【令和4年3月14日判決(知的財産高等裁判所 令和30年(ネ)10034号】

【事案の概要】

 本件は、発明の名称を「ソレノイド」とする特許第3611969号に係る特許権(本件特許権)の共有者の1名である控訴人が、可変容量コンプレッサ容量制御弁(被告製品)は本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本件発明)の技術的範囲に属し、被控訴人による被告製品の製造及び販売等は本件特許権の侵害に当たる旨主張して、被控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の製造等の差止め等を求めた事案である。

【キーワード】

 特許請求の範囲、明細書、一般的用語、密封

【本件発明】(下線は筆者が付した。以下同じ。)

 本件発明(請求項1記載の発明)は、次のとおり構成要件に分説することができる(以下、分説に係る構成を符号に対応して「構成要件A」などという。)。

A 相手側ハウジング部材に備えられた取付孔に収容されるソレノイドであって、

B 前記ソレノイドは、

B1 前記取付孔に入り込まれるケース部材、

B2 該ケース部材の内側に収納されるコイル部材、

B3 前記ケース部材の一方の開口端部の内側に固定され前記コイル部材の内筒部に延出するセンタポスト部材、

B4 前記コイル部材の内筒部に位置し有底円筒状のスリーブにより囲まれ往復動可能なプランジャが配置されるプランジャ室、

B5 前記ケース部材の他方の開口端部と前記プランジャ室との間に配置されるアッパープレート、

B6 該アッパープレートの外側で前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材、

B7 外部雰囲気の進入を抑制するために前記取付孔と前記端部部材の間に配置されるシール部材、

B8 及び前記プランジャに接続されバルブ部の弁体の開閉動作を可能とするロッドを備え、

C 前記ソレノイドの前記バルブ部側の外周に前記バルブ部側からの流体の進入を防止するシール部材を設ける

D ことを特徴とするソレノイド。

【被告製品】

       原告作成の被告製品目録より抜粋

 

【争点】

 本件においては、被告製品の本件発明の構成要件充足性、均等論、損害額といった争点があるが、本稿においては、構成要件B6の充足性についてのみ紹介する。

【裁判所の判断】

2 争点1(被告製品の本件発明の構成要件充足性)について

⑴ 争点1-1(構成要件B6の充足性)について

ア 構成要件B6の「該アッパープレートの外側で前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材」における「密封嵌合」の意義について

 一般に、密封とは「ぴっちりと封をすること」(大辞林第二版新装版・甲21)、「隙間なく堅く封をすること」(広辞苑第6版・乙10)、「嵌合」とは「機械部品の、互いにはまり合う丸い穴と軸について、機能に適するように公差や上下の寸法差を定めること」(大辞林第二版新装版・甲21)、「軸が穴にかたくはまり合ったり、滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語」(広辞苑第6版・乙10)をいうとされているから、こうした一般的用語からすると、「密封嵌合」とは、「ぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係」を意味すると解される。

 もっとも、どの程度の「ぴっちりと封をする」ように機械部品が「嵌合」すれば本件発明における「密封嵌合」に当たるかについては特許請求の範囲の記載からは必ずしも一義的に特定されるものではないから、用語の意義を解釈するために本件明細書の記載を見てみると、本件明細書には、「前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材を備えることを特徴とする。」(【0015】)、「これにより、取付孔の内部に収容されたソレノイドの端部部材より奥側の部材は外部に露出されることはなく、また、外部雰囲気(湿気や水などの流体)の進入が端部部材により抑制されるので、相手側ハウジング部材に組み付けられた状態における耐食性を向上させることが可能となる。」(【0016】)との記載がある。こうした本件明細書の記載を踏まえると、構成要件B6の「密封嵌合」における「密封」とは、外部雰囲気(湿気や水等の流体)の進入を「抑制」する程度のものを指すものと解される。

 また、本件発明は、「外部雰囲気の進入を抑制するために前記取付孔と前記端部部材との間に配置されるシール部材」(構成要件B7)との発明特定事項を有しており、本件明細書には、「前記取付孔と端部部材との間にシール部材を備えることも好適である。これによって、より外部雰囲気の進入が抑制される。」(【0019】)との記載があることから、本件発明における「取付孔と端部部材との間に配置されるシール部材」も、より外部雰囲気の進入を抑制するために設けられる部材であるということができる。

 このように、本件発明は、外部雰囲気の進入を抑制する構成として、①アッパープレートの外側で取付孔に嵌合して取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材と、②取付孔と端部部材の間に配置されるシール部材の2つの構成によって、「外部雰囲気」の進入を抑制し、こうした構成により、「耐食性に対して有利な構造であり、高い信頼性や長寿命を得ること、また取り付けの容易なソレノイドを提供すること」(【0014】にあるものと解される。このような解釈は、「ソレノイド1の構成を、このように取付孔Haに収容されるようにすることにより、取付孔Haの内部に収容されたソレノイド1のヘッド部8より奥側の部材(ケース部材2、コイル部材3、アッパープレート6等の部材)は外部に露出されることはなく、外部雰囲気(湿気や水などの流体等をも含む)の進入がヘッド部8と取付孔Haとの嵌め合い及びOリング13により抑制されるので、ハウジングHに組み付けられた状態における耐食性を向上させることが可能となる。」(【0034】)との記載と整合する。

 これに対し、被控訴人は、「密封嵌合」といえるには、液体の漏れ又は外部からの異物進入を防止できる程度にぴっちりとはまっていることが必要であり、隙間が存在していたり、若干の流体の漏れがあってもよいということにならず、端部部材のみによって外部雰囲気の進入を抑制することができる必要がある旨主張する。

 しかし、前記のとおり、構成要件B6の「密封嵌合」における「密封」は、本件明細書の記載を参酌すると、外部雰囲気(湿気や水等の流体)の進入を「抑制」する程度のものと理解すべきであり、「外部からの異物進入を防止できる」、「若干の流体の漏れ」もあってはならないという程度のものを指すと解すべき理由は見当たらない。そして、前記のとおり、端部部材(構成要件B6)と(取付孔と端部部材との間に配置される)シール部材(構成要件B7)の構成を備えることによって、ソレノイドの耐食性の向上という本件発明の効果がもたらされると解されるのであるから、「端部部材」のみによって外部雰囲気の進入を完全に抑制する必要があると限定して解釈する理由もない。

 なお、被控訴人は、前記第2の4 【被控訴人の補充主張】アのとおり、出願段階における請求項1についての拒絶理由通知書に対する意見書(乙18)の記載を取り上げて、端部部材の密封嵌合とOリング(シール部材)による外部雰囲気の進入の抑制が相互補完の関係にある旨の控訴人の主張と相いれない旨主張するが、上記意見書で取り上げられている「本願発明」の構成には構成要件B7が含まれておらず、補正後の本件発明と異なるものであるから、そこで記載されている意見が本件発明の出願段階における主張と相いれない旨の控訴人の上記主張は理由がない。

イ 被告製品の構成要件B6の充足性について

(ア)被告製品は、構成要件B6及びB7に関する構成として、プレートの外側に合成樹脂製の端部部材(H)が設けられており、端部部材(H)は、ボディの上方の開口部を嵌合して塞いでおり(引用に係る原判決の第2の2⑸キ)、前記プレートの外側の端部にはシール部材が設10 けられており、前記取付孔に収容されると、ボディと取付孔の間を密封して外部の空気、水分等が進入するのを抑制する(同2⑸ク)構成を有していることは当事者間に争いがない。

(イ)本件発明は、耐食性材料による端部部材とシール部材によって外部雰囲気(湿気や水等の流体)の進入を抑制する構成を備えるものであることは前記ア のとおりであるところ、被告製品における開口部を嵌合する端部部材(H)の外部雰囲気(湿気や水等の流体)の抑制の程度に関する各種実験の結果は、それぞれ該当書証の記載によれば、以下のとおりである。

(中略)

(ウ)上記の各種実験結果によると、被告製品は、長時間の塩水噴霧試験(乙14実験)、試験紙を用いた湿気の流入実験(乙19実験、乙20実験)の結果からすると、端部部材だけで外部雰囲気(湿気や水等の流体物)の流入を遮断するものとはいえないが、同じ場所に10数滴の液体を滴下したり(乙15実験の第2実験)、連続して液体を注入したり(甲49実験の実験2)、液体を滴下後に強い衝撃を加える(乙15実験の第3実験、甲49実験の実験3)といった条件がない限り、少量の水滴を滴下した実験では、端部部材だけでも液体の流入は抑制されており(甲33実験、甲49実験の実験1)、また、湿気の流入も短時間であれば抑制されている(甲58実験の試験1及び試験2)ことからすると、被告製品の端部部材は外部雰囲気(湿気や水等)の進入を抑制するものといえる(なお、乙15実験の第1実験は、被告製品の端部部材及びOリングのみならず弁本体側のOリングも外しており、甲50実験の試験結果からすると、上記認定を左右するものではなく、また、乙16実験は、圧縮機の取付孔側面に穴を穿設しており、実験条件の前提が異なるため、上記認定を左右するものではない。)。

 また、乙1実験、乙14実験、甲49実験、甲58実験、乙19実験及び乙20実験の試験結果によれば、端部部材とシール部材(Oリング)を備えた被告製品においては、外部雰囲気(湿気や水等)の流入が完全に抑制されていることが認められる。

 そうすると、被告製品は、端部部材(H)をボディの上部側の開口部に嵌合させることにより外部雰囲気の流入を抑制し、シール部材の構成を備えることにより、ボディと取付孔の間を密封して外部雰囲気の流入をより抑制する効果を奏するものであるから、被告製品は、構成要件B6の「『密封』嵌合」の文言も充足する。

 したがって、被告製品は、構成要件B6を充足する。

【検討】

 本判決は、構成要件B6の「該アッパープレートの外側で前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材」における「密封嵌合」の意義について、まず、一般的用語の意味から、「『ぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係』を意味すると解される。」と解した上で、「どの程度の『ぴっちりと封をする』ように機械部品が『嵌合』すれば本件発明における『密封嵌合』に当たるかについては特許請求の範囲の記載からは必ずしも一義的に特定されるものではないから、用語の意義を解釈するために本件明細書の記載を見てみる」として、明細書の記載を踏まえた上で、「構成要件B6の『密封嵌合』における『密封』とは、外部雰囲気(湿気や水等の流体)の進入を『抑制』する程度のものを指すものと解される。」と解した。

 本判決における特許請求の範囲の記載の用語の意義の解釈手法が、特許請求の範囲の記載から用語の意義が一義的に特定されるかどうかで、明細書の記載を見るかどうかが変わるというものであるとすれば、特許請求の範囲の記載から用語の意義が一義的に特定されるかどうかで、明細書の記載を見るかどうかを変えるべきではないから、疑問が残る判示だと考えるが、特許請求の範囲の記載、明細書の記載からすれば、結論自体は妥当なものだと考える。

 なお、本判決の原審(東京地判平成30年3月19日・平成29年(ワ)3569)においても、本判決と概ね同じ解釈手法により、「構成要件B6の『密封嵌合』とは、『ソレノイドの耐食性を向上させる効果をもたらすように外部雰囲気の進入を抑制させる程度に、端部材が取付孔に対してぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係』を意味すると解される。」と、本判決と同趣旨の解釈を示している。

 ところで、「密封嵌合」の解釈において、「これにより、取付孔の内部に収容されたソレノイドの端部部材より奥側の部材は外部に露出されることはなく、また、外部雰囲気(湿気や水などの流体)の進入が端部部材により抑制されるので、相手側ハウジング部材に組み付けられた状態における耐食性を向上させることが可能となる。」という効果の記載を踏まえたものとなっているが、「抑制」という表現を用いていることが、当てはめにおける結論を分ける一つの要素になったと思われる。もしも「抑制」という表現ではなく、「防止」という表現であったとすれば、控訴人の「『密封嵌合』といえるには、液体の漏れ又は外部からの異物進入を防止できる程度にぴっちりとはまっていることが必要であり、隙間が存在していたり、若干の流体の漏れがあってもよいということになら」ないとの主張が認められる方向に傾いていたのではないだろうか。このことから、明細書の効果に関する記載では、効果の程度が強い表現を用いることは慎重に検討する必要があるといえる。

 本判決は、事例判例ではあるものの、明細書に記載する表現の参考になると思われることから、紹介した。