【平成29年11月9日判決(大阪地裁 平成28年(ワ)8468号)】

【判旨】

 原告が、被告に対し、(1)主位的に、発明の名称を臀部拭き取り装置とする特許権は、被告の冒認出願により設定登録されたとして、同特許権について移転登録手続をすることを求め、予備的に、同特許権に係る発明は原告と被告代表者が共同発明したものであり、原告が少なくともその持分2分の1を有しているとして、同特許権のうち持分2分の1について移転登録手続をすることを求めるとともに、(2)被告が同特許権に係る発明を利用した機器を研究開発するために補助金の支給を受けたとして、不当利得返還を求めた事案。裁判所は、特許法74条1項に基づく移転登録請求をする者は、単に自己が当該特許発明と同一内容の発明をしたことを主張立証するだけでは足りず、当該特許発明に係る特許出願は自己のした発明に基づいてされたものであることを主張立証する必要があると判示した上で、本件においてかかる立証がされていないことを理由として、原告の請求を棄却した。

【キーワード】

特許権の移転登録請求、特許法74条1項

1 事案の概要及び争点

(1)事案の概要

 原告は、ロボット便座を始めとする高齢者用の福祉機器の設計開発を行う法人であり、被告は、自動車部品等の製造販売を主たる業とする株式会社である。

 原告及び被告は、平成19年頃、技術提携契約及び業務委託契約を相次いで締結した。原告はその後、上記各契約に基づき、臀部拭き取り装置であるロボット便座等を設計開発し、被告に対し、平成24年春ころにまでに、臀部拭き取り装置を合計3台納品した。その後、両者の合意に基づき、技術提携契約及び業務委託契約は解除された。当該解除に際して、原告と被告の間では、原告が将来、臀部拭き取り装置に関し改良発明等を行った場合に、原告自ら特許出願できることや、原告が新たに開発した製品等について被告が優先交渉権を有すること等が合意された。

 その後、原告は、平成24年9月25日、発明の名称を「便座固定型臀部水分自動除去装置」とする第1の特許出願(特願2012-228407)を行い、同年10月10日、発明の名称を「臀部の水分自動ふき取り装置」とする第2の特許出願(特願2012-238350号)を行った。さらに、原告は、第2の特許出願に基づき国内優先権を伴う第3の特許出願(特願2013-63379号)を行い、当該第3の特許出願に基づき、平成27年1月9日に特許権の設定登録がされた(特許第5671738号)。

 一方、被告は、平成24年10月9日、発明の名称を「臀部拭き取り装置」とする第1の特許出願(特願2012-224278号)を行い、同年12月27日、当該出願を基礎とする国内優先権を伴う第2の特許出願(特願2012-284749号)を行った。当該第2の特許出願に基づき、平成27年3月13日に特許権の設定登録がされた(特許第5671738号)。当該特許権の請求項1に係る発明を「本件特許発明1」、請求項2に係る発明を「本件特許発明2」、併せて「本件特許発明」といい、その内容は以下のとおりである。

※本件特許発明1

※本件特許発明2

(2)争点

 本件の争点は、以下のとおりである。

① 本件特許発明1の発明者は原告か(争点1)

② 本件特許発明2の発明者は原告か(争点2)

③ 本件特許発明は原告と被告代表者が共同発明したものか(予備的請求関係。争点3)

④ 原告から被告に対して本件特許発明に係る特許を受ける権利が承継されたか(争点4)

⑤ 不当利得の成否、原告の損失の有無及び額、被告の利得額等(争点5)

2 裁判所の判断

(1)判断基準

 争点1(本件特許発明1の発明者は原告か)に関し、裁判所は、特許法74条1項に基づく移転登録請求をする者は、単に自己が当該特許発明と同一内容の発明をしたことを主張立証するだけでは足りず、当該特許発明に係る特許出願は自己のした発明に基づいてされたものであることを主張立証する必要があると判示した。

※判決文より抜粋(以下同じ)

 2  争点1(本件特許発明1の発明者は原告か)について     (1)  特許法74条1項の特許権の移転請求制度は、真の発明者又は共同発明者がした発明について、他人が冒認又は共同出願違反により特許出願して特許権を取得した場合に、当該特許権又はその持分権を真の発明者又は共同発明者に取り戻させる趣旨によるものである。したがって、同項に基づく移転登録請求をする者は、相手方の特許権に係る特許発明について、自己が真の発明者又は共同発明者であることを主張立証する責任がある。ところで、異なる者が独立に同一内容の発明をした場合には、それぞれの者が、それぞれがした発明について特許を受ける権利を個別に有することになる。このことを考慮すると、相手方の特許権に係る特許発明について、自己が真の発明者又は共同発明者であることを主張立証するためには、単に自己が当該特許発明と同一内容の発明をしたことを主張立証するだけでは足りず、当該特許発明は自己が単独又は共同で発明したもので、相手方が発明したものでないことを主張立証する必要があり、これを裏返せば、相手方の当該特許発明に係る特許出願は自己のした発明に基づいてされたものであることを主張立証する必要があると解するのが相当である。そして、このように解することは、特許法74条1項が、当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者であることと並んで、特許が123条1項2号に規定する要件に違反するときのうちその特許が38条の規定に違反してされたこと(すなわち、特許を受ける権利が共有に係るときの共同出願違反)又は同項6号に規定する要件に該当するとき(すなわち、その特許がその発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたこと)を積極的要件として定める法文の体裁にも沿うものである。

(2)本件特許発明1と原告第1出願に係る発明の比較

 次に、裁判所は、本件特許発明1と、原告の第1出願に記載の発明とを比較した上で、両者は抽象的な課題のレベルでは共通しているものの、具体的な課題の捉え方や解決手段は異なるものであると判示した。

   ウ 以上のことを踏まえると、本件特許発明1は、便座昇降機を不要とする課題を解決するために、使用時に便座を上昇させるのではなく、予め便座と便器の間に嵩上げ部を設けて便座の位置自体を高くしておき、その嵩上げ部にくり抜き部を形成し、そこから拭き取りアームを挿入して臀部を拭き取るようにすることによって、使用時の便座昇降機による便座の上昇を不要としたものと認められる。そして、このような課題解決方法に照らせば、本件特許発明1は、便座昇降機が必要とされていた理由を、便座の位置が低く、便座と便器の間に拭き取りアームを挿入する隙間がない点に求め、便座の位置を高くして、便器との隙間を生み出すことによって、課題を解決しようとしたものであると認めるのが相当であり、そのために、次に述べる原告第1出願の明細書の記載に見られるような便座と便器の間の隙間を小さくしたり、拭き取りアームの厚さを薄くしたりすることについて特段の記載はされていない。     そして、以上の本件特許発明1について、本件優先権出願の明細書及び図面には、本件基礎出願の明細書図面と同一の内容が記載されていると認められる。        (3)  以上を踏まえ、本件特許発明1の発明者について検討する。原告は、平成24年9月初旬に完成したという原告第1発明と本件特許発明1は同一の発明であり、原告第1発明について特許を受けるために原告第1出願を行ったと主張し、これに沿う陳述をしていることから、まず、原告第1出願に係る発明について検討する。 ・・・(中略)・・・        イ 以上からすると、原告第1出願において原告が着想した発明も、従来の臀部拭き取り装置が便座昇降機を利用するものであったことに伴う課題を解決しようとするものであったと認められる。 ・・・(中略)・・・        ウ もっとも、原告第1出願に係る発明は、同時に、臀部拭き取り装置にあるトイレットペーパーの紙つかみヘッドを限りなく薄くし、3cm程の隙間でも、容易に臀部の下に差し入れることができるようにすることにより、トイレ使用者が一般のトイレの使用時と変わることのない着座位置となるようにして、便座昇降機の除去を可能としたものとされている。また、併せて、トイレットペーパーを掴んだ紙つかみヘッドを臀部のふき取り位置あたりで80度ほど回転させることで、臀部にフィットさせるものとされている。     以上のことを踏まえると、原告第1出願に係る発明は、ヘッドを限りなく薄くして、ヘッドを臀部の下に差し入れるのに要する隙間を少なくするとともに、ヘッドを回転させることでヘッドが薄くても臀部にフィットするようにし、使用時の便座昇降機による便座の上昇を不要としたものと認められる。そして、このような課題解決方法に照らせば、原告第1出願に係る発明は、便座昇降機が必要とされていた理由を、ヘッドの形状やその動作の仕方に求め、それらを工夫することによって、課題を解決しようとしたものであると認めるのが相当である。そうすると、原告第1出願に係る発明と本件特許発明1とは、解決しようとしている抽象的な課題は共通していても、その課題の生ずる具体的な原因の捉え方が異なっており、そのために、具体的な課題の捉え方や、課題解決の方向性や主たる手段も異なることになったと認められる。

(3)本件特許発明1の発明者について

 その上で、裁判所は、特許出願が行われた当時の原告・被告間のやり取りや、原告・被告の各発明が注目している具体的な課題の捉え方の違い等から、少なくとも原告から被告に対し、抽象的な課題の示唆を超えた具体的着想の開示があったとまでは認められず、本件特許発明1は被告代表者が完成させたものであるとの被告代表者の陳述は信用できると認定した。そして、仮に原告が被告より先に本件特許発明1を完成させていたとしても、被告が原告から知得した発明に基づいて特許出願をしたとは認められないと判示した。

   (4)  そこで次に、原告が原告第1出願に係る発明により本件特許発明1を完成させていた可能性があることに鑑み、被告が、原告第1出願に係る発明に基づいて、本件特許に係る特許出願をしたと認められるかについて検討する。この点について、被告は、被告代表者が本件特許発明1を完成したと主張し、被告代表者はこれに沿う陳述をしている。         ア 前記1での認定事実によれば、被告代表者は、平成24年9月25日午前中に、P4と打合せをしている。この打合せの内容を直接に示す証拠はないが、同日の午後1時に被告代表者がP4に「先ほどは有難うございました。参考までに、かさ上げ便座部品の記載されたカタログを送付させて頂きます。」として、補高便座のカタログを送信していることからすると、被告代表者は、同日午前の打合せにおいて、補高便座を用いた発明の説明をしたと推認される。また、翌26日の午後4時48分にP4が被告代表者にアームがどこから出てくるのか明確にしたいとのメールを送信しており、前日のカタログの送信から本メールまでの間に被告代表者とP4が打合せをしたことは何らうかがわれないことからすると、本メールは、前日25日午前の打合せの際に、被告代表者が補高便座からアームが出る構造の臀部拭き取り装置の発明を説明したのに対して、P4が質問をしたものであると推認される。そして、本メールの直後の同日午後5時07分に被告代表者がP4に「補高なのでその一部を切り取るか、構造によっては中をくりぬいて、最大6センチメートルのすき間でアームを出入りさせたらと、考えています。」と返信していることからすると、被告代表者は、同月25日午前にP4に対して補高便座からアームが出る構造を説明した時点で、既に補高便座を「かさ上げ便座部品」として利用し、補高便座を切り取り、又はくり抜いてアームを出すことで便座昇降機を利用しない臀部拭き取り装置の着想を得て、本件特許発明1を完成していたと推認するのが相当であり、このことは、被告代表者の陳述(乙24)は以上の経緯と整合的である。        イ この点について、原告は、被告代表者が、同月25日午後6時の原告からのメールを受け取るまでは、本件特許発明1の着想を得ていなかったと主張する。     しかし、前記の被告代表者とP4のやりとりの流れからすると、被告代表者が当初にP4に補高便座のカタログを送信したことが、臀部拭き取り装置の開発と関係のないものであったとは考え難いから、被告代表者は、同日午前にP4と打合せをした時点で、便座をかさ上げしてアームを通すものとして補高便座に着目していたと認めるのが相当であり、そうである以上、前記のとおり、同日午前の時点で被告代表者は本件特許発明1の着想を得ていたと推認するのが相当である。 ・・・(中略)・・・        ウ また、原告は、平成24年9月25日までに原告第1出願の明細書を完成させ、そのうち原告第1発明について同月24日夕刻に被告代表者に対して開示したと主張する。 ・・・(中略)・・・    また、被告代表者は最初から補高便座に着目しているのに対し、原告はそれには全く着目しておらず、両者の間には当初から課題解決に向けた着眼点において大きな差異があることからしても、被告代表者が同日までに原告から原告第1出願に係る発明の開示を受けたとは認め難いところである。確かに、被告代表者が補高便座に着目するに至った経緯は必ずしも明らかではなく、同じ時期に偶然に原告と被告代表者の双方が便座昇降機を用いない臀部拭き取り装置の発明をしたというのも自然とはいい難いから、原告から被告代表者に対して便座昇降機を用いない臀部拭き取り装置を開発するという程度の抽象的な課題の示唆はあったのではないかとも考えられるが、そのような抽象的な課題の示唆をしただけでは原告が本件特許発明1の発明者であるとは認められないし、前記のような両者の課題解決の方向性の相違からすると、抽象的課題の示唆を超えて課題解決手段の着想までの教示があったとまで認めるのは困難である。そしてまた、従来から臀部拭き取り装置の開発を原告と行ってきた被告代表者の立場からして、被告代表者が独自に本件特許発明1を着想することができないはずであるともいえない。             エ 以上のことを踏まえると、被告代表者の前記陳述を採用することができるから、原告が原告第1出願に係る発明により本件特許発明1を完成させていたとしても、被告が原告から原告第1出願に係る発明に基づいて本件基礎出願及び本件優先権出願をしたとは認められない。

 裁判所は、本件特許発明2についても、本件特許発明1と同様の理由から、原告が行った発明に基づいて被告が特許出願したとは認められないとして、原告の請求をいずれも棄却した。

3 検討

 本件では、技術的な協力関係にあった2つの当事者から、近い時期に同じような発明が相次いで特許出願されたという事案において、特許法74条1項に基づく移転登録請求をする者は、単に自己が当該特許発明と同一内容の発明をしたことを主張立証するだけでは足りず、当該特許発明に係る特許出願は自己のした発明に基づいてされたものであること(=要するに冒認出願であること)を主張立証する必要がある、との判断基準を示したものであり、同種の事案において実務上参考になる点が多い。

 裁判所も、判決文において、「確かに、被告代表者が補高便座に着目するに至った経緯は必ずしも明らかではなく、同じ時期に偶然に原告と被告代表者の双方が便座昇降機を用いない臀部拭き取り装置の発明をしたというのも自然とはいい難いから、原告から被告代表者に対して便座昇降機を用いない臀部拭き取り装置を開発するという程度の抽象的な課題の示唆はあったのではないかとも考えられる・・・」と述べているとおり、被告が原告から得た情報をヒントにして自らの特許出願に係る発明を行った可能性は高く、証拠の内容等によっては結論が逆にもなり得た、かなり微妙な事案であったと思われる。

 判決文の事実認定においては、当時の経緯や両当事者の陳述内容もさることながら、同時期に出願された原告・被告双方の特許出願の記載内容について、特許公報に基づく丁寧な認定がされている点が注目される。技術的な協力関係にあるパートナーに対して技術情報を開示する際には、当該情報と同じ内容を特許出願の明細書等に記載しておくことが、将来的な紛争防止の観点から役立つと思われる。