今回のニュースレターでは、先般NH International v National Insurance1 事件で下された枢密院の判断について取り上げ ます。これはFIDICレッドブック 2 にある幾つかの条項の作用に 関するものでしたが、要は副条項 2.4 にある「発注者の資金手配」 およびこれに付随するものとして副条項 16.2(a)に定められた 請負者の解除権、ならびに副条項 2.5 の「発注者のクレーム」に 係る要件について、発注者がこれらの要件に従わなかった場合 の当該発注者による相殺権行使の可否についての判断でした。

事実関係

この紛争はトバゴで病院を建設するための契約(「本件契約」)をめぐるものでしたが、 この契約は FIDIC レッドブックに基づくものでした。NHIC(請負者)は、FIDIC レッド ブックの副条項 2.4 に基づき、NIPDEC(発注者)が契約価格を支払うことを可能と する資金手配を完了済みであることについて、妥当な証拠を求める要請書を NIPDEC 宛てに発行しました。

このプロジェクトに出資していた担当省庁は、本件契約に基づく工事の最終見積費用 に相当する金額について、「証拠として使用しないことが条件(without prejudice)」で あるが、資金の準備がある旨回答しました。これに対し、NHIC は、「without prejudice」 という文言について懸念を表明する旨返答し、本件契約に定める金額の支払に必要と される内閣承認の有無について問い合わせました。NHIC は、要請書に対する回答を 得ることができず、副条項 16.1 に基づいて工事を中断しました。 一年超が過ぎた後、NHIC は、本プロジェクトの完成が最優先事項であることと、プロ ジェクト完成のための財務的要件を政府が満たす旨を確認する内容の書簡を担当省庁 から受け取りました。NHIC は、内閣が出資金について承認したことの確認を求める書面 を NIPDEC に送りましたが、かかる確認はなされず、NHIC は副条項 16.2 に基づく解除 通知を発行しました。NIPDEC は、NHIC に本件契約を解除する権利はなく、よって本件 契約は有効に解除されていないと主張しました。

その後、解除日までに実施された工事価値の評価をエンジニヤが行ったときに、別の 問題が浮上しました。NIPDEC が、NHIC に支払われるべき一切の金額について、相殺 権を行使することができると主張したのです。NHIC は、副条項 2.5 に従い NIPDEC が 自らの請求について NHIC に適切な通知を行わなかったため、当該条項の最終段落が 作用することにより、かかる主張は排除されると主張しました。

本件判断

仲裁人の判断

本件契約の解除:仲裁人の認定によれば、副条項 2.4 で求められているのは、発注者に よる支払が可能である旨または発注者がプロジェクトについて乗り気である旨を示すこと 以上のものでした。同条項で求められているのは、資金手配が整ったことが示される積極 的な措置を発注者側が講じた旨の証拠です。本件では、担当省庁の最初の書簡で「without prejudice」という文言が使用されたこと、および内閣の承認について一切確認 がなされなかったことにより、請負者は、副条項 16.1 に基づき工事を中断する権利を有し ました。副条項 16.2 に基づきその後契約を解除したことも、同様に正当化されるもので した。

NIPDEC による相殺:仲裁人は、別の仲裁判断において、NHIC に対して十分な通知を 行うとする副条項 2.5 の要件を満たさなかったことを理由として NIPDEC の相殺権が 排除されるのかという点について検討しました。仲裁人は、慣習法上の相殺権および減殺 権を排除するには「明確な文言」が必要であるとし、副条項 2.5 は(その黙示するところに より)十分に明確でないと認定しました。よって、相殺の請求については容認されました。

控訴院

本件契約の解除:トリニダード・トバゴの控訴院は、仲裁人が求めたのは「合理的な証拠」 ではなく、「最高水準」の確認であったとして、この判断を覆しました。ただ、同控訴院が、 FIDIC レッドブックの条項を仲裁人が誤って解釈したとの指摘を一切しなかったことは、 注記に値します。したがって同控訴院の結論は、法的問題というよりは事実問題に関する ものでした。

NIPDEC による相殺:同控訴院は、副条項 2.5 に基づく NIPDEC の相殺権については、 仲裁人の判断を支持しました。

枢密院

本件契約の解除: 枢密院は、控訴院の結論を退けました。枢密院は、仲裁人による事実認定、証拠の評価、および判断の形成について、 支持不能であることが証明されない限りは、裁判所はこれらを尊重すべきであると判示しました。これは、かかる問題について仲裁人が 判断することを当事者らが相互に合意していたこと、よって裁判所は、仲裁人の判断を自らの判決で置き換えるべきではないことを根拠と していました。本件では、本件契約の解除が有効であるとの仲裁人の結論に干渉する根拠はありませんでした。

NIPDEC による相殺:枢密院は、この点について控訴院に同意しませんでした。枢密院は、副条項 2.5 の目的は、発注者による請求が 通知の対象であることを確保することにあり、かかる通知は「実施可能な限り速やかに」行わなければない、と指摘しました。いかなる請求も 速やかに、指定された形式で行わなければならず、遅れて届けられた通知は認められません。しかし、減殺の主張(例えば履行があまりに も粗雑/不完全であるため一切の支払が正当化できない、または支払を減額するに値するという主張)を申し立てることはできます。 よって、①副条項 2.5 に基づく適正な通知の対象とされなかった金額、および②(相殺または反対請求とは対照的に)減殺の主張という 特色を有さないものは認められてはならないため、仲裁判断により支払が命じられた額を再検討するよう、仲裁判断を仲裁人の元へ差し 戻しました。

所感

本件における枢密院の判断は(特にこれが英国最高裁判所の裁判官 5 名が下したものであるため)、請負者と発注者の双方にとって 重要なものです。この判例は、FIDIC レッドブックの副条項 2.4 および 2.5 を遵守するために発注者に求められる要件について、有用な 指針となります。

  • 本件は、発注者が契約見積価格の支払能力を示すために、比較的明確かつ詳細な財務情報を提供する義務があり得ることを浮き 彫りにしています。単に発注者がプロジェクトについて乗り気であること、または発注者が裕福であることを示すのみでは、十分では ありません。
  • 相殺や反対請求を申し立てる心積もりがある発注者は、実施可能な限り速やかに、かつ契約条件に従って、これを実行する必要が あります。