本件は原告(会社)の取締役であった被告が、取締役 を退任後に被告会社に就職したが、その際、原告在任 中に収集した名刺帳を持ち出し、被告会社の営業活 動に使用した行為について、名刺帳が営業秘密に該 当し、被告の行為が不正競争(不正競争防止法 2 条 1 項 4 号)に該当するとして、原告が被告らに対して、 その使用の差止や損害賠償等を請求した事案です。 従業員の引き抜き行為等も問題となっていますが、こ こでは営業秘密性に関する判断を紹介します。

不正競争法において「営業秘密」は「秘密として管理さ れている生産方法、販売方法その他の事業活動に有 用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知ら れていないもの」と定義されており(2 条 6 項)、①秘密 管理性、②有用性、③非公知性が要件とされていま す。

本判決は、③非公知性については、(個々の名刺につ いては非公知性を否定したうえで)名刺帳を名刺の集 合体と見た場合は「非公知性を認める余地がある」とし て、非公知性について留保しつつも、②有用性につい て、本件の名刺帳は被告が入手した名刺を単に会社 別にして収納したものにすぎず、原告との取引の有無 や取引内容ないし今後の取引見込み等に関する記載 などもないことから、有用性を否定しています。さらに、 ①秘密管理性についても、原告において従業員や取 締役が業務上入手した名刺の管理や処分に関する規 則や指示はなく、各従業員等にその処分を委ねていた こと等から、秘密管理性を否定しています。

一般に、営業秘密として顧客の情報が問題になる場 合、顧客名簿の形で問題となる事例が多いのですが、 本件では顧客名簿に顧客情報がまとめられる前段階 の名刺帳の営業秘密性が問題となっております。顧客 名簿の場合、秘密管理性が問題となることが多く、これ までの名刺帳の営業秘密性が問題となった事例(東京 地裁平成 13 年 8 月 27 日・平成 11 年(ワ)第 25395 号、知財高裁平成 24 年 2 月 29 日・平成 23 年(ネ) 第 10061 号)でも、有用性については判断せずに、秘 密管理性についてのみ判断しています(管理状況等を 認定したうえで、秘密として管理されていたと認められ ないとして、秘密管理性を否定)。これに対し、本件は 有用性の要件についても判断しているところに特徴が あります。

名刺帳の有用性を否定した本判決の上記判断内容を 踏まえると、名刺帳が営業秘密として保護される場合 とは、名刺の管理について一定の規則や指示が存在 することなどから秘密管理性が認められることに加え、 名刺帳に収納された各名刺について、取引内容ごとに 分類され、随時更新されているなど、顧客名簿に近い 形で名刺が整理されている必要があると考えられま す。しかし、実務的にそのような名刺管理を行うのは容 易ではなく、名刺帳が営業秘密として保護されるため の実際のハードルは高いように思われます。(並木 重 伸)