国際裁判管轄の合意に関するハーグ条約: クロスボーダー訴訟の活性化につながるか?

特定の国の裁判所で訴訟を行うことに関する合意(管轄合意)1 は、 常に尊重されるとは限りません。並行訴訟となる可能性があり、また、 得られた裁判所の判決を外国で執行することは困難となる可能性 があり、時間と費用がかかることもあります。

2015 10 1 に発効する国際裁判管轄の合意に関する ハーグ条約(「本ハーグ条約」または「本条約」)は、この状況を変え ようとするものです。ニューヨーク条約が国際仲裁にもたらした恩恵 の再現を図ろうとすることにより、クロスボーダー訴訟をこれまでより も実行性の高い選択肢にすることを目指します。

本稿では、本条約の発効が、国際紛争の解決および日本の投資 家にとって、短期的および長期的にどのような意味をもたらす可能 性があるかについて考察します。

  • 本ハーグ条約の目的および運用
  • 本ハーグ条約の適用範囲
  • 本ハーグ条約が国際紛争解決に係る今後の展望に変化をもたらす 可能性は?
  • 日本の投資家にとって本ハーグ条約にはいかなる意義があるか?
  • 結語
  • 問合せ先

本ハーグ条約の目的および運用

国際仲裁が国際紛争解決メカニズムとして成功を収めた重要な要因のひとつとして、ニューヨーク条約 2 が挙げられます。ニューヨーク 条約は、締約国の裁判所に仲裁合意を尊重することを義務付け、ほとんどの法域において、仲裁判断を執行するための効果的な制度を 提供するものです。

本ハーグ条約は、これらのメリットを国際訴訟向けに再現することを目的としています。 本条約が目指す重要な点として、以下が挙げられます。

  1. 国際契約における当事者が契約書に管轄合意の規定を設ける場合、ここで選択 されている内容の有効性を確保すること。
  2. かかる合意の結果として得られた判決の承認および執行に対して、調和の取れた アプローチを提供すること。

こうしたことは、3 つの主要なメカニズムを通じて成し遂げられます。

  • 本ハーグ条約の締約国の裁判所が専属的管轄合意において指定された場合、当該 裁判所は、かかる紛争についての判断が別の国の裁判所でなされるべきとの理由で 管轄権を拒否してはならない(第 5 条)。
  • 締約国の裁判所は、有効な管轄合意において別の締約国の裁判所が指定されて いる場合、提起された訴訟手続を停止または却下することにより、管轄合意を尊重 しなければならない(第 6 条)3。
  • 締約国は、専属的管轄合意において指定された別の締約国の裁判所の判決を承認 および執行しなければならない(第 8 条)。なお、ニューヨーク条約と同様に、判決を 承認および執行する義務については、(ニューヨーク条約よりもやや広範ではある ものの)限定的に例外を規定したリストが適用される。

本ハーグ条約の適用範囲

本条約の適用範囲は、国際民事・商事案件における専属的管轄合意 4 に限定されて います。これには、(例えば、破産、独占禁止法関連および不動産に関する権利は適用 範囲外とするなど)第 2 条に規定されているいくつかの例外があるものの、ほとんどの 種類の商事契約が含まれます。

しかしながら現状では、本ハーグ条約適用の広範化は、締約国の数からして(少なくとも 短期的には)限定的となるであろうことが予想されます。外国判決が締約国において執行 または承認されるのは、別の締約国の裁判所が専属的管轄合意において指定されている か、または別の締約国の裁判所から判決が得られた場合のみとなります。これ以外の 場合は、管轄権および外国判決の執行について、締約国内における通常の立場が取ら れます。

現在のところ、本ハーグ条約の発効時における締約国は 28 カ国(デンマークを除く 全 EU 加盟国およびメキシコ)となる予定です。このほか 2 カ国(2009 年に米国、そして より最近では 2015 年 3 月にシンガポール)が本条約に署名していますが、まだ批准して いません。また、本条約が発効すれば、シンガポールが批准するものと考えられています。 一方、オーストラリア、カナダおよびニュージーランドを含む他の国々に関しては、署名をするか否かについて検討中であると見られて います.

シンガポールが本ハーグ条約に署名する決定をしたことは、地域的展開として興味深いところです。というのも、これがシンガポール国際 商事裁判所(「SICC」)の創設直後の出来事となるからです(SICC に関する更に詳しい内容につきましては、当事務所の仲裁ニュース ブログ(英文のみ)をご参照ください)。

本ハーグ条約が国際紛争解決に係る今後の展望に変化をもたらす可能性は?

本条約が発効することで生じたひとつの疑問は、クロスボーダー紛争を解決するための「頼りになる」方策として、クロスボーダー訴訟が 国際仲裁に取って代わることになるかどうかということです。

その可能性は低いと思われます(特に短期的には)。ニューヨーク条約が仲裁案件において成功を収めた主な要因のひとつとして、その 締約国(現在 156 カ国)の数からして、広く適用することができる点が挙げられます。本ハーグ条約が 10 月に発効することにより、新たな 国々による本条約への署名および批准が促進されることが予想されます。しかし、国のサポートがどの程度受けられるか、および本条約が どれほど広く活用されるかについては、不透明です。

また、商事取引の当事者は、国際仲裁手続・判断の非公開性および(ほとんどの場合における)秘匿性に加え、仲裁では通常そのプロ セスおよび裁定者の任命について、(裁判よりも)より自由にコントロールできる点に、依然として魅力を感じる可能性が高いものと予想され ます。

しかし、本ハーグ条約は、適切な状況においては、締結する商事契約の下で生じるクロスボーダー紛争の解決方法を選択するにあたり、 国際仲裁に代わり得る手段を契約当事者に提供することになるでしょう。このような自律性の増大は歓迎されるべきものであり、当事者は 契約交渉を行う際に、生じ得る潜在的紛争にとって最も効率的かつ効果的な紛争解決メカニズムとは何であるかについて、真剣に検討 すべきです。

日本の投資家にとって本ハーグ条約にはいかなる意義があるか?

現時点では、(草案の作成に携わった)日本が、本条約に署名しこれを批准することを選択するかどうかについては不明です。

しかし、日本が締約国にならないとしても、本ハーグ条約は、国際的な活動を行い、国際的な紛争解決に関与している日本の企業に とって、やはり関係があるかもしれません。国際紛争解決メカニズムとしては、国際仲裁が日本の企業に好まれ続けるであろうことが予想 されるところではありますが、適切な紛争解決メカニズムについて判断をする際には、本条約の適用がある可能性について検討がなされる べきです。これは、交渉力や状況からして国際仲裁を主張できないような場合において、特に言えることです。

結語

本ハーグ条約の発効は、国際紛争解決の分野において非常に興味深い展開です。しかし、本条約が幅広い成果を挙げ、複雑かつ高額 なクロスボーダー紛争を解決すべく訴訟手続の活用が再び増えることになるかどうかについては、今後を見守る必要があります。これに ついては、本条約が浸透するかどうかということ、および商事取引の当事者が自らの国際紛争を非公開の法廷によって解決することを 好み続けるかどうかということが、大きな決め手となるでしょう。