シンガポールの「国際仲裁法」(International Arbitration Act)が改正され、2020年12月1日に発効しました。今回の改正点は、①多数当事者による仲裁において仲裁人選任方法の合意がない場合に適用される標準的選任方法の明文化(新9B条)、及び②仲裁廷及び高等裁判所が仲裁当事者に対して秘密保持を命じる権能の明文化(新12条(1)項(j)号及び改正12A条(2)項)、の2点です。同法は、シンガポールにおける国際仲裁の根拠となる法律であり、紛争原因の準拠法や適用される仲裁規則、シンガポール国際仲裁センター(以下「SIAC」といいます。)を仲裁機関とするか否かを問わず、シンガポールを仲裁地とする国際仲裁に広く適用されます。

 

1. 仲裁人の標準的選任方法の明文化

シンガポール国際仲裁法は、国連国際商取引法委員会が定めた「UNCITRAL国際商事仲裁モデル法」(以下「モデル法」といいます。)に国内法としての効力を与え、これを補完する法律ですが、モデル法が2者間の紛争を念頭に設計されていることもあり、これまで、3者以上の当事者がある仲裁において3名の仲裁人を選任する際のルールがあいまいでした。新9B条により、選任方法の合意がない多数当事者間の仲裁においては、すべての申立人が合意により共同で仲裁人1名を指名すること、それと同様に、すべての被申立人が合意により共同で仲裁人1名を指名することが定められました。また、申立人側の仲裁人の指名は仲裁通知の発送日まで、被申立人側の仲裁人の指名は仲裁通知の受領から30日以内とし、3人目の議長仲裁人はこれら2名の仲裁人の合意により指名する、との標準的手続きが明文化されました。申立人間又は被申立人間のいずれかで期限内に合意選任に至ることができない場合には、当局(原則SIAC仲裁裁判所の長がこれを兼務します。)が仲裁人3名すべてを指名することになります。なお、このアプローチは、従来から国際商業会議所やSIACなどの仲裁機関において、仲裁規則として採用されてきたものを踏襲しています(但し、合意選任の期限などが各規則により異なります。)。

仲裁人には裁定を通じて当事者を最終的に拘束する強大な権限が与えられるため、その人選は、各当事者とも特に慎重になりがちです。多数当事者による紛争は、利害や意向が複雑に絡み合い、仲裁の実施方法の調整に時間を要したり合意形成が困難となることも予想されます。今回の改定は、多数当事者による仲裁人選定という機微な問題についてルールを明文化したことにより、仲裁廷の組成に関するデッドロックの回避に資することが期待されます。

 

2. 秘密保持命令権の明文化

従前のシンガポール国際仲裁法には秘密保持について言及がなく、仲裁手続きにおいて知り得た情報の開示禁止や目的外利用の禁止などは、明示黙示の当事者間合意及び慣習法(コモンロー)を根拠として権利義務として認識され、適用される仲裁規則に規定がある場合は、これによって具体的な保護内容が補完されてきました。一方で、仲裁手続きに関連して秘密保持義務の違反があった場合に仲裁廷又は裁判所が取り得る措置については、明文規定がありませんでした。

新12条(1)項(j)号は、秘密保持義務のうち(i)仲裁合意上であるか否かを問わず、当事者間で書面による合意があるもの、(ii)法に定めのあるもの、又は(iii)当事者が合意した仲裁規則に規定のあるもの、について、仲裁廷が仲裁当事者に対して秘密保持を強制する権能を有することを明示的に確認しました。また、改正12A条(2)項により、同様の権能が高等裁判所にも認められます。

これにより仲裁当事者は、相手方の違反行為に際して、仲裁廷または高等裁判所に対し、差止命令等の申立を行うことが容易になります。

保秘性は迅速性等に並ぶ仲裁の大きな魅力であると同時に、秘密保持義務の違反は回復不能な損害につながり得る重要な問題でもあります。今回の改定で仲裁廷及び裁判所の権能が明文化されたことにより、当事者が差止等の有効な措置に遅滞なくアクセスできる環境の確保が期待されます。

 

3. 国際仲裁ハブ強化の動き

シンガポール国際仲裁法は、1995年の施行以来、2001年、2002年、2006年、2010年、2012年、2016年、2019年、2020年と頻繁に改正されてきました。今回の改正点は、意見公募の段階で提案された4点の中から採用されたもので、残る2点(対象紛争に対する仲裁廷の管轄権についての決定を予備判断において下すよう仲裁当事者が仲裁廷に要求する権利の明文化、及び、仲裁判断から生じた法律問題を理由として仲裁判断に対する上訴を裁判所に行うことを認めること)もシンガポール法務省において検討が進められています。さらに、これとは別にSIAC仲裁規則も直近10年間に3回の改定が行われるなど、シンガポールは、仲裁実務家や利用者である産業界の要請に継続的に耳を傾け、柔軟に法制度の整備拡充を模索しているといえます。折しも、SIACは今年の仲裁申立が10月末時点で1000件を突破し、自己最多を更新したと発表しました。今月3日にはアジア域外で初となるニューヨーク連絡事務所も開設し、国際仲裁ハブとしてさらなるプレゼンス向上を目指す姿勢を鮮明にしています。

 

4. 結語

過去 20 年間で 8 回目となるシンガポール国際仲裁法の改正は、仲裁手続きの迅速性 と保秘性に付随する機微かつ重要な問題について、これまで仲裁規則の規定に頼ってき た部分を、法律レベルで明文化しました。実務への具体的な影響もさることながら、改 正の背景には、実務家や産業界の要請を取り込み、仲裁地としての環境向上に国を挙げ て取り組む姿勢が認められます。年間申立件数 1000 件を超えた SIAC を抱え、世界最 大規模の国際仲裁ハブに成長したシンガポールの今後の動きが注目されます。