本件は、原告(株式会社島野製作所)が、被告(アップ ル・インコーポレイテッド)の継続的供給契約関係にお ける善管注意義務違反および独占禁止法違反を理由 として損害賠償を求めた事案について、国際的裁判管 轄を定めた合意が無効である(したがって日本の裁判 所に提起された本訴は適法である)旨の中間判決がな されたものです。
事案の概要
本件において、原告および被告は、平成 21 年に製品 の供給等を内容とする基本契約(以下「本基本契約」 といいます)を締結しました。本基本契約には、両当事 者間の紛争について、(所定の事前解決手続を経た 上でなお解決できない場合には)米国カリフォルニア州 サンタクララ郡の州又は連邦裁判所での訴訟により解 決する旨の定めがありました。また、かかる紛争につい て別の書面による契約が適用されない限り、紛争が本 契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかか わらず、上記紛争解決に係る条件が適用される旨も 定められていました。
被告は、原告の訴え(以下「本訴」という。)はこの管轄 合意条項(以下「本条項」という。)に反して東京地方 裁判所に提起されており不適法であるとの本案前の抗 弁を主張しました。
これに対し、原告は、①本条項は「一定の法律関係に 基づく訴えに関し」(民事訴訟法 3 条の 7 第 2 項)締結 されたものではないから無効である、②本条項は被告 の優越的地位の濫用行為により締結させられたもので あるから無効である、③カリフォルニア州の裁判所が日 本の独占禁止法違反行為を理由とする損害賠償請求 について裁判権を行使することは事実上不可能である から、本件条項は援用されえない(民事訴訟法 3 条の 7 第 4 項)、④東京地方裁判所の専属管轄に属する 独占禁止法違反に基づく損害賠償請求(独占禁止法 85条の2、25条)と早期の被害者救済との趣旨におい て共通する本訴について、外国の裁判所にのみ国際 的裁判管轄を認める本件条項は、日本の絶対的強行 法規の潜脱にあたり、公序に反するから無効である(最 判昭和50年11月28日民集29巻10号1554頁(以 下、「チサダネ号事件最高裁判決」という。)参照)、と 主張して、本訴は適法であると反論しました。
裁判所の判断
東京地方裁判所民事 18 部(千葉和則裁判長)は、平 成 28 年 2月 15日、国際的裁判管轄に関する本案前 の争いについて、本条項は「一定の法律関係に基づく 訴えについて定められたものと認めることはできない」か ら無効であり、日本の裁判所に提起された本訴は適法 である旨の中間判決(以下「本中間判決」という。)を言 い渡しました。その論理は、要旨以下のようなもので す。
まず、本訴で原告が主張する不法行為に基づく損害の 少なくとも一部が日本で発生しているから、日本の裁判 所に国際的裁判管轄が認められるのが原則である(民 事訴訟法 3 条の 3 第 8 号)。
他方で、原被告間で本条項が締結されているところ、 本条項は平成 23 年改正民事訴訟法(平成 23 年法 律第 36 号による改正後のものをいう。以下同じ。)の 施行日である平成 24 年 4 月 1 日より前の平成 21 年 9 月 16 日に締結されたものであり、本条項に同法 3 条 の 7 の適用はない。したがって、本条項の有効性等 は、前掲最判昭和 50 年 11 月 28 日の示した、平成 23 年改正前民事訴訟法(平成 23 年法律第 36 号に よる改正前のものをいいます。)の規定の趣旨も参酌し つつ、条理に基づいて判断するとの基準に基づき判断 される。
ところで、国内的裁判管轄の合意につき「一定の法律 関係に基づく訴えに関し」てされることを要求する平成 23 年改正前民事訴訟法 11 条 2 項の趣旨は、平成 23 改正民事訴訟法 3 条の 7 と同様、「合意の当事者 の予測可能性を担保し、当事者に不測の損害を与え る事態を防止する」ことにある。この趣旨は、平成23年 改正前においても、国内的裁判管轄に限らず、管轄一 般に妥当する。よって、国際的裁判管轄の合意は、平 成 23 年改正民事訴訟法の施行前に締結されたもの についても、条理上、一定の法律関係に関して定めら れたものである必要がある。
そして、本条項は、同条項が適用される条件を「両当 事者間に紛争が生じる場合」とのみ定めており、紛争に ついて別の書面による契約が適用されない限り、紛争 が本契約に起因もしくは関連して生じているかどうかに かかわらず、本条項の条件が適用されるものとされて いる。「同条項が対象とする訴えについて、その基本と なる法律関係を読み取ることは困難である」から、本条 項が、一定の法律関係に基づく訴えについて定められ たものと認めることはできない。
また、本訴は本基本契約に関する訴えであるから、本 訴に本条項を適用することは原告の予測可能性を害 しないとする被告の反論について、裁判所は、「本件条 項はその内容において一定の法律関係に基づく訴えに ついて定めたものと認めることはできないところ、このこ とは、具体的事案において実際に原告の予測可能性 を害する結果となるかどうかとは関わりがない」として、 反論を退けています。
コメント
本中間判決は、チサダネ号事件最高裁判決の法理の いう「条理」に基づき、平成 23 年改正民事訴訟法 3条 の 7 の趣旨が同改正施行前の国際的管轄合意に及 び、本条項は「一定の法律関係に基づく訴えについて 定められたもの」とは認められないから無効としていま す。したがって、本中間判決の射程は平成 23 年改正 施行後の国際的管轄合意にも及ぶものと考えられま す。
本条項は「紛争が本契約に起因もしくは関連して生じ ているかどうかにかかわらず」適用されるものとされてお り、このような適用範囲について限定のない合意が「一 定の法律関係に基づく訴えに関し」てされることとの国 際的管轄合意の有効要件をみたさないことには異論 がないものと考えられます。
他方、国際的管轄合意を「本契約に起因もしくは関連 して生じ」た紛争に適用する限りにおいては有効と考え ることも可能ではないかと思われるところ、本中間判決 では、被告の反論を退けた上記判旨から、本条項は 「一定の法律関係に基づく訴えについて定められたも の」ではないからそれ自体が(適用場面を問わず)無効 とする趣旨だと理解されます。この点については、異論 のありうるところではないかと思われます。
なお、本訴とは別に、原告は、被告に対し、電源アダプ タ部品の特許権侵害に基づき差止めおよび損害賠償 を求めて提訴していましたが(東京地裁平成 26 年(ワ) 第 20422 号)、東京地裁民事 46 部(長谷川浩二裁 判長)が平成 28 年 3 月 17 日に原告の請求を棄却す る判決を言い渡したと報じられています。(吉村 充弘)