本件は、顧客が保有する BtoB 製品の一部品に対する 被告の加工行為について、特許権侵害に基づく損害 賠償請求が提起された事案です。知財高裁は、当該 加工行為は「生産」に当たるとして特許権侵害を肯定 し、損害額の算定につき特許法第 102 条 1 項を適用 しました。争点は、限定解釈、無効論など多岐にわたり ますが、本稿では、上記の「生産」への該当性及び特 許法第 102 条1項の適用に係る部分を取り上げます。

本件の原告は、新聞等の印刷機に係るオフセット輪転 機の版胴に関する発明(以下「本件発明」)の特許権 者であり、本件発明は、次のとおり版胴の表面粗さに関 する数値を特定しています。

「版を装着して使用するオフセット輪転機版胴におい て、前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形 成し、該版胴の表面粗さ Rmax を 6.0μm≦Rmax≦ 100μm に調整したことを特徴とするオフセット輪転機 版胴。」

被告は、顧客が既に所有するオフセット輪転機の版胴 について、その表面粗さ(Rmax)の値を、上記の数値 内に調整しました。この被告の行為について、知財高 裁は、次のように判示し、「生産」に該当すると判断しま した。

「製品について加工や部材の交換をする行為であって も、当該製品の属性、特許発明の内容、加工及び部 材の交換の態様のほか、取引の実情等も総合考慮し て、その行為によって特許製品を新たに作り出すものと 認められるときは、特許製品の『生産』として、侵害行 為に当たると解するのが相当である」。この点、被告の 行為は、表面粗さ Rmax が加工前は 6.0μm よりも小さ い値であったのを、加工後は約 10μm に調整するもの であるから、上記加工は、版胴の表面粗さを本件発明 の数値範囲(6.0μm≦Rmax≦100μm)に調整し、本 件発明に係る版胴を新たに作り出す行為である。

上記侵害行為による損害賠償額の算定に関し、原告 は、特許法第 102 条 1 項の適用を主張しました。これ に対して、被告は、顧客が特許権者の製品(版銅)の みを購入する現実的可能性がないとして、特許法第 102 条 1 項を適用すべきでないと主張しました。被告 の主張の根拠としては、次のような事情を挙げられまし た。すなわち、本件事案の対象製品は、高精度な輪 転機の一部品である版胴であり、特許権者が、現実に

この版胴を販売するためには、次の2点が必要でした。 1)版胴を、実測調査の上、設計し、生産すること、2) 約6ヶ月以内(版胴は、本件特許権満了前約6ヶ月に 発注されました。)に納品すること。

知財高裁は、版胴トラブル解決の重要性(一例を挙げ ると、発明の課題に関連するトラブルが、月に 40 件以 上生じていました)を根拠として、顧客において、特許 権者の製品を購入する可能性がないとはいえないと し、特許法 102 条1項の適用可能性を肯定しました。 その上で、被告が主張する上記事情は、同条同項但 し書きの「販売することができないとする事情」で考慮 すべきものとし、当該事情とは次のようなものであると 判示しました。

「侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当 因果関係を阻害する事情を対象とし、市場における競 合品の存在、侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広 告)、侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外 の特徴)、市場の非同一性(価格、販売形態)などの 事情がこれに該当し、上記事情については侵害者が 立証責任を負う」

その上で、知財高裁は、被告製品が BtoB 製品である ことに関連して、被告の技術力・営業力以外に、製品 (輪転機)の一部品(版胴)のみを購入することによる 割高費用、導入時間の必要性等の各事情も考慮し、 結論として、譲渡数量の 4 分の 3 に相当する数量を、 特許権者が「販売することができない事情」があると認 定しました。

なお、本件のような BtoB 製品は、顧客の事情に応じて 製品毎に異なる仕様・製品となり得ます。そのため、原 告は、自社製品に係る金額の開示を控える要請から、 特許法 102 条 1 項に基づく損害主張を行わないことも 多いのではないかと思われます。本件では、そのような BtoB 製品に関して、特許法第 102 条 1 項が用いられ たものであり、実務上の参考になると思われます。(市 川 祐輔)