【平成29年(行ケ)第10094号(知財高裁H29・10・24)】

【判旨】 本件商標に係る特許庁の無効2016-890051号事件について商標法4条1項15号の判断を誤ったことを理由として,取り消した事案である。 【キーワード】 豊岡柳事件,吉岡杞柳細工,地域団体商標,商標法4条1項15号

事案の概要

⑴ 被告は,下記本件商標の商標権者である(甲1)。 ⑵ 原告は,平成28年8月10日,本件商標について商標登録無効審判を請求した。 ⑶ 特許庁は,原告の請求を無効2016-890051号事件として審理し,平成29年3月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」という。)をし,同年4月6日,その謄本は原告に送達された。 ⑷ 原告は,同月29日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

 

本件商標

引用商標

争点

本件の争点は,多岐にわたるが,本件商標が,引用商標との関係で,商標法4条1項15号に該当するか否かである(その他の争点については,裁判所は判断していない。)。

判旨抜粋(証拠番号等は適宜省略する。)

⑴ 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。そして,上記の「混同を生じるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。

⑵ 商標の類似性の程度 ア 本件商標について

本件商標の外観は,「豊岡柳」の漢字を上段に,「Toyooka」の欧文字を下段に書し,これらの文字の間には横線が引かれ,その構成中の「柳」の文字の一部が縦に長く伸びている。・・・本件商標の外観は,上記のとおりであり,・・・本件商標からは,「トヨオカヤナギ」との称呼を生じる(なお,この点について,当事者間に争いはない。)。

 また,本件商標の上段は,「豊岡柳」という文字から構成されているところ,・・・「豊岡柳」という語から,「兵庫県豊岡市の柳(ヤナギ科ヤナギ属植物の総称又はシダレヤナギ)」という観念を生じる。また,後記⑶のとおり,「豊岡」は古くから柳細工(柳の一種であるコリヤナギ(杞柳)の枝を編んで行李や籠等を製作するもの。「杞柳細工」ともいう。)が盛んな地域であり,平成4年に,「豊岡杞柳細工」が通商産業大臣(現経済産業大臣)から伝統的工芸品に指定され,平成19年には,引用商標である「豊岡杞柳細工」が,原告又はその構成員の業務に係る指定商品(兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施したこうり,柳・籐製のかご及び柳・籐製の買い物かご)を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものとして,地域団体商標として設定登録されたことなどからすると,「豊岡柳」の語から,「兵庫県豊岡市で生産された柳細工を施した製品」という観念も生じ得るものといえる。 イ 引用商標について

引用商標の外観は,「豊岡杞柳細工」の漢字を横書きして成る。各文字の大きさ及び書体は同一であり,等間隔に,その全体が1行でまとまりよく表示されている。

  また,引用商標は,その構成の全体から,「トヨオカキリュウザイク」の称呼を生じる。 ・・・引用商標は,その構成の全体から,「兵庫県豊岡市で生産された杞柳細工を施した製品」という観念が生じるほか,兵庫県豊岡市で生産された杞柳細工を施した製品に係る原告の伝統的工芸品ないし地域ブランドという観念も生じる。 ウ 本件商標と引用商標の対比 以上のとおり,本件商標と引用商標は,外観及び称呼において類似するとはいえないものの,本件商標をその指定商品に使用した場合は,「兵庫県豊岡市の柳」という観念だけでなく,「兵庫県豊岡市で生産された柳細工を施した製品」という観念も生じ得るものである。そして,その場合には,本件商標の観念は,引用商標から生じる観念と類似するものということができる。 ⑶ 引用商標の周知著名性及び独創性の程度 ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (中略)

(ウ) 平成18年4月1日,地域団体商標制度が導入されたことから,原告は,別紙引用商標目録記載のとおり,「豊岡杞柳細工」の文字からなる引用商標を出願し,平成19年3月9日,指定商品を兵庫県豊岡市及び周辺地域で生産された杞柳細工を施したこうり,柳・籐製のかご及び柳・籐製の買い物かごとする地域団体商標として,設定登録を受けた。(甲2)

なお,地域団体商標の制度は,従前,地域の名称と商品(役務)の名称等からなる文字商標について登録を受けるには,使用により識別力を取得して商標法3条2項の要件を満たす必要があったため,事業者の商標が全国的に相当程度知られるようになるまでの間は他人の便乗使用を排除できず,また,他人により使用されることによって事業者の商標としての識別力の獲得がますます困難になるという問題があったことから,地域の産品等についての事業者の信用の維持を図り,地域ブランドの保護による我が国の産業競争力の強化と地域経済の活性化を目的として,いわゆる「地域ブランド」として用いられることが多い上記文字商標について,その商標が使用された結果自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは,商標登録を受けることができるとするものである。また,地域団体商標は,事業者を構成員に有する団体がその構成員に使用をさせる商標であり,商品又は役務の出所が当該団体又はその構成員であることを明らかにするものである。 (中略)

イ 前記アの認定事実によれば,豊岡杞柳細工は,豊岡地方において古くから製作されてきたものであり,経済産業大臣により伝統的工芸品に指定され,「豊岡杞柳細工」という引用商標が,地域団体商標として設定登録されているものである。 また,引用商標を付した原告商品は,豊岡地方に所在する店舗やミュージアム等の施設で展示・販売されるほか,東京都内の百貨店等で展示会を開催し,インターネットを介した通信販売をするなどして,豊岡地方以外でも販売されている。さらに,原告商品は,伝統的工芸品に指定され,地域団体商標の登録を受けていることから,経済産業省がそれぞれ年1回発行する冊子に毎年掲載されているほか,多数の書籍,雑誌,テレビ等において,豊岡地方の伝統的工芸品であることや,その歴史,製法,特徴等が紹介されている。これらの事情を考慮すると,引用商標を付した原告商品は,本件商標の登録出願時及び登録査定時において,原告又はその構成員の業務を示すものとして,需要者の間に広く認識されており,一定の周知性を有していたものと認められる。

 なお,引用商標は,地域の名称である「豊岡」と商品の普通名称である「杞柳細工」を普通に用いられる方法で表示する文字のみからなる地域団体商標であるから,その構成自体は,独創的なものとはいえない。

⑷ 商品の関連性その他取引の実情 ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア)・・・被告は,平成20年に,伝統的工芸品の作り手とデザイナーやプロデューサーなど様々な分野の専門家が交流を図り,パートナーを選択して新商品開発研究を行って試作品を作り,発表し意見を求める展示会に参加する本件事業に加わり,原告のパートナーとなったが,新商品の開発には至らず,同事業は終了した。

 しかし,被告は,杞柳細工に商品価値を見出したことから,平成22年に本件商標を出願し,平成23年に本件商標の設定登録を受けた。そして,被告は,本件商標を付した柳細工のかばん(バッグ,アタッシュケース等。以下,被告の販売する上記かばんを総称して「被告商品」ということがある。)の製造を開始した。

(イ) 被告商品は,豊岡地方のほか,京都府に所在する被告の店舗や百貨店等で販売されている。・・・ さらに,被告商品は,被告が開設したウェブページや他のインターネットのサイトを介するなどして,通信販売も行われている。 (ウ) 被告が作成した被告商品のパンフレットや,被告商品の展示会を紹介するウェブページには,本件商標及び被告商品の写真が掲載されている。そして,上記パンフレット等に掲載された被告商品の写真は,原告のパンフレット等に掲載された,原告商品である杞柳細工のかばん類や籠類と外観が類似するものも少なくない。

イ 本件商標の指定商品は,第18類「皮革,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,かばん金具」である。一方,前記⑶のとおり,原告商品は,引用商標の指定商品であるこうり(第18類),かご及び買い物かご(第20類)のほかに,ハンドバッグ,アタッシュケース等のかばん類も含むものである。 したがって,本件商標の指定商品と原告商品とは,商品の用途や目的,原材料,販売場所等において共通し,同一又は密接な関連性を有するものであり,取引者及び需要者が共通する。

また,前記アのとおり,被告商品のパンフレット等に掲載されている被告商品の写真は,原告商品と外観が類似するものも少なくない。そして,本件商標の指定商品である「皮革,かばん類,袋物,携帯用化粧道具入れ,かばん金具」が日常的に使用される性質の商品であることや,その需要者が特別の専門的知識経験を有する者ではないことからすると,これを購入するに際して払われる注意力は,さほど高いものではない。 このような被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力の程度に照らすと,被告が本件商標を指定商品に使用した場合,これに接した需要者は,前記⑵のとおり周知性を有する「豊岡杞柳細工」の表示を連想する可能性がある。 ⑸ 小括

以上のとおり,①本件商標は,外観や称呼において引用商標と相違するものの,本件商標からは,豊岡市で生産された柳細工を施した製品という観念も生じ得るものであり,かかる観念は,引用商標の観念と類似すること,②引用商標の表示は,独創性が高いとはいえないものの,引用商標を付した原告商品は,原告の業務を示すものとして周知性を有しており,伝統的工芸品の指定を受け,引用商標が地域団体商標として登録されていること,③本件商標の指定商品は,原告商品と同一又は密接な関連性を有するもので,原告商品と取引者及び需要者が共通することその他被告の本件商標の使用態様及び需要者の注意力等を総合的に考慮すれば,本件商標を指定商品に使用した場合は,これに接した取引者及び需要者に対し,原告の業務に係る「豊岡杞柳細工」の表示を連想させて,当該商品が原告の構成員又は原告との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信され,商品の出所につき誤認を生じさせるとともに,地域団体商標を取得し通商産業大臣から伝統的工芸品に指定された原告の表示の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生じかねない。 そうすると,本件商標は,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれがある商標」に当たると解するのが相当である。

解説

 本件は,商標権に係る審決取消訴訟である。特許庁は,本件商標について,他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標ではないとして,商標法4条1項15号1に係る無効原因はないとした。

特許庁の判断に対して,裁判所は,まず,本件商標から「『兵庫県豊岡市で生産された柳細工を施した製品』という観念も生じ得る」とし,引用商標から「その構成の全体から,『兵庫県豊岡市で生産された杞柳細工を施した製品』という観念が生じるほか,兵庫県豊岡市で生産された杞柳細工を施した製品に係る原告の伝統的工芸品ないし地域ブランドという観念」が生じるとした。 その上で,裁判所は,最高裁のレールディタン事件(最高裁平成10年(行ヒ)第85号事件)の規範を用いて,引用商標の周知著名性及び独創性の程度と商品の関連性その他取引の実情について,詳細に認定した上で,本件商標は,混同を生ずる恐れがある商標に該当すると判断し,特許庁の審決を取り消した。 本件では,裁判所自身が認定するように,外観や証拠において,本件商標と引用標章が相違することから,引用商標の周知著名性及び独創性の程度と商品の関連性その他取引の実情を詳細に認定して,「本件商標を指定商品に使用した場合は,これに接した取引者及び需要者に対し,原告の業務に係る『豊岡杞柳細工』の表示を連想させて,当該商品が原告の構成員又は原告との間に緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品であると誤信され,商品の出所につき誤認を生じさせるとともに,地域団体商標を取得し通商産業大臣から伝統的工芸品に指定された原告の表示の持つ顧客吸引力へのただ乗り(いわゆるフリーライド)やその希釈化(いわゆるダイリューション)を招くという結果を生じかねない」と判断している。本件は,混同を生ずる恐れがある商標と言えるか否かの,限界事例であると思われ,また,裁判所が非常に丁寧な事実認定を行っており,商標法4条1項15号の引用商標が地域団体商標であるという珍しい事例であることから,実務的に参考になるため,ここに取り上げるものである。