先般下された二つの判決により、FIDIC の建設契約約款におい て、仲裁に進む前にまず紛争裁定委員会(「DAB」)に紛争を 付託することが義務付けられているか否かという問題について、 歓迎すべき指針が提供されました。

関連する FIDIC 条項の概要

1999 年版 FIDIC 建設契約条件書(「レッドブック」)、プラント及び設計施行の契約 条件書(「イエローブック」)および EPC/ターンキープロジェクトの契約条件書 (「シルバーブック」)はいずれも、紛争についてはまず DAB の裁定に委ねることを 義務付けています。

これら三つの契約約款における主な相違点は、想定されている DAB の類型であり、 レッドブックは、契約に記載されている期日までに任命される常設 DAB について規定 している一方で、イエローブックおよびシルバーブックは、ある特定の紛争が生じた 場合に随時任命される「アドホック」DAB の利用を想定しています。

紛争を DAB に付託する手順は、概ね類似する条件で起草されており、これら三つの FIDIC 約款に共通して第 20.2 条から第 20.4 条に規定されています。第 20.6 条は、 DAB による裁定が、仲裁手続開始の前提条件となる旨を定めています。ただし、 第 20.8 条は、紛争が生じているものの、DAB の任期が終了している「などの理由(or otherwise)」により DAB が設置されていない場合には、紛争を直接仲裁に付託する ことができる旨を定めています。

判決

A v B, Civil Law Court Switzerland 事件(2014 年 7 月 7 日)(「スイス事件」)

スイス事件は、ルーマニア法を準拠法とし、FIDIC レッドブックを基にした契約をめぐるものでした。この契約では、常設 DAB を最初に 設置することを規定していたものの、設置はされませんでした。紛争が生じ、その時点で初めて、当事者らは DAB 委員の候補者につき 合意しようとしましたが、発注者が協力を渋り、当事者間で 1 年以上のやり取りを経てもなお、DAB 委員の候補者について確認がなされ ていませんでした。請負者は ICC に仲裁を申し立てましたが、これが引き金となって、発注者が DAB 委員の任命を確認し、紛争裁定

合意書の最終版が出来上がったかのように見受けられました。ところが FIDIC は、仲裁 手続が開始されたことを理由に DAB の任命を拒否し、仲裁廷は、当該請求に対する 管轄権を肯定したのです。

発注者は、仲裁廷の判断についてスイスの裁判所に不服を申し立てました。裁判所は、 FIDIC 約款においては、仲裁による終局的判断の前に、当初はエンジニヤ、そして 1999 年版の約款一式においては DAB を介して、紛争を裁定する制度が長年にわたり 存在してきたことを指摘しました。また、第 20.2 条では、紛争は DAB により裁定「される ものとするshall)」という強制的な文言が使用されており、かつ、第 20.6 条では、仲裁 手続の開始については DAB による裁定が前提条件とされていることを強調しました。

第 20.8 条の解釈について、裁判所は、これは紛争が生じる前に常設 DAB の「任務」が 終了している状況に言及しており、また、「などの理由(or otherwise)」という文言が挿入 されていることからは、当事者の強硬的な姿勢など、DAB の「任務」が終了する別の理由 がある可能性が示唆されているとの判断をしました。同項は、紛争を仲裁へ付託すること を望む当事者に対し、まず DAB に立ち戻ることを要求すべきではないような特別な状況 について、概括的な文言を使って言及しているものであるとみなしたのです。

裁判所は、DAB の任命について一年以上も曖昧な対応をしておきながら、発注者が DAB から裁定を得ることに突然意欲を示した点について、「控えめに言っても、疑わしい」 という表現を用いて発注者の行動を批判しました。そして、かかる状況において相手方 当事者が有する唯一の救済措置は、紛争を直接仲裁に付託することであり、仲裁が申し 立てられた時点では DAB が設置されていなかったとの仲裁廷の判断は正しかったと 認定し、不服申立てを却下しました。

Peterborough City Council v Enterprise Managed Services Ltd 事件(2014 年 10 月 10 日)(「Peterborough 事件」)

第二の事件は、英国の太陽光発電所に関連して、FIDIC シルバーブックの規定に基づき 締結された契約をめぐるものです。この契約は、紛争につき、まずアドホック DAB の裁定 に委ね、訴訟により終局的な判断を得る旨を規定していました。発注者は、発電所が必要 発電量を達成できなかったため、契約に基づき(予定損害賠償として)価格から一定額を 減じる権利を有すると主張しましたが、請負者はこの主張を否定しました。

請負者は、2014 年 7 月に、紛争を DAB の裁定に付託する意思がある旨を通告しました。 ところが、発注者は、その数週間後に、イングランドの裁判所に訴えを提起しました。 請負者は、(この契約で任命機関として指名されている)RICS に申立てを行い、RICS は DAB の裁定人(adjudicator)を任命しました。そしてその上で、イングランドの裁判所に 対して、発注者による訴訟を停止するよう申し立てました。

発注者の主張は、第 20.8 条につき、これは当事者が DAB による紛争の解決を望まない 場合に紛争を裁判所に委ねることを可能とする「オプトアウト」規定であり、「などの理由(or otherwise)」という文言は、紛争裁定合意書(「DAA」)が締結されなかったため DAB が設置されていない状況をもその対象とするほどに 広義である、というものでした。また、仮に主張を認められなかった側の当事者が DAB の決定に従うことを拒んだ場合には、他方当事者 に認められる唯一の救済措置は、当該拒否をめぐる紛争をさらに新たな裁定に委ねることしかなく、これは DAB の裁定に従うことを執拗 に拒否し続ける状況を生じせしめ、他方当事者が有効な救済措置を受ける権利を奪ってしまうという理由に基づき、第 20.4 条から 第 20.7 条までの DAB に係る規定は確実性に欠けるため、執行不能とみなされるべきである、とも主張しました。

裁判所は、本件契約が仲裁につき規定していたのであれば、この問題について主張する余地があるかもしれないものの、この契約では、 一切の紛争を終局的に解決する場として訴訟があり、裁判所が DAB の裁定を遵守する義務に従うよう特定履行を命じることには何ら問題 はない、と述べました。さらに、契約条件書の付属書が完成した時点で、該当するすべての条件は設定されていることから、DAA が締結 されていなかったとしても問題はなく、裁定人に対し合理的な報酬が認められることは、その契約の黙示条件であろうし、いずれにせよ、 DAA に署名することをいずれかの当事者が拒んだ場合には、特定履行を命じることにより、裁判所が当該当事者にこれを強制することが できる、という判断が下されたのです。

また、裁判所は、第 20.8 条に係る発注者の主張を退けました。第 20.8 条は、紛争が生じた後にアドホック DAB を任命するための手続で はなく、「おそらく」常設 DAB が設置されている場合に限り適用されるものであろう、と判断しました。アドホック DAB に関しては、設置され ていない DAB に紛争を付託することは不可能であることから、アドホック DAB に紛争を付託する権利は DAB が任命された時点で生じる、と判断しました。そして、紛争をどのように決定するかに関する当事者間の契約上の合意が支持されることを理由に、裁判所の裁量により 訴訟の停止を命じました。

結語

双方の事件において、裁判所は、DAB に関する規定が強制的性質を有することを支持したものの、その結果は相反するものとなりました。 両事件の決定的な相違点は、常設 DAB を規定する契約とアドホック DAB を規定する契約において、第 20.8 条がどのように作用すべき かという点に関連するものでした。スイスの裁判所は、発注者の強硬姿勢に対して極めて批判的で、最終的には、その状況において 請負者は直接仲裁に進む権利を有するとの判断を下しました。スイスの裁判所による判決は、当然ながら他の法域においては、説得力を 有するという程度の意義があるに過ぎませんが、どのような場合において、当事者が紛争をまず DAB に付託することなく直接仲裁に付託 することが認められ得るのかを示す上で、役立つ判例であるかもしれません。

Peterborough 事件において裁判所は、スイス事件とほぼ同様の理由から DAB に関する規定の強制的性質を支持しました。確実性の 欠如を理由に DAB に関する規定を執行不能であると争った発注者の主張に対する裁判所の判断は、終局的判断を仲裁ではなく裁判に 委ねる旨が契約に規定されている場合において、歓迎すべきイングランド法の先例を作りました。契約上仲裁が規定されている場合の 見解がどのようなものとなるかはまだ明らかではありませんが、この点については、シンガポールにおける Perusahaan 事件の判例が 説得力を有するものかもしれません(本ニュースレター2014 年 10 月号をご参照ください)。