【平成29年1月31日判決(東京地裁 平成28年(ワ)第13870号)】

【判旨】 意匠に係る物品を「運搬台車」とする意匠権(意匠登録第1372623号。以下「登録意匠権」といい,登録意匠権に係る意匠を「登録意匠」という。)を有する原告が,被告意匠が登録意匠に類似するなどと主張して,被告に対し,被告意匠の生産等の禁止及び廃棄を求めるとともに,損害賠償請求として1078万5000円及び附帯請求として遅延損害金の支払を求めた事案。裁判所は,被告意匠は登録意匠に類似せず,また,被告意匠は登録意匠の生産にのみ用いるものとは認められず間接侵害も成立しないなどとして,意匠権侵害を否定し,請求を棄却した。

【キーワード】 意匠の類似,公知意匠

1 登録意匠と被告意匠の対比

登録意匠と被告意匠の対比を以下に示す。なお,登録意匠は,四隅に手持ち棒が取り付けられた状態のものであり,手持ち棒が取り付けられていない状態のもの(=単なる「台車」)は,「参考図」として意匠公報に記載されていた。 裁判所は,被告意匠には手持ち棒が取り付けられておらず,そもそも登録意匠とは平面視及び側面視において類似しないとした上で,「念のため」として手持ち棒が取り付けられていない状態の類比についても判断を行った。

 

2 争点及び当事者の主張

上記のとおり,参考図に記載の登録意匠(以下,単に「登録意匠」という。)と被告意匠とは,台車の縦横比が5:3の長方形である点や,上面に6つの凹部(車輪を配置して台車を重ねるためのもの)が設けられている点等の構成態様においては共通していたものの,車輪が取り付けられる車輪取付版の形状等が異なっていた。そこで,本件では,両意匠の要部がどこであるかが大きな争点となった。意匠の要部に関する各当事者の主張は下記のとおりである。

【原告の主張】

・登録意匠の要部は,載置面に略正4方形状の大きな凹部が規則的に6個形成されている形態及び滑らかで光沢を有する載置面の天板である。 ・被告が要部であると主張する台車の骨格は,裏面からしか見ることができず,需要者の目に触れにくい部分であるから,登録意匠の要部ではない。 ・同じく,被告が要部であると主張する車輪取付板は,下記の理由から登録意匠の要部ではない, -登録意匠の斜視図によると凹部の底にあって視認することができない -台車は斜め上方から観察されるのが通常であり,台車を真上から見るという状況は想定し難い -台車に関するカタログやウェブサイトでも主に台車の斜視図が掲載されている -車輪取付板は機能的な観点から設けられたものにすぎず,台車のデザインとは無関係である。 -台車を積み重ねて保管する際には,凹部に他の台車の車輪がはめ込まれるため,車輪取付板は当該車輪に覆われて視認できなくなる。

【被告の主張】

・登録意匠の要部は,車台の四隅に手押し棒を有する台車において,下記の2点である。 -骨格が額縁状の外枠と外枠内に配置された縦横桟とによって形成される5×3方眼の井桁格子状である点 -車輪1輪を有する扁平六角形の車輪取付板が上記方眼の一マスに斜交い状に添設され,車輪取付板の上面が凹部内に斜交い状かつ扁平六角形状として表れ,凹部の対抗する二つの角に大小二つの三角形状の透孔が形成されている点 ・台車の需要者は,建築会社やリース会社,取引を行う卸売業者等である。そして,台車は建設現場等の過酷な環境下で重い荷物の運搬用として使用されるものであるから,台車の選択においては,その剛性や耐久性,整備性が極めて重要な要素となる。このような用途や特性等に照らすと,需要者が最も着目するのは台車の骨格構造や車輪とその取付部の構造である。

3 裁判所の判断

裁判所は,最初に,登録意匠と被告意匠の共通点及び相違点について,下記の通り,台車本体,天板,凹部,車輪の形状等については共通するとしつつ,車輪取付板,骨格の形状等については相違すると認定した(判決文中では,「登録意匠」は「本件意匠」と称されている。)。

・・・本件意匠と被告意匠は,上記①の台車本体の形状,②の載置面の天板の形状及び質感,④の車輪の数及び位置,⑧のコーナー金具の形状を共通にし,③の凹部の配置及び形状をほぼ共通にする一方,⑤の車輪取付板の形状及び車輪の取付態様,⑥の凹部上方から視認される車輪取付板の形状,⑦の骨格の形状を異にすると認められる

次に,裁判所は,両意匠の要部及び類比の判断のための参考事実として,原告・被告それぞれの製品カタログ,出願前の公知文献等に基づき,下記の事実を認定した。

(ア)本件意匠に係る物品である運搬台車は,建築現場における物資の運搬等のために作業員らにより使用される。原告の運搬台車のカタログ等には,斜視図(斜め上方から見た図。なお,「図」には写真を含む。以下同じ。)が大きく配されるとともに,底面図,側面図等が合わせて掲載されている。上記斜視図においては,載置面の凹部の底面に設けられた車輪取付板の形状(ただし,本件意匠のものとは異なる。)を認識することが可能である。また,他社の運搬台車の広告類においても,斜視図に加えて,車輪の取付法,耐久性等に関する説明文を付した底面図等が掲載されており,これにより車輪の取付態様や台車の骨格を視認することができる。(甲16,27,乙12,29~32) (イ)被告製品のパンフレット等には,斜視図に加え,載置面の凹部を上方から写した図が「キャスター部天板はゴミがたまりにくい構造」との説明文を付して掲載されている。同図及び上記斜視図のいずれにおいても,車輪取付板及び透孔の形状を認識することが可能である。(甲17,24,25,36,乙21~23) (ウ)本件意匠の出願前に公知であった運搬台車の意匠として,台車本体が平面視で縦横比略5:3の略長方形状で,台車本体の四隅部及び長辺の中央部の計6か所に6輪の車輪を取り付けたもの,複数の台車本体を重ねられるよう,載置面の車輪に対応する位置に縦長の凹部を設けたものがある。(乙1~3,5,7)。

そして,上記の認定事実に基づき,両意匠の要部は天板の形状等だけではなく,車輪取付板や骨格の形状等も含むとした上で,後者について両意匠は相違するから,意匠全体としては非���似であると判示した。

オ 上記事実関係によれば,運搬台車を購入しようとする建設会社等の需要者及びこれを使用する作業員らは,斜め上方から台車本体の載置面を見るだけでなく,車輪の取付態様その他底面の構成を観察するものと解される。また,本件意匠に係る運搬台車又は被告製品の台車本体を斜め上方から見る際には,載置面の表面だけでなく,凹部から車輪取付板の形状を認識するということができる。・・・(中略)・・・ そうすると,本件意匠及び被告意匠においては,原告が要部であると主張する載置面の天板の形状等だけでなく,凹部上方から視認される車輪取付板の形状及び底面視における車輪の取付態様や台車の骨格等も,これに接した者の注意を引くと認められる。そして,前記ウのとおり,本件意匠と被告意匠はこれらの点が相違するのであり,これにより両意匠から需要者が受ける印象が異なるということができるから,前記ウの共通部分を踏まえても,全体として異なる美感を生じさせると解される。

4 検討

意匠の要部の判断は,①意匠に係る物品に接した者(当該物品を使用する需要者や取引者等)にとって,意匠全体のうち注意を引きやすい部分がどこであるかという点や,②出願前の公知意匠との対比において,特徴的な部分がどこであるかという点が問題となる。 個人的には,上記①の観点からすれば,台車の天板の形状等は,車輪取付板や骨格等の形状に比べ,相対的に使用者・取引者の注意を引きやすい部分であることは間違いなく,裁判所の認定は原告(意匠権者)にとってやや酷なものとも思える。 一方で,上記②の観点からすれば,出願前の公知意匠として「台車本体が平面視で縦横比略5:3の略長方形状で,台車本体の四隅部及び長辺の中央部の計6か所に6輪の車輪を取り付けたもの,複数の台車本体を重ねられるよう,載置面の車輪に対応する位置に縦長の凹部を設けたものがある。」と認定されており,当該公知意匠に開示の構成は,登録意匠及び被告意匠の共通点とほぼ一致する。そうすると,裁判所としても,仮に天板の形状等が車輪取付板や骨格等の形状に比べて使用者・取引者の注意を引きやすいとしても,天板の形状等のみを意匠の要部と認定することは難しかったと考えられる。 仮に,上記のような公知意匠が存在せず,台車の天板に6つの凹部を設けて車輪を重ねられるようにした台車のデザイン自体が新規なものであった場合,両意匠の類比判断についての結論は,本件とは違ったものになった可能性もあるように思える。 意匠の類比の判断に際しては,類比判断の対象となる2つの意匠同士を良く観察することは勿論であるが,それと同時に,公知意匠と比べた両意匠の特徴部分はどこであるかという視点を常に意識する必要がある。本件は,そのことを再確認するための好適な事例ではないかと考えられる。

以上 (文責)弁護士・弁理士 丸山真幸