時間と資金の投入が最も多い段階の1つである。薬品活性化合物は医薬品の核心であり、新たな化合物の発見がなければ、革新的な薬品も生まれないと言える。これに対応して、化合物の特許も医薬品特許では最も初歩的な特許であり、医薬品特許における核心でもある。

同時に、医薬品分野の特許をめぐる係争も増え続けており、核心的特許である化合物特許が無効審判を請求される案件も、増え続けている。統計によれば、直近10年間に化合物特許が全部の無効を宣告された比率は34.29%であるが、この比率は欧米等の主要市場より高い。また、全部の無効を宣告された案件において、大多数の案件は化合物特許が進歩性を欠くことを理由に、無効を宣告されている。

このため、本テーマではまず、中国のここ10年来の化合物特許の無効宣告の審査及び無効紛争の行政訴訟の現状について統計及び分析を行い、欧米での実務と併せて、化合物の進歩性の問題におけるリード化合物の問題、構造修飾の動機及び示唆の問題、並びに実験データ補充の問題について主に比較分析し、対応する提案を示し、関係者のための参考とする。

第一部分 中国における化合物特許無効審判の統計分析

第一部分ではまず、中国における化合物の無効宣告審査及び無効紛争の行政訴訟について検索及び分析・統計を行う。

一.無効案件の検索及び分析の方法

国家知識財権局特許局 復審及び無効審理部のホームページの「口頭審理公告決定検索」システムにおいて医薬関連分野の国際分類番号(例えばC07D、A61K、A61P、C07C、C07F、C07K)を検索のキーワードとし2010~2019年(直近10年)の無効審決を検索するとともに、検索して得られた無効審決の中からさらに授権請求項の主題が医薬品分野の化合物に関わる無効審決を選別し、計35件の無効審決を得た。関連無効審決の基本情報は、下記表1を参照されたい。

1. 無効審決35件の基本情報

以上の情報に基づき、上述の35件の無効審決の本文について、無効理由、証拠、請求項の訂正、審判部の意見及び結論等を含め分析を行った。

二、無効案件全体の統計分析

  1. 無効審決の年度別分布状況

図1 無効審決の年度別分布状況

図1に示されているように、2010~2016年の間、化合物関連特許の無効案件は比較的少なかったが、2017年から化合物関連特許の無効案件数は顕著に増加しており、特に2018年の無効審決は13件に達している。

  1. 無効理由の分布状況

図2 無効理由の分布状況

図2に示されているように、化合物関連特許の無効案件での主な無効理由は、進歩性及び記載不備である。統計分析した計35件の無効審決のうち、進歩性の無効理由に関わる案件は24件で、70%近くを占めている。これは、化合物関連特許の無効審判において、進歩性が注目されていることを示している。また、記載不備に関わる案件も17件あり、50%近くを占めている。進歩性及び記載不備以外に、サポート要件、新規性及び新規事項追加に関わる無効案件は、6~10件である。最後に、数は少ないが、不明確及び他の無効理由(例えば実用性、法5条、法25条等)に関わる無効案件も存在する。

  1. 無効審決の結論の分布状況

注:以上の「無効率」の統計は全部無効及び部分無効の状況を含む。

図3 無効審決の結論の分布状況

図3は、各無効審決の結論(化合物関連請求項のみを対象)の分布を分析したものである。まず、計35件の無効審決のうち、特許権が維持された審決は22件、特許権が部分無効された審決は1件、特許権が全部無効された審決は12件であった。全部無効率は34.29%、部分無効率は2.86%である。

統計分析中に、一部の特許が複数の無効審決に関っている。対応する特許の無効率をより正確に表すために、案件毎に統計を行った(1つの案件が複数の無効審決に関わる場合も1つの案件とした)。その結果、上述の35件の無効審決は全部で28件の特許に関わっており、そのうち16件は特許権が維持され、1件は特許権が部分無効され、残りの11件は特許権が全部無効されていることが分かった。全部無効率は39.29%、部分無効率は3.57%である。このような観点で統計を行った無効率は、審決数で算出した無効率より高く、また、化合物特許が無効される比率をより正確に反映することができる。上述の無効率から分かったように、化合物関連案件は、無効審判において40%近くが全部無効されており、3.57%が部分無効されている。

また、化合物特許が主にマーカッシュの一般式構造及び具体的化合物であることに鑑み、保護する主題にさらに細分化して、その無効結論の分布を分析した。単一化合物の保護(即ち、1つの具体的化合物のみを保護)に関わる特許について、計19件の無効審決のうち、特許権が維持された審決は12件、特許権が全部無効された審決は7件であり、無効率は36.84%である。これに対し、マーカッシュの一般式又は複数の具体的化合物の保護に関わる特許については、計16件の無効審決のうち、特許権が維持された審決は10件、特許権が部分無効された決定は1件、特許権が全部無効された決定は5件で、全部無効率は31.25%、部分無効率は6.25%である。化合物請求項は一般的に各特許の核心を構成するものと考えられるが、その核心が単一の具体的化合物のみをカバーしている場合であっても、無効審判では依然三分の一を越える特許が無効されているのである。

最後に、当初の出願書類に技術効果を証明するための定量的な実験データがない特許について統計分析を行ったところ、データがない特許5件は、いずれも全部無効となっており、無効率は100%である。無効審判において進歩性を審査する際の予測外技術効果、及び上記効果に関する補充実験データについては、以下で詳細に説明する。

  1. 無効理由ごとの結論の分布

図4 無効理由ごとの結論の分布

図4から示されているように、無効審決に無効理由の分布は広範囲に渡っているが、主な理由はやはり、進歩性、記載不備及び新規性である。また、無効理由ごとに、特許権維持及び特許権無効の比率をさらに分析したところ、無効理由は主に、化合物に進歩性が欠如していることであることが分かった。合計13件の無効審決のうち、10件は請求項の進歩性の欠如が理由とされ、3件は請求項の新規性欠如、2件は明細書の記載不備が理由とされている。サポート要件違反、新規事項追加、不明確であるといった理由では、統計を行った範囲で特許権が無効されたもの1件もない。

しかしながら説明を加えるべき点として、以上の統計では、特許権者が無効審判中に請求の範囲を訂正した状況が考慮されている。無効請求人が提出したサポート要件や新規性等の無効理由に対し、特許権者が請求項を減縮した場合、最終的な無効審決には、訂正後請求項が対応する欠陥により無効であることは反映されていない。したがって、サポート要件や新規性のような無効理由は、特許保護範囲の減縮に対して、依然として顕著な意義を有する。

三、 中国裁判所の関連判決

  1. データ統計

関連データベースを利用し、医薬品分野の国際分類番号(例えばC07D、A61K、A61P、C07C、C07F、C07K)をキーワードに2010~2019年の無効審決取消訴訟を検索するとともに、検索して得られた結果の中からさらに、請求項が化合物に関わる判決を選別し、以下の判決を得た。

2

上記案件6組の結論をまとめると、下記の表が得られる。上記7組の審決取消訴訟において、ビルダグリプチン案件は、原告が訴訟請求を自主的に取り下げたため、実際は訴訟が行われなかった。

表3

(i)この6組の訴訟中、5組は二審裁判所に上訴され、うち2件は最高裁判所で再審された。実際には、我々が理解しているところでは、チカグレロル案件及びテノホビルジソプロキシル案件について、審判部は二審判決を受理後、最高裁に再審請求を提起したが、現時点では最高裁が受理するかどうかの裁定をまだ発行していなかった。この表の内容から、次のことが理解できる。

(ii)一審裁判所と審判部の結論は一致性が極めて高く、審判部の結論が覆された案件は1件もない。上訴された案件5件のうち、二審裁判所は4件の結論について判決を覆しており、判決が覆された比率は80%に上る。

(iii)再審手続きに入った2件の訴訟案件において、最高裁はさらに二審判決を覆し、審判部の審決を維持しており、最高裁が判決を覆す比率は100%である。

上記6組の審決取消訴訟の争点は主に進歩性であり、また、いずれも補足試験データが認めるかどうかの問題に関わっている。