【要約】

 

オークションサイトへのログインID及びパスワードそのものは、事業活動に有用な情報であるとはいえない。

 

事案

 

 被告Aと被告Bは、ともに中古のトラック等の売買等を行う原告の従業員で、被告Bが被告Aの上司であった。被告Bは、平成29年9月30日、原告を退職し、翌日から原告と競業関係にある、中古・新車トラックの卸売及びリース事業を行う株式会社アシーネ(以下「アシーネ」)の取締役に就任した。被告Aは、平成30年4月、原告を退職した。  

① 被告Bは、原告を退職する直前、被告Aに対し、自らが名刺交換した相手の名刺データの送付を依頼し、被告Aはこれに応じて名刺情報を被告Bに送付した。  

② 被告Aは、被告Bの原告退職後、被告Bの求めに応じ、被告Bに対し、原告の在庫車両の情報を送付した。  

③ 被告Aは、被告Bの原告退職後、被告Bの求めに応じ、被告Bに対し、中古車オークションサイトにおける原告のID及びパスワードを送付した。

 

 原告は、被告らの上記の行為が不正競争防止法2条1項4号、5号又は7号、8号所定の不正競争行為に該当し、原告との雇用契約に基づく秘密保持義務にも違反すると主張して損害賠償を請求した。  

本稿では、被告らが扱った上記の情報の営業秘密該当性の論点を扱う。

 

 

判決

 

本判決は、以下のとおり、①及び②の情報には秘密管理性がなく、③の情報には有用性及び秘密管理性がないとして、いずれも原告の営業秘密に該当しないと判断した。

 

①の名刺情報は、名刺管理ソフトでデータ化されており、パスワード等のアクセス制限は設定されておらず、原告の営業担当者であればだれでも閲覧することができた。また、名刺は、第三者に手交するためのものであり、記載されている情報には秘密性がないため、自由にアクセスし、営業に使用することができた原告の従業員等が、名刺情報を営業秘密と認識していたとは考え難い。

 

②の在庫車両の情報には、パスワード等のアクセス制限は設定されておらず、原告の従業員であれば、誰でも同情報にアクセスし、閲覧することができたものであり、原告の従業員等が営業秘密と認識していたとは考え難い。

 

 ③のID等の情報は、「本件ID等情報は、中古車オークションであるアライオートオークションに参加するために必要となるID及びパスワードであり、同オークションのサイトにログインすることにより、中古車の売買の相場価格を知ることが可能となるところ、本件ID等情報そのものは、文字と数字等の組合せから成る文字列にすぎず、それ自体が事業活動に有用な情報であるということはできない。…また、同情報を使用することによりアクセスすることができるのは、アライオートオークションのサイトにおいて表示され、その会員であれば見ることのできる情報であり、同情報が原告の保有する営業秘密であるということもできない。」  

「仮に、本件ID等情報自体に有用性が認められるとしても、」業務上、オークションのサイトにアクセスする必要のある従業員は、自由に利用することができたことから、原告の従業員等が営業秘密であると認識していたとは考え難い。

 

検討

 

 ①及び②の情報についての本判決の判断は、アクセス制限及び認識可能性の観点から秘密管理性が否定されたものであり、従来の判断に沿ったものであると思われる。  

 ③のID及びパスワードについて、本判決が有用性を否定したのは、実質的には、当該ID及びパスワードを用いてアライオートオークションにログインした際に知ることができる情報が、(少なくとも判決で認定されたのは、)中古車の売買の相場情報にすぎず、原告の営業情報そのものではないという点が大きいと思われる。本判決でも「同情報が原告の保有する営業秘密であるということもできない」と触れられているとおり、中古車の売買の相場情報は、そもそも原告の営業秘密ではないから、ログインして知ることのできる情報について営業秘密性を判断することは妥当でなく、ID及びパスワードそのものを判断対象とせざるを得なかったものと思われる。確かに、ID及びパスワードそのものは、単なる文字列であり、それ自体が有用な情報ではないというのは当然であろう。  

 もし、アライオートオークションにログインすることにより、原告が登録した未公開の情報を閲覧することができたといった事情があった場合には、ID及びパスワードを用いることによりそのような原告の営業情報を知ることができたとして、原告の営業情報そのものを判断対象とすることもあり得たのではないかと考えられる(この場合、ID及びパスワードは、単なる情報を受け渡す手段にすぎないから、それ自体が単なる文字列であることは、営業情報の有用性を否定する理由にはならない。)。  

 しかし、本判決は二段構えになっており、ID及びパスワードに有用性が認められるとしても、アクセス制限及び認識可能性の観点から、秘密管理性が否定されると述べられている。ログインして知ることのできる情報が、本件のように、会員であれば誰でもアクセスすることのできる情報のみであれば、営業秘密性が認められるとは考え難いため、ID及びパスワードを共有するという管理方法でもさほど不正競争防止法上の問題はないのかもしれない。しかし、会社が秘密情報と考える情報にアクセスできるシステムを運用する場合、アクセス制限と従業員の認識可能性に十分留意した管理方法を検討することが必要であると思われる。  

なお、念のため、本判決において、原告の損害賠償請求は全て棄却されたが、退職者がID及びパスワードを使用することに問題がないということを意味するものでは全くない。契約関係なくシステムにログインしたということであれば、当然、システム運営者と当該ログイン者との関係では、別途問題が生じ得るだろう